やり投・北口榛花が次に向かう「夢の中で投げた70m」

オリンピック金メダリスト、世界チャンピオン、ダイヤモンドリーグ女王。日本陸上競技界の歴史に新たなページを刻み続ける北口榛花。34年ぶりに東京で開催される世界陸上競技選手権2025まで1年を切った今、本人の言葉を通して、改めて北口の今年1年を振り返りつつ、彼女の思い描く今後の展望について見てみたい。

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(2024 Getty Images)

陸上競技女子やり投の北口榛花(はるか)が、9月16日、海外における今季の全試合日程を終えて、パリ2024オリンピック後、初めて帰国した。

北口は、8月10日にスタッド・ド・フランスの大舞台で金メダルに輝いた後、いったん練習拠点のチェコ共和国に戻り、9月14日、ベルギー・ブリュッセルで開催された陸上競技の世界最高峰シリーズ戦ダイヤモンドリーグ(DL)ファイナルに連覇をかけて出場し、パリ大会で出した記録(65m80)を上回る、今季自己最高の66m13を投げて優勝を果たした。今回、その直後の凱旋帰国となった。

世界チャンピオン、オリンピック金メダリスト、ダイヤモンドリーグ女王。日本陸上競技界の歴史に新たなページを刻み続ける北口榛花。34年ぶりに東京で開催される世界陸上競技選手権2025(2025年9月13日~21日)まで1年を切った今、本人の言葉を通して、改めて北口の2024年を振り返りつつ、彼女の思い描く今後の展望について見てみたい。

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北口榛花「悩み続けて、もがき続けたシーズンだった」

9月16日(月)、帰国した北口は、所属先(JAL)が開いた合同記者会見で次のように話した。

「ひたすら悩み続けて、もがき続けたシーズンだったと思っています。最終的には、大きな大会の勝負では帳尻があったと思いますが、それまでの過程はけっこう難しいことが多かったので、これまでのシーズンとは違うシーズンでしたし、よい勉強になったと思います」

今季の北口は、結果だけを見ると順風満帆に進み、獲るべくして数々の栄冠を手に入れたように見えるかもしれない。

4月のDL第2戦上海/蘇州大会(62m97)、5月のゴールデングランプリ陸上東京大会(63m45)、7月のDL第9戦モナコ大会(65m21)、8月のパリ2024オリンピックそして、9月のDLファイナル(66m13)を、全て今季自己ベストを更新して優勝している。6月の日本陸上競技選手権でも4度目の優勝を果たした(62m87)。

2023年8月、世界陸上競技選手権(ブダペスト大会)で逆転優勝を果たして以来、北口の代名詞とも言われる「6投目の大逆転」は、今季のDL3試合とゴールデングランプリでも見られたが、これらも北口の話す「帳尻があった」ことだったのだろうか。

多くのファンに愛される満面の笑顔がトレードマークの北口は、パリ大会で金メダルを獲得した決勝直後のNHKのインタビューで、涙に言葉を詰まらせながらこう話した。

「シーズン最初のほうがうまくいかなくて、不安な部分がたくさんあったままパリに臨んできたので、本当に誰かが信じてくれなかったら、ここに立てなかったと思います」

快進撃の背景には、さまざまな苦悩や困難があったことがうかがえるコメントを北口は残している。そして、JALの帰国会見では、「今季を漢字1文字で表すと?」との質問に「波」と答えている。

「波を乗りこなせたからこそ、金メダルを獲れたと思っています」

北口榛花「夢の中で終わっちゃったものを、次はかなえられるようにまたがんばりたい」

「夢の中では70m投げられてたので、悔しい部分もあるんですけど、またがんばって現実にできるようにしたいです」と、北口はパリ大会決勝後のインタビューで話した。彼女は、パリのオリンピック選手村に入ってから毎日、70mを投げる夢を実際に見ていたという。

「今までは何となく70mという感じで、目の前で70m(の投てき)を見たこともなかったですし、イメージもぜんぜんわかないような記録だと自分の中で思っていたのですが、それが想像できるものになっただけで、前よりは近づいてきたのではないかなと思っています」と、北口は帰国会見でも「70m」について語っている。

「大事な試合で勝ち続けることは簡単ではないので、それも続けられるようにがんばりたいですし、今日出なかった(自己)記録も、夢の中で終わっちゃったもの(70m)も次は叶えられるようにまたがんばりたいです」と、オリンピック金メダルを獲得した直後、すでに次の目標に目を向けた。

北口は、2019年にセケラック・コーチに師事し、チェコを拠点として競技に取り組むようになってから今日まで、日本記録を何度も塗り替えてきた。しかし、現在の自己ベスト67m38は2023年9月に記録したもので、この1年間、北口にとって自己ベスト更新の機会はなかった。また、現在の世界記録(72m28)は、チェコのバルボラ・シュポタコバが2008年9月に樹立したもので16年の年月が経過している。

「今シーズンの初めはあまり調子がよくなかった中で、こうしてオリンピックとDLファイナルの重要な大会で勝ち切れたことは大きなことだと思います。記録では、今季は自己ベストが出なかったので悔しいですが、大事なところでよい記録を出せたと思っているので、来年以降、しっかり(記録を)目指せる状態でシーズンに臨めたらいいなと思っています」と話す北口は、「今、女子のやり投の世界のレベルが低いからこそ勝てたというのもあります」と続け、表情を引き締めた。

「去年と違うことは、完璧じゃなくても65、66(m)飛び始めているので、完璧な状態を作れなかったのが今シーズンだったので、そこが反省点ではあるのですが、しっかりきれいに投げられれば、アジア記録(67m98)は出る、68(m)ぐらいはすぐに飛ぶと思っていて、70(m)も夢で見れるぐらいにはなってきたので」と、北口は来シーズンに向けての抱負を話した。

北口榛花「これからの4年間、世界で勝負できる位置でいられるといい」

パリ大会決勝後、元体操競技選手の内村航平さんとのインタビューで、「金メダル獲ると燃え尽きちゃうのかなとか思ってたんですけど、終わった後に(記録を出せなかった)悔しさも残る金メダルで、またがんばろうって思え、やり投げを極めたいと思いました」と話している。

また、帰国後の会見では「オリンピック、世界陸上で勝っても、まだまだ上を目指さなければいけない位置にいるので、記録が出るまでは追われているとかあまり感じずにやることになると思います」と、北口は自身の立ち位置を明確にした。

また、次回のオリンピック、ロサンゼルス2028について尋ねられると、「これからの4年間、人生何があるかわからないので公言するのは難しいですが、4年間、世界で勝負できる位置でいられるといいなと思っています」と、北口は答えた。

「(アジア記録を更新したい気持ちもあり)来年、東京で世界陸上があるので、そこで日本のみなさんの前でよい投てきができるように、スケジュールを立てて1年過ごしたいと思っています」と、2025年9月13日開幕の世界陸上東京大会を見据えた。

北口榛花「自分の原点にあるものを大事にしたい」

来季は、東京で開催される世界陸上における連覇、そして記録の更新といった期待がかかる北口だが、トレーニングに関して帰国会見で興味深い発言をしている。

「自分が必要としている力(筋力)であったり、スピードだったりを足していければ記録も伸びてくると思っています。ただトレーニングをするだけでなく、自分に合っているトレーニングを探したり作っていったりと、そういう作業が必要じゃないかと思っています」と、比較的、調子がよかったというDLファイナルでのパフォーマンスを振り返り北口は話した。

また、投てき種目として日本人初の金メダルに輝いたハンマー投の室伏広治さんについて触れ、「(室伏さんは)自分に合ったトレーニングを、いろいろなものを考えて突き詰めて競技をされ、よい結果を残されていた。自分にもそういうものがあるのでは」と、自身の可能性について見通しを述べた。

「来シーズンのトレーニングに向けては、自分の原点にあるものを大事にしたいと思っています。水泳だったり、バドミントンだったり、何らかの形でトレーニングに結びつけていけたら、もっと自分がやりやすいトレーニングになると思います。この2つがあったからこそ、今の自分の投げのスタイルが確立されていると思います」

競泳で肩関節の可動域を高め、バドミントンで素早く腕を振り切る動作を習得したことが、北口のやり投に役立っているとの話はよく知られているが、金メダリストの北口自らがそれらを改めてトレーニングに活用したいと話すことには、いったいどういった理由があるのだろうか。北口の次の言葉がそれを示している。

「長期的なトレーニングの組み方として、競技場の練習だけでなく、山を登ったり、サイクリングを取り入れることは大事だと思っています」

「筋力トレーニングを何シーズンか続けてやっていて、硬さが出ることがどうしても強くなるための変化として受け止められなくて、結局、シーズン中に筋力トレーニングの量を落として動けるようにしていく期間が増えてしまったので、それなら最初から柔らかさを保てるトレーニングで筋力をつけていければいいんじゃないかと」と、自らのトレーニングを分析している。

セケラック・コーチの指導のもと、北口はチェコでトレイルランや山道でのダッシュなども合わせて行ってきたが、それらをさらに進化させた形で新たなトレーニング方法を模索しているようだ。「今までと同じ自分でこれからも過ごしたら、そこから進歩はない」と、以前、北口は日本オリンピック委員会(JOC)の公式Youtubeチャンネルで語っていた。常に立ち止まることなく、飽くなき進歩を志す北口の来シーズンに期待が高まる。

北口榛花「それでも世界を目指せるということを見せられた」

北口は、帰国会見の中で、さまざまな苦悩や困難を克服し栄光をつかんだ自身のこれまでの経験を振り返り、未来を目指す次世代のアスリートにメッセージを送っている。

「陸上をする上で、雪の降る地域の人たちは練習するのが難しかったりすると思いますが、その中でもメダルは獲れます。(高校生で)やり投という競技を始めたのも、他のオリンピック選手からすると早いタイミングではないですが、それでも世界を目指せるということを見せられたことはすごく嬉しいことです」と、高校まで出身地の北海道旭川市で過ごした北口は話した。

オリンピックの陸上競技で日本人が金メダルを獲ったのは、アテネ2004での野口みずきさん(女子マラソン)、室伏さん(男子ハンマー投げ)以来、20年ぶりとなる。その頃に生まれた今の選手にとって、日本の陸上選手が金メダルに輝く姿を初めて見ることになったかもしれない。北口は、そんな若い世代に、世界に挑戦する姿を見せることができただろう。

「(やり投を通して)いろいろ感じとってもらえることは、より嬉しいことだと思います」と、北口はパリでの金メダルがもたらす影響について期待を込めた。

そして最後に、「(オフシーズンなので)しばらくお休みして、次に向かいます」と、北口は笑顔で話し、帰国会見は締めくくられた。

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