現在のオリンピック競泳個人自由形種目では、男女とも50m、100m、200m、400m、800m、1500mの6つの距離で競い合われる。しかし、他の泳法と比較して、自由形だけはどの距離においても日本人男子のオリンピックでのメダル獲得が長らく見られていない。
日本人男子がオリンピックの自由形で最後にメダルを獲得したのは、400m自由形で山中毅(つよし)が銀メダルを獲得したローマ1960となる。自由形短距離(50m、100m、200m)に限れば、男子100m自由形で鈴木弘が銀メダルを獲得したヘルシンキ1952までさかのぼる。
つまり、オリンピックの自由形短距離においては、70年間以上にわたり日本人男子はメダルを手にすることができていないことになる。他の泳法での男子のオリンピックメダル獲得を見てみると、最も時間が経つものでも、北島康介が北京2008で金メダルを獲得した男子200m平泳ぎからの15年が最長だ。
1973年に始まった世界水泳選手権では、2001年福岡大会で山野井智弘が50m自由形で銅メダルに輝き、2019年大韓民国・光州大会では、松元克央(かつひろ)が200m自由形で銀メダルを獲得した。50mと200m自由形においては、オリンピック、世界選手権水泳を通じて、これらが日本人にとっての初メダルとなった。
男子自由形のホープの松元。2021年の日本選手権では、男子200m自由形で自身の日本記録を更新した(1分44秒65)。今年4月の日本選手権では、男子100m自由形で5年ぶりの日本新記録(47秒85)をたたき出して優勝。現在、福岡で開催されている世界水泳2023には、100mと200m自由形の両レースに出場予定だ。
パリ2024を見据え、日本競泳界にとって悲願となる男子自由形短距離でのオリンピックメダル獲得を目指して松元の活躍が期待されている。
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松元克央が取り組んだ肉体改造
松元が初めて臨んだオリンピック、東京2020では男子200m自由形に出場するものの予選敗退。不本意な成績に終わった。
昨年11月、松元は東京2020男子200m自由形で金メダルを獲得したトム・ディーン(イギリス)が所属する英国チームを訪ねて武者修行に出ている。ディーンらと練習を共にすることで多くのことを学んだ。その中でも、すでに松元が取り組んでいた筋力トレーニングの方法について注目したようだ。
東京2020を目指す上で本格的に取り組んできた筋力トレーニングからはそれなりの実感を得ていたが、イギリスチームはもっと高重量の負荷で筋力トレーニングに取り組んでいることに気づかされた。帰国後は、高重量の筋力トレーニングを実施し肉体改造に取り組んだ。重量を挙上する際のスピードも意識し、よりパワーを発揮し、高負荷でも速いスピードをつける工夫を行った。
その後迎えた今年の日本選手権の200m自由形では、日本記録である自らのベストから0秒33遅れたものの1分44秒98をマークして6連覇を達成。100m自由形では日本新記録を達成し、集中して取り組んだ筋力トレーニングの効果が生かされた成果となった。
「ウェイトトレーニング(で得た)パワーをうまく使い、水をしっかりとらえて、かけるようになった」と日本選手権の後のインタビューで松元は語っている。
日本選手権では、100mバタフライでも自己ベストを更新する50秒96で松元は優勝を飾った。そして、同種目でも世界水泳2023福岡大会にエントリーしている。
5年前と比べると、現在の松元はひと回り大きく見えるほどの筋肉を身にまとっている。そこから発揮される筋力にスピードを乗せて、よりパワフルな泳ぎができるようになったに違いない。これは世界のトップスイマーを相手に、自由形という種目で互角に戦うには絶対条件と言える。
「(4月の日本選手権の前の)1月、2月は徐々にスピード種目を取り入れつつ重量も上げ、3月になってスピード種目の量を増やして重量を抑えた」
「重い重量を挙げることもあるし、スピードに意識を変えて、4月(日本選手権)に向けて徐々にやって来て、キレ、スピード動作(を意識した)メニューにも取り組んだ。(泳ぎの)キャッチからフィニッシュまでのスピードにつながった」と、最大重量に臨む高負荷の筋力トレーニングから、徐々に実際の泳ぎにつながるスピードを意識したトレーニングに計画的に取り組んでいた成果を実感している。
また、松元は2019年世界水泳の200m自由形で銀メダルを獲得した頃から、海外の高地に出かけ積極的に高地トレーニングに取り組んできた。低酸素環境となる高地(1500m~2500m程度)で2~4週間の過酷なトレーニングを集中して行うことで、200m自由形後半のスタミナ維持に必要な酸素の運搬能力を高め、大きなパワーを発揮するために必要な無酸素能力も高めることができる。
6月下旬には、長野県東御市の施設(標高1735m)で池江璃花子らと、世界水泳福岡大会前最後の強化合宿として「高地トレーニング」を行った。瀬戸大也らも同時期、フラッグスタッフ(標高2100m/アメリカ合衆国アリゾナ州)で約3週間の高地合宿を行っている。
「(日本の自由形の短距離の歴史を変えるために)世界と戦ってみたいと思う」と、松元は自らに与えられた役割を確信している。そのためにきついトレーニングを受け入れ、肉体改造に取り組んできた。
「笑顔で終わりたい。メダルを持ち帰ってお世話になっている方々にかけられるような夏にしたい」と、世界水泳2023福岡大会での戦いを前に抱負を語った。
「かつお」と呼ばれ親しまれる松元克央。福岡での勢いある力強い泳ぎに注目だ。
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競泳・男子自由形の世界記録・日本記録
※以下の記録は、2023年7月13日現在
男子50m自由形
[世界]
- 世界記録:20秒91
- 世界記録保持者:セーザル・シエロ(ブラジル)
- 記録日・大会:2009年12月18日・オープントーナメント(サンパウロ)
[日本]
- 日本記録:21秒67
- 日本記録保持者:塩浦慎理
- 記録日・大会:2019年4月7日・日本選手権(東京)
[塩浦慎理の自己ベスト]
- 記録:21秒67
- 記録日・大会:2019年4月7日・日本選手権(東京)
[中村克の自己ベスト]
- 記録:21秒87
- 記録日・大会:2018年2月11日・きららカップ(山口)
男子100m自由形
[世界]
- 世界記録:46秒86
- 世界記録保持者:ダビド・ポポビッチ(ルーマニア)
- 記録日・大会:2022年8月13日・ヨーロッパ水泳選手権(ローマ)
[日本]
- 日本記録:47秒85
- 日本記録保持者:松元克央
- 記録日・大会:2023年4月6日・日本選手権(東京)
[松元克央の自己ベスト]
- 記録:47秒85
- 記録日・大会:2023年4月6日・日本選手権(東京)
男子200m自由形
[世界]
- 世界記録:1分42秒00
- 世界記録保持者:ポール・ビーデルマン(ドイツ)
- 記録日・大会:2009年7月28日・世界水泳選手権(ローマ)
[日本]
- 日本記録:1分44秒65
- 日本記録保持者:松元克央
- 記録日・大会:2021年4月5日・日本選手権(東京)
[松元克央の自己ベスト]
- 記録:1分44秒65
- 記録日・大会:2021年4月5日・日本選手権(東京)
男子400m自由形
[世界]
- 世界記録:3分40秒07
- 世界記録保持者:ポール・ビーデルマン(ドイツ)
- 記録日・大会:2009年7月26日・世界水泳選手権(ローマ)
[日本]
- 日本記録:3分43秒90
- 日本記録保持者:萩野公介
- 記録日・大会:2014年4月12日・日本選手権(東京)
男子800m自由形
[世界]
- 世界記録:7分32秒12
- 世界記録保持者:チョウ・リン(中華人民共和国)
- 記録日・大会:2009年7月29日・世界水泳選手権(ローマ)
[日本]
- 日本記録:7分49秒55
- 日本記録保持者:黒川紫唯(しゅい)
- 記録日・大会:2021年4月7日・日本選手権(東京)
男子1500m自由形
[世界]
- 世界記録:14分31秒02
- 世界記録保持者:ソン・ヨウ(中華人民共和国)
- 記録日・大会:2012年8月4日・ロンドン2012オリンピック
[日本]
- 日本記録:14分54秒80
- 日本記録保持者:山本耕平
- 記録日・大会:2014年6月20日・ジャパンオープン2014(東京)
世界水泳2023、競泳・男子自由形の日程
男子50m自由形
- 予選:7月28日(金) 10:30〜13:15
- 準決勝:7月28日(金) 20:00〜22:10
- 決勝:7月29日(土) 20:00〜22:15
男子100m自由形
- 予選:7月26日(水) 10:30〜13:30
- 準決勝:7月26日(水) 20:00〜22:15
- 決勝:7月27日(木) 20:00〜22:15
男子200m自由形
- 予選:7月24日(月) 10:30〜13:15
- 準決勝:7月24日(月) 20:00〜21:50
- 決勝:7月25日(火) 20:00〜22:05
男子400m自由形
- 予選:7月23日(日) 10:30〜14:45
- 決勝:7月23日(日) 20:00〜22:20
男子800m自由形
- 予選:7月25日(火) 10:30〜13:15
- 決勝:7月26日(水) 20:00〜22:15
男子1500m自由形
- 予選:7月29日(土) 10:30〜13:30
- 決勝:7月30日(日) 20:00〜23:20