5月7日から14日までカタール・ドーハにて開催される世界柔道選手権2023。全日本柔道連盟は、今年3月、パリ2024オリンピック日本代表の新選考基準を打ち出した。これにより、今回の世界選手権の結果次第で、階級によってはパリ2024日本代表が内定する可能性があるとした。同連盟は、14階級18名の日本代表選手(個人戦)をドーハに送り込むが、その中から、内定第1号が誕生するかもしれない。
今回のドーハで激突する可能性のある2人の日本柔道家、2021年世界選手権男子66kg級王者、丸山城志郎と、2021年東京オリンピック同級金メダリスト、阿部一二三。もし直接対決が実現すれば、東京オリンピック日本代表をかけた2020年12月の「世紀の対決」と言われる一戦の再現となるだろう。
昨年10月の世界選手権(ウズベキスタン・タシケント)で阿部の後塵を拝し、パリ2024代表選考レースですでに後れを取っている丸山にとって、絶対に負けられない戦いだ。オリンピック王者の阿部にしても、日本代表になることの壮絶さを身をもって知っており、優勝して丸山との差を確かなものにしたいところだろう。果たして丸山は阿部を超えることができるのか?そして、自らを超えることができるのだろうか?
11度目の直接対決になるか?
「(世界選手権で金メダルを取るより)彼(阿部)に勝つことのほうが大事」と語る丸山。ドーハ世界選手権に臨むにあたり、「最後は必ず自分が勝つことを信じて、生きるか死ぬかの気持ちで挑みたい」と気迫を込める。
ドーハに臨む男子66kg級日本代表は2人。丸山城志郎(29歳)と阿部一二三(25歳)だ。2017年来、世界選手権同級での優勝回数が合わせて5回(丸山:2019年、2021年、阿部:2017年、2018年、2022年)の2人が、ドーハでまた同じ畳に上がる可能性は十分にある。
彼らは2015年からの8年間、10度にわたり相まみえている。丸山の戦績は4勝6敗。2019年11月以来、4連敗を喫している。日本柔道史上、あるいはスポーツ史上まれにみる、この不世出の柔道家2人の勝負の軌跡をたどりたい。
第1戦 2015年11月講道館杯全日本選抜体重別選手権・準々決勝
勝:丸山(1勝)負:阿部
大学生4年生の丸山と高校3年生の阿部。初めての対戦は丸山の優勢勝ち。リオ2016オリンピックを目指し快進撃を続けていた阿部にとって、結果的にこの時にオリンピックの夢を断たれたと言ってよい。この悔しさは、その後の彼の大きな原動力になった。
丸山は、その2年前の大会で、左ひざ前十字靭帯の断裂を経験しており、リオ2016は断念せざるを得なかった。
この試合が、その後続く2人のライバル対決の始まりになるとは誰が想像しただろう。しかし、2人は、そうなる宿命にあることをこの時に感じていたのかもしれない。
第2戦 2016年4月全日本選抜体重別選手権・決勝
勝:阿部 負:丸山(1勝1敗)
延長戦の末、丸山を優勢勝ちで制した阿部。だが、リオ2016代表に選ばれることはなかった。この年、リオ代表に選ばれたのは、銅メダルを取った海老沼匡(まさし)。阿部は準決勝で海老沼を破っていた。
第3戦 2017年12月グランドスラム東京・決勝
勝:阿部 負:丸山(1勝2敗)
決勝戦での対決は丸山の一本負け。
丸山は、翌2018年4月の全日本選抜体重別で優勝している。この大会は、2018年バクー世界選手権日本代表選考会を兼ねていたが、選考されたのは阿部だった。
第4戦 2018年11月グランドスラム大阪・決勝
勝:丸山(2勝2敗) 負:阿部
延長戦の末、丸山の巴投げで優勢勝ち。それまで「阿部の次」として辛酸をなめた丸山は、「今日勝って、ようやくスタート地点。これから彼(阿部)との試合すべてに勝ち、東京オリンピック代表を勝ち取りたい」と、初優勝のグランドスラム大会後、こう話した。
「柔道人生すべてを賭けて、自分がやってきたことを信じて、これからも頑張っていきたい。負けるというイメージは感じない」と力強く語るように、続く2戦は丸山が連勝を重ねるのだが…。
第5戦 2019年4月全日本選抜体重別選手権・決勝
勝:丸山(3勝2敗) 負:阿部
13分を超える延長戦の末、丸山が巴投から崩す浮き技で技ありを取り、優勢で阿部から2連勝を挙げる。8月の世界選手権(東京)の代表の座を得た。
「勝負に勝ったことは大きな自信になる」と語る丸山。「世界中の人に強い姿を見せて、東京オリンピックで勝ちきりたい」と東京2020を見据え自信を高めた。
第6戦 2019年8月世界選手権(東京)・準決勝
勝:丸山(4勝2敗) 負:阿部
満を持して臨んだ初めての世界選手権東京大会。準決勝で阿部と対戦し、浮き技で技ありを取り優勢で勝利する。決勝でも勝利し、「優勝にたどり着くことができたのは、勝ちたい、という強い気持ちを胸に、ただひたすら技を繰り出し、前に進み続けたことが勝因」と丸山は語っている。
「勝ちたい」気持ちをさらに高め、東京オリンピック代表の座を射止めるのにあと1歩と迫った。このまま阿部に勝ち続け、東京2020日本代表を勝ちとりたい。丸山はそう思い描いたはずだった。
第7戦 2019年11月グランドスラム大阪・決勝
勝:阿部 負:丸山(4勝3敗)
世界王者丸山が勝てば東京オリンピック代表になった一番。リオ2016を目指し挫折を味わった阿部にとっても負けられなかった。王手をかけた丸山。またしても試合は延長戦にもつれ込んだ。
しかし、最後は丸山が仕掛けたところで阿部が技ありを競り取った。丸山から3勝目を挙げ優勝を決めた阿部は、この時、丸山の東京オリンピック内定を阻止し、自らの手でオリンピックを手繰り寄せることになった。
第8戦 2020年12月東京2020男子66kg級日本代表内定選手決定戦
勝:阿部 負:丸山(4勝4敗)
2019年の世界選手権に続き、グランドスラム大阪大会を制していれば、すでに東京オリンピック代表に内定していた丸山だった。
手の届くところに代表の座を見据えていた丸山。あと一歩で代表の座を持っていかれるところだった阿部。どちらにとっても、2020年12月13日の代表決定戦は待ったなしの歴史的なワンマッチ(1試合勝負)となった。真に強いのはどちらか。トーナメントを勝ち上がって対戦するのではなく、100%の実力がぶつかる「丸山vs阿部」の世紀の一戦。
すでに柔道史の1ページに記されているように、24分間の死闘の末、東京オリンピックは、大内刈りの技ありで勝利した阿部の手中に渡った。
リオ2016からの悔しさを晴らし号泣する阿部。阿部にしても、オリンピックにかける思いは誰よりも強い。厳しく激しい戦いに勝利し、あふれ出るものがあってもおかしくなかった。
悔し涙をのむ丸山。唇をかみ畳を後にした。
「結果は負けだが、自分がやってきた全てを出し切れた。ここまで肉体的、精神的にも強くなれたのは、僕だけの力ではなく阿部選手の存在もある。僕の柔道人生は終わっていない。これからも前を向いて精進していく」と、後日、丸山は静かに語っている。
第9戦 2022年4月全日本選抜体重別選手権・決勝
勝:阿部 負:丸山(4勝5敗)
東京オリンピック代表決定戦以来の対戦となった。パリ2024に向けた新たな戦いの幕開けである。
「自分がオリンピックチャンピオンだと証明するために闘おうと思った」と語る阿部は、丸山から3連勝。「全勝でパリオリンピック代表になって2連覇したい」と抱負を語る阿部に対し、丸山は焦りを募らせていった。
第10戦 2022年10月世界柔道(ウズベキスタン・タシケント)・決勝
勝:阿部 負:丸山(4勝6敗)
何とかパリを手繰り寄せたい。勝つことに執念を燃やす丸山。「力の差を見せたい」と自信をたぎらせていた阿部との10度目の対決は、またしても阿部の勝利に終わった。
「諦めずに最後まで闘い抜いたら最後にはいいことがある」と信じてやまない丸山は、ここでパリオリンピック代表争いに阿部から後れを取ることになった。
崖っぷちに立つ丸山「このままでは終われない」
失意の中の丸山は、2ヶ月後のグランドスラム東京に際し新たな決意を語った。
「今回は本当に負けられない試合。死ぬ気で勝ちにいく」
阿部は欠場したものの、この大会で優勝を逃すと、今年5月のドーハ世界選手権に出場ができなくなる。これは、パリ代表選考レースからをも脱落することを意味する。丸山にとって、最後のチャンスにつながる何としても勝たねばならない一番だ。
「今回優勝したことは本当に大きい。ここで負けてたら、ほぼ終わりに近いような状況だったので、次に繋がった大会だった」と、結果、優勝した丸山は振り返る。
「(世界選手権代表になれたら)もちろん優勝して、そしてパリのオリンピックを自分の力で切り拓いていきたい」と力強いコメントを残した。
こうして、パリ代表選考レースは、5月7日から開催されるドーハ世界柔道選手権に突入することになった。
ドーハが2人の柔道家に求めること「自分を超える」
世界選手権では、2019年の準決勝、2022年の決勝で2人は対戦している。その戦績は1勝1敗で互角。今回は、全日本柔道連盟が示した日本代表の新選考基準に従うと、勝ったほうが、一気にパリオリンピック代表の切符を手の届くところに引き寄せることになるかもしれない。
2022年世界選手権覇者の阿部は、「一戦一戦戦って、(丸山と)当たるなら当たるでしっかり勝つだけ。そんな対策というか、すごい意識している部分はない。最大の敵は自分。自分に打ち勝って優勝したい」と王者の貫禄を示す。
一方の丸山は、「自分を信じて、執念を持って戦いたい。直接対決の可能性は非常に高いと思っている。その時は全力で戦うのみ」と不退転の覚悟はできている。阿部に4連敗しても、また立ち上がり戦う。このままでは終われない。
「(世界選手権で金メダルを取るより)彼(阿部)に勝つことのほうが大事」と語る丸山。ドーハ世界選手権に臨むにあたり、「最後は必ず自分が勝つことを信じて、生きるか死ぬかの気持ちで挑みたい」と話す。
「小さいころからオリンピックの表彰台に立っている自分を想像しながら生きてきた」と自らの柔道人生を振り返る。パリを目指す丸山にとって柔道人生の集大成となるか。
昨年、父親になった丸山は、自分の努力する姿を子どもに見せられるようがんばりたいと笑顔で話す。
2人の天才柔道家、丸山城志郎と阿部一二三。追われる立場の阿部はオリンピック連覇を目指す。しかし、過去に連覇を成し遂げた柔道家(男子)は世界に7人しかおらず、その重圧は計り知れない。阿部にとっても同じく不屈の精神力が要求される。
追う立場の丸山。絶対にあきらめない男だからこそ、「あきらめずにやり続けること」の厳しさや辛さを誰よりも知っている。負けても、過酷な稽古を何度も繰り返してきた。
「ライバルも超えて、今までの自分も超えて、限界を超えたい」と、丸山は超越した先を見つめているかのように話す。
互いに影響し合い、切磋琢磨し続けたライバルたちの執念と執念のぶつかり合い。丸山も阿部もこれまでとは見違えるほどの成長を遂げているに違いない。過酷な稽古とトレーニングに裏打ちされた肉体と精神。極限まで研ぎ澄まされている。
最後に勝つためには、ライバルよりどれだけ強い気持ちを持つことができるか。これが命運を分けるに違いない。対戦することになれば、 日本の柔道、あるいは日本のスポーツに新たな歴史のもう1ページを刻む戦いになるはずだ。
ドーハ世界柔道選手権男子66kg級は、5月8日(月/日本時間24:25~)に火ぶたを切る。