究極のそり競技でオリンピアンになるためには?ボブスレー、スケルトン、ルージュ代表への道

スリル満点の迫力ある高速滑走に息をのみ、選手たちはいったいどのようなきっかけでこの競技を始めたのだろう?と疑問に思った人も多いのではないだろうか。歴代のトップ選手、北京2022で活躍が期待される選手たちのスポーツキャリアに焦点を当てながら、オリンピアンへの道を紹介する。

1 執筆者 Risa Bellino
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(2014 Getty Images)

いよいよ2月5日から北京2022そり競技の先陣を切って、リュージュ競技がスタートする。唯一の日本代表でオリンピック初出場の**小林誠也**を含む世界の選手たちは、一体どのように急勾配の氷のコースをロケットのようなスピードで滑り降りる冬のエクストリームスポーツ、そり競技を始めたのか?

スイスのサン・モリッツという町に起源をもち、19世紀半ばから後半にかけて、そり遊びや交通手段として使われていたものが発展し、現在のスライディングスポーツとなったボブスレースケルトン、リュージュ。

スピード感とスリリングな展開が醍醐味の3競技・10種目のそり競技は、競技の特性から幼少期から競技を本格的に取り組むというよりは、他競技からの転向などが主流で、スカウトからの選手発掘もあれば、はたまた新聞記者からの転身など、いろいろなキャリアを持つ選手がいるところも面白い。

スライディングスポーツで必要とされる能力や、各国での選手育成・発掘方法、これまでにどんな選手が世界のトップで活躍してきたのか見てみよう。

どのような競技適性が必要か?

オリンピック代表選手の人材を発掘するため、他のスポーツで能力に秀でたアスリートを各国の競技連盟やオリンピック委員会などがスカウトすることも多い、そり競技。では、どのような人材が適性を持っているのだろうか?理想的なポイントは以下が挙げられる。

  1. **「人並ならぬ勇気」**時速120㎞~150㎞で氷上のトラックを疾走しながら、冷静に集中してそりをコントールする精神力。
  2. **「スプリント能力」**特にボブスレーとスケルトンはそりを押してスタートダッシュする、プッシュスタートの速さが好成績につながる。リュージュは腕力での加速がカギとなる。
  3. **「頭の回転の速さと体の器用さ」**瞬時に体を使って微妙な操作を行う判断力と連結した運動神経。

オリンピアンを目指すには?

・瞬発系スポーツからの競技転向

第2のスポーツキャリアとしてそり競技をはじめ、オリンピックで成功を収めた選手たちは25歳前後で競技転向するなど、年齢層は決して若くはない。ひとつの競技を追求して成績を収めた後でも、またオリンピックで活躍するチャンスがあるのが、そり競技だ。これらの選手はスカウトにより発掘されることが多い。

・トライアウトに参加

日本だけでなく強豪国でもタレント発掘事業が積極的に行われており、トライアウトで基礎能力テストなどを行い、ポテンシャルの高い有望選手を選出して強化を行っている。自分からオリンピアンへの門をたたくならば、一度挑戦してみるのもアリかもしれない。

・警察・軍隊・自衛隊アスリートとして活動

日本の自衛隊体育学校での冬季オリンピック競技はクロスカントリーとバイアスロンのみとなるが、ドイツやアメリカなどには、そり競技でオリンピックなどの国際大会で活躍するための選手を育成するシステムがあり、そこに所属してオリンピックを目指す選手もいる。

競技転向で成功を収める、アメリカ

夏冬両方のオリンピックで異なる競技のメダルを獲得した選手がいることをご存じだろうか?アントワープ1920ボクシングライトヘビー級の金メダリスト、**エディー・イーガン**は、レークプラシッド1932大会3週間前に欠員をカバーするために急遽代表入りし、ボブスレー4人乗りに出場。メンバーとして金メダルに貢献し、夏冬両オリンピックで金メダルを手にした史上唯一の選手となった。

ソチ2014のボブスレー女子2人乗りの銀メダルに輝いた**ローリン・ウィリアムズ**は、アテネ2004の陸上100m銀メダリストで、ロンドン2012の4×100mリレーで金メダルを獲得したトップスプリンターだ。陸上仲間から誘われたことをきっかけに、ソチ大会半年前の国内大会で好成績を上げたことで冬季オリンピック代表の座を掴んだ彼女は、夏季・冬季オリンピックでメダルを獲得したアメリカ人女性初(女子史上3人目)のアスリートとなった。

また、レークプラシッド1980で、ボブスレー初の黒人選手として話題となった**ウィリー・ダベンポート**は、陸上競技のオリンピックチャンピオンだ。東京1964から4大会連続で110m障害に出場し、メキシコ1968で当時の世界新記録を樹立し優勝、モントリオール1976で銅メダルを獲得した実績を持つ。ボブスレーを始めて、1年もしないうちに冬季オリンピックに出場を決め、男子4人乗りで12位となった。

オリンピック最多のボブスレー金メダリスト輩出国、ドイツ

世界初で最古の人工氷のトラックを含む、4つのそり競技場トラックを国内に有し、他国に比べてそり競技を身近なスポーツとする、ドイツ。多くの選手たちは軍隊か警察に所属し、専門的な組織構造の中、アスリートが金銭面において心配することなく安全に活動することができる体制が整っている。十種競技から24歳でボブスレーに転向し、オリンピックメダル4つを含む数々のタイトルを獲得した**クリストフ・ランゲン**も、ドイツの歴史的な成功について「ドイツが培ってきた育成システムが選手たちの活躍につながっており、若い頃からの一定のサポートシステムが、スポーツでの成長を支えてくれている」とOlympics.comに話している。

ドイツ軍スポーツ学校に所属する女子ボブスレー2人乗りで平昌2018金メダリストの**マリアマ・ヤマンカは、円盤投げとハンマー投げ、リザ・ブックウィッツは七種競技からの競技転向組だ。警察官のスケルトン女子アスリートで世界選手権を2度制覇しているティナ・ヘルマン**もアルペンスキーから競技転向し、育成強化システムを通じてトップ選手に成長している。

男子ボブスレーの世界選手権とワールドカップで最高成績を収めている**フランチェスコ・フリードリヒ**は、16歳のときに兄のデビッドとともに陸上競技からボブスレーに転向した。20歳で兄と共に2人乗りのジュニア世界選手権タイトルを獲得すると、2年後に史上最年少で世界選手権チャンピオンに輝く。彼も警察官であり、平昌2018でパイロットとして2人乗りと4人乗りで2冠を達成した名選手だ。北京2022ではメダル候補に挙げられている。

2度の冬季オリンピック開催国、日本

日本でも他国同様、選手発掘トライアウトを実施しており、ナショナルトレーニングセンター競技別強化拠点の長野市ボブスレー・リュージュパーク「スパイラル」を中心に、有望選手の日本代表選考合宿や育成合宿などを行っている。日本選手は、大学進学を機に部活でそり競技に出会い、オリンピックで活躍した選手も多い。スケルトンでオリンピック出場を果たした**稲田勝越和宏小口貴子小室希**は、まさに学生から競技を始めた選手だ。その一方で、リュージュは小学生のころから地元の環境や紹介によりキャリアをスタートした選手が多い。

女子スケルトンには、異色の経歴を持つ選手として注目を集めた選手がいる。長野1998に新聞記者としてそり種目を取材したことをきっかけにスケルトンと出合い、その魅力にはまった**中山英子は、その後28歳で競技を始め、オリンピックに2回出場し女子選手先駆者として、19年間の競技生活を送った。そのほか、ソフトボールのオリンピックメダリストである高山樹里がボブスレー女子2人乗りとスケルトンに挑んだり、サッカー女子日本代表でオリンピック銀メダリストの丸山桂里奈がボブスレー体力テストに挑戦した。また、陸上競技三段跳びの日本選手権覇者である森本麻里子**が女子モノボブに挑戦するなど、日本代表のチャンスを求めてトップアスリートがチャレンジしている。

ボブスレーチームの浅野晃祐は、十種競技から大学生の時にスカウトで競技転向し、栗原嵩はアメリカンフットボール国内チームに所属する二つの草鞋を履く選手だ。スケルトンで現在海外転戦中の木下凛(20)は、地元の発掘事業アカデミー第1期生としてスポーツを体験し、その後本格的に競技に取り組み、力をつけてきている。

北京2022を目指していたそり競技日本勢で唯一日本代表枠を掴んだリュージュの**小林誠也**(20)は、地元長野県スポーツ協会のメダリスト育成事業「SWANプロジェクト」に参加したことをきっかけに本格的に競技を始めた。現在は専門学校で勉強しながら今シーズンからワールドカップに参戦。国際大会での経験はまだこれからであるものの、手にしたオリンピックの切符を貴重な経験値に変える滑りをみせてほしい。

表彰台常連国、イギリス

イギリスは、スケルトンがオリンピック種目になってから全ての大会でオリンピックメダルを獲得している唯一の国だ。スポーツにおけるタレント発掘・育成の先進国であるイギリスは、国を挙げて戦略的な支援をしている。スケルトン競技がオリンピックプログラムに再び導入されたソルトレークシティー2002で、**アレックス・クンバー**が銅メダル獲得後、UK Sportがチームの可能性に着目し、様々な整備や強化を行ったことで継続した選手の支援を実現させた。メダリストを数多く生み出しているイギリスには、驚くことに競技用トラックがない。本格的なトレーニングを積むために、選手たちは国内だけに留まらず海外遠征にも行って強化を行う。

直近の過去3大会のオリンピックで連覇を達成している女子スケルトン選手や北京2022メダル候補の**ローラ・ディーズ**らを含め、アスリートとして生計を立てられるサポート体制があるところが、長年多くの強豪選手を輩出している強さでもあるのだろう。また、イギリスボブスレー・スケルトン協会は、拠点とするバース大学のプッシュ・トラックで定期的に体験会を兼ねたテストセッションを行っており、幅広い年齢の参加者が現役のイギリス代表選手による世界レベルのコーチングを受けながら、両競技を体験できる機会がある。

自国開催の平昌で選手育成の成果を出した大韓民国

欧州、北米勢が上位を占めてきたそり競技で躍進を遂げた大韓民国。数年にわたり強化してきた選手が平昌2018で見事に開花した。アジア勢で史上初となるそり競技の金メダルを獲得したスケルトン選手の**ユン・ソンビン**は、幼少期から多くのスポーツに親しみ、身体能力が高く、学校でも目立つ存在だった。高校3年生の時に韓国ボブスレースケルトン連盟の役員であった体育教師にスカウトされ、練習をはじめてからわずか3か月のうちに国内選手権で優勝し、初出場のソチ2014では16位となる。その後に急成長をみせ、ワールドカップで22回の表彰台、2016年の世界選手権で銀メダルを獲得し、平昌で念願の金メダリストとなった。

ボブスレー男子4人乗りでも平昌大会で大韓民国チームはアジア初となる銀メダル獲得の快挙を成し遂げた。男子2人乗りでは6位入賞を果たし、韓国勢の過去最高順位をマークした。両種目に出場したウォン・ユンジョンソ・ヨンウは、体育教師を目指し体育大学に通っていた時に、そり競技の韓国代表選抜に応募し、テストを受けたことをきっかけに選手となる。

ジャマイカの挑戦

雪の降らない常夏の国ジャマイカからカルガリー1988に参加したボブスレーチームを知っている人も多いだろう。大きな注目を浴び、のちに映画も制作され人気を博したジャマイカチーム。実話では、陸上競技世界一のスプリント王国ジャマイカの才能をボブスレーに生かそうと考えた2人のアメリカ人のアイデアから始まったものだったが、当時のスプリントチームのメンバーはこの挑戦を受け入れなかったため、起案者の2人はジャマイカ国防軍に目を向け、当時の大佐にアイデアを提示する。ボブスレー最初のメンバーは、陸軍中佐や航空団のキャプテン、鉄道技師などジャマイカ国防軍所属者から選出されたが、そのうちひとりがオリンピック直前で怪我をしたため、メンバーの弟である現役陸上選手が出場している。

(1988 Getty Images)

女子ボブスレー三強の一角を担う、カナダ

ソルトレークシティ2002から正式競技として実施されている女子ボブスレー2人乗りは、ドイツとカナダが同数のメダル4個(金2、銀1、銅1)、アメリカが5個(金1、銀3、銅1)を獲得し、このスポーツの3強として君臨している。アルペンスキーから競技転向し、歴史上最も成功したボブスレー選手となった**ケイリー・ハンフリーズ**。大きな怪我を負い、アルペンスキーを引退した彼女は、2002年にボブスレー競技のキャリアをスタートすると、ワールドカップで54個(金27、銀13、銅14)世界選手権で7個(金4、銀2、銅1)オリンピックで3個(金2個、銅1個)のメダルを獲得した。2019年にカナダから国籍を替えて米国代表として北京2022に出場するハンフーズは、2021年2月に開催された世界選手権女子モノボブで優勝。36歳で迎える北京大会で、新種目としてデビューする女子モノボブの初代チャンピオンを目指す。

(2018 Getty Images)

次世代アスリートの発掘、世界への挑戦

アジア圏で見るとまだまだ競技人口が少ない競技であるスライディングスポーツだが、15歳から18歳までのアスリートを対象とした冬季ユースオリンピックでも2012年の第1回大会から公式競技として実施されており、今後ますます競技スポーツとして若手アスリートが国際大会に出場する機会が増えてくるだろう。

北京2022では、開催国として中華人民共和国選手も参加する。アジア勢の活躍にも期待したい。

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