パリ2024、日本代表選手たちの言葉で熱戦をたどる
16日間にわたって熱い戦いが繰り広げられたパリ2024オリンピックが8月11日にその幕を閉じた。
2021年に行われた東京2020オリンピック以降、あるいはそれ以前からパリでの戦いに向けて選手たちは準備を進め、厳しい代表選考会や代表争い、出場枠獲得のための予選大会を戦ってきた。多くの人が道半ばにしてパリへの挑戦を終え、ほんの一握りの選手が7月26日に幕を開けたパリ2024に辿り着き、その舞台にすべてをぶつけた。
スポーツの世界には勝ち負けはつきものだ。勝利の歓喜もあれば、敗北の涙もある。選手たちはさまざまな経験を得て歴史の一部となり、パリで得たものを次に繋げていく。選手たちは何を感じ、何を持ち帰ったのか。
選手たちがパリで見せた汗と涙、そして情熱…。彼らの想いが詰まった言葉をもとにパリ2024を振り返ってみたい。
誰かが勝てば、誰かが負ける
「現実から誰一人逃げずに立ち向かったことが今回の結果に結びついたと思う」
-- フェンシング男子フルーレ団体 松山恭助
今大会で日本代表のメダルラッシュに沸いた競技のひとつといえばフェンシングだ。北京2008で初めてメダルを獲得して以降、ロンドン2012、東京2020で日本代表選手はメダルを獲得してきたが、各大会ではそれぞれメダル1個。しかしパリ2024ではフェンシング競技最終日を残して、4つのメダルを獲得するという快挙を成し遂げていた。最終日に行われた男子フルーレ団体では、松山恭助率いる日本代表チームが世界ランキング1位で臨んでおり、当然ながら金メダル獲得に期待が寄せられた。
世界ランキング1位とはいえ勝利が保証されているチームなどはスポーツの世界には存在しない。周囲からの期待、自らがかけるプレッシャーを抱えて挑んだ7月29日、敷根崇裕、松山恭助、飯村一輝、永野雄大は見事に戦い抜き金メダルを獲得した。
決勝戦を振り返ったキャプテン松山は「個人戦終わってからの6日間、連日日本チームが素晴らしいパフォーマンスでメダルを獲得することで、ものすごいプレッシャーがあったんですけど、そういった現実から誰一人逃げずに立ち向かったことが今回の結果に結びついたと思う」。
「結果もそうですけど、立ち向かった勇敢さ、それは本当に自分もチームも褒めたいなと思っています。東京オリンピックが終わってからの3年間で、ひとつひとつの試合で確かに自信を得て、自信を持ってプレーしたことが結果につながった」とメンバーを称えた。
卓球の張本智和は、負けたことで新たな気持ちを学んだ。卓球男子団体準決勝で、スウェーデンに敗れて3位決定戦にまわっていた日本代表チームは、銅メダルがかかったこの戦いで、フランス代表チームを相手に敗北。敗戦後、張本はこんな言葉を残した(英語からの日本語訳)。
「勝ち負けだけでは、自分がどれだけハードワークしてきたかを評価できません。そんな単純なことではないです。僕にはまだまだ、やるべきことがあります」
「残念な結果の選手もいれば、一方で喜びにあふれた選手もいる。僕が過去の試合で破ってきた選手のことを思うと、きっと今、僕が抱いているのと同じ感情をもっていたんだろうと実感しています」
-- 卓球 張本智和
スケートボード女子パークでは、前回大会で金メダルを獲得した四十住さくらがこんな言葉を口にした。
「他人の失敗は祈りたくない」
-- スケートボード女子パーク 四十住さくら
スケートボード女子パークには出場した22人が5〜6人ずつの4ヒートに分かれて予選を戦い、8人が決勝に進出した。第1ヒートに登場した四十住は、自身の滑りを終えた時点で暫定4位。スコアは79.70点。第2ヒート以降のスケーターの成績によっては決勝に進めない状況に立たされた四十住だったが、「決勝に行きたいけど、他人の失敗は祈りたくない」と話し、自分の運命に責任を持つアスリートとしてのあり方を示した。
「目標がちゃんとあれば、諦めることってないと思う」
-- 体操競技 岡慎之助
体操では20歳の岡慎之助が3冠を達成した。エース橋本大輝が本来の力を発揮できずに苦戦を強いられる中、初出場の岡は男子団体、男子個人総合、種目別鉄棒で優勝し、平行棒では銅メダルを獲得した。母国開催となった2021年の東京2020前の選考会では手首の痛みによる影響で予選敗退。さらに、2022年の全日本では右膝前十字靭帯を断裂し全治約10カ月の大怪我を負った。
それでも見事復帰してパリ2024代表メンバーに選出された岡。諦めそうになった瞬間を尋ねると、「本当に(怪我をした)あの瞬間は忘れられないし、悔しいっていう思いは強くあるんですけど、怪我しても応援してくれる人は変わらないし、自分の中では次のパリという目標が自分の軸としてあったので…」とし、「(オリンピックを)諦めそうになったときはないかな。常にチャレンジャーとして挑戦する気持ちをもつことと、あとは目標がちゃんとあれば、諦めることってないと思う」 と勝者の哲学を語った。
支えてくれる人、チームメイトに感謝を込めて
オリンピック期間中に思わぬ事態に見舞われたのは、卓球女子のエース、早田ひなだ。女子シングルスの準決勝の前日、早田は左手を負傷した。準決勝では世界ランキング1位のスン・インシャ(孫穎莎/中華人民共和国)と対戦してストレートで敗れて3位決定戦に回ると、翌日の3位決定戦でシン・ユビン(大韓民国)を倒して銅メダルを獲得した。獲得の瞬間、テーブルの脇に座り込んでその喜びを噛み締めると、長年指導を受けてきた石田大輔コーチと共に涙を流した。
負傷によって通常の生活にも支障をきたしたという早田は、「朝の4時までケアしてもらったりとか、皆さんの体力や睡眠を削ってでも私に時間を使ってくれた」と話し、「そういう意味では、金メダルを取るよりも銅メダルを取ることのほうが私にとっては価値があるかな」と周囲のサポートのありがたみを語った。
「金メダルを取るよりも銅メダルを取ることのほうが私にとっては価値があるかな」
-- 卓球 早田ひな
一方、世界ランキング2位で大会に挑んだ日本男子バレーボールチームにとっては苦汁をなめたオリンピックとなった。準々決勝でイタリア代表と対戦した男子日本代表は、2セットを先取して勝利まであと1ポイントに迫ったものの、大逆転を許し2-3で敗北を喫した。選手らは退任するフィリップ・ブラン監督を胴上げし、感謝の思いを表現した。
「ブラン監督と一緒にオリンピックでメダルを取りたかった」
-- 男子バレーボール 髙橋藍
試合後、髙橋藍はブラン監督への思いをそう語ると、「メダルを取って一緒に喜びたかった。ほんとに今の自分があるのは、ブラン監督のおかげ。色々サポートしてくれたり、教えてくれたこともすごく多い。(自分の)イタリア挑戦も、ブラン監督から『挑戦したい気持ちはあるか』って最初に言われたところから始まっている。ブラン監督に勝たせてあげられなかったというか、 メダルを取れなかったっていうのは、自分の中で心残りというか、悔しい部分だと思います」と続けた。
スポーツは国境をこえる
オリンピックでは世界各地のアスリートが一堂に会して熱戦を繰り広げる。選手たちは頂点の座をかけて競い合うライバルである一方、互いを刺激する仲間でもある。
東京2020でオリンピックデビューを飾ったスケートボードでは、健闘した選手を別のスケーターが称えるシーンが東京大会で際立ち、パリでも彼らの仲間意識が随所に見られた。東京2020からの2連覇を達成した男子ストリートの堀米雄斗は、長年ともに数々の国際舞台で戦ってきたヒューストン、イートンと表彰台に立ったことについて、「本当にスペシャルモーメントっていうか……やっぱナイジャはこの何十年間ずっと活躍してきて、自分も小さい頃からインスピレーションを受けて来たし、今でもすごい受けてますね。その理由が、スケートボードってオリンピックだけじゃなくてカルチャーの部分がすごい深いから、ストリート(映像・カルチャー)の部分でも他の人にはできないくらい攻めてる。そういうところで自分もインスピレーションを常にもらっているし、モチベーションも上がっている」とコメントし、次のように続けた。
「そういう仲間たちと表彰台に上がれたのがすごく嬉しいです」
-- スケートボード男子ストリート堀米雄斗
一方、バドミントン女子ダブルスで志田千陽(ちはる)とともに銅メダルを獲得した松山奈未(なみ)は、大会後、自身のソーシャルメディアを更新し、女子シングルスのヘ・ビンジャオ(何冰娇/中華人民共和国)とのツーショット写真を投稿。英語で彼女へのメッセージをつづった後、女子シングルスでの銀メダルを称えた。
「ジュニア時代からいつも私を気にしてくれてありがとう。あなたがいなければ、今の私はありません。あなたは私のベストフレンドだし、尊敬しています」
-- バドミントン女子ダブルス 松山奈未
またそのヘ・ビンジャオはスペインのカロリーナ・マリンと準決勝を戦ったが、マリンが怪我によって途中棄権。これによってヘは決勝進出を決めた。最終的に銀メダルを獲得した彼女は、左手に銀メダル、右手にスペインのピンバッジを持って表彰台に立ち、マリンの健闘を称えた。
スポーツの発展のために
パリ2024オリンピックで新競技として新たに採用されたダンススポーツ「ブレイキン」。ブエノスアイレス2018ユースオリンピックで銅メダルを獲得し、パリに向けてブレイキンの広告塔としてさまざまな思いを背負ってきたShigeki(半井重幸=なからい・しげゆき)は、オリンピックデビューにより、多くの人にブレイキンというものを示せたことや競技の普及を確信。4位に終わる悔しさも味わったが、それでもさわやかな表情で喜びを語った。
「今日という日を経て、よりこの(ブレイキンの)ムーブメントは大きくなっていくと思います」
-- ブレイキン BボーイShigekix
オリンピックを機会に自身の取り組む競技の普及を求める選手は、ブレイキンのような比較的新しいスポーツばかりではない。歴史のある競技でも、オリンピックはそれぞれの魅力や存在を示す機会となる。今大会では、レスリングの男子選手たちが一層の輝きを放ち、金メダル4個、銀メダル1個を獲得した。男子グレコローマンスタイル77kg級の日下尚(くさか・なお)は、金メダルを決めた決勝の後、誇らしげに語った。
「今まで(注目されたのは)女子レスリングばっかりだったんですけど、その中で男子もやるんだぞってことを自分も証明したくて。もちろん女子もすごいですけど、レスリングってすごい面白い競技でこうやって人生をかけている人もいっぱいいる」
-- レスリング男子グレコローマンスタイル77kg級 日下尚
未来を、そして未来の自分を信じて
「負けたことがあるということが、いつか大きな財産になるという言葉を信じて、また頑張っていきたいと思います」
-- レスリング女子フリースタイル50kg級 須崎優衣
声を張って話さなければ涙があふれてしまうような様子でレスリングの須﨑優衣は取材陣の質問に応え、負けた悔しさ、次のロサンゼルス2028での復活を誓った。東京2020金メダリストの須﨑は、2連覇を狙った今回の大会でまさかの初戦敗退。他の選手の計量失敗により須﨑は3位決定戦への出場が決まり、そこで銅メダルを獲得した。
須﨑にとって悔しい経験となったが、敗北はアスリートをさらに強くする。須﨑はこの負けを心に刻み、4年後のロサンゼルス2028オリンピックに強くなって戻ってくることを誓った。
須﨑と同様に、柔道の阿部詩(うた)も2回戦敗退という現実と向き合わなければならなかった。金メダルが期待された阿部は、今大会ノーシードで女子52kg級の戦いに挑み、2回戦で第1シードのディヨラ・ケルディヨロワと対戦し1本負けに泣いた。号泣する阿部に、会場に詰めかけた柔道ファンは「ウタコール」を贈ったシーンは、パリ2024柔道競技の中で特に印象に残るシーンとなった。
阿部の敗北は日本国内だけでなく世界の柔道ファンの間にも衝撃が走ったが、本人が一番ショックを受けたことは間違いないだろう。しかし阿部はその6日後、団体戦の初戦に出場し1本勝ちでチームの勝利に貢献した。
「ここで一歩を踏み出すのと踏み出さないのとでは、これから先の道がかわってくるなと思い、あの負けから少し、ほんの少しですけど前を向けたのかなと思います」
-- 柔道女子52kg級 阿部詩