やり投で笑顔を運ぶ北口榛花について知っておきたい5つのこと/パリ2024オリンピック陸上競技
パリ2024オリンピックの陸上競技(トラック&フィールド種目)は、パリ北部の郊外にあるサン・ドニにあるスタッド・ド・フランスフランスにて、8月2日(金)から始まっており、8月10日(土)まで実施される。その中で、女子やり投世界チャンピオンの北口榛花(はるか)は7日の予選から登場。さらに10日に行われる決勝に進出し、フィールド種目で日本女子初となるオリンピックメダルの獲得を狙う。
果たして北口は、日本陸上競技の歴史に新たな1ページを刻むことはできるだろうか。ここでは、パリ2024の大舞台でのメダル獲得に期待の高まる北口榛花について知っておきたい5つのことを紹介する。
やり投日本初の世界チャンピオン、北口榛花
はじける笑顔が印象的な現世界チャンピオンの北口だが、東京2020では、女子やり投で日本勢として57年ぶりとなる決勝に進出したものの、12位に終わり涙を流した。
挫折を経験したこともあった。リオ2016の代表選考では、右肘の靭帯を損傷したこともあり参加標準記録を超えられなかった。
何をしたらよいのか路頭に迷ったこともある。2018年の日本陸上競技選手権では初めての予選落ち。自信とプライドが崩れ去った。当時の状態を「どんどん沼に落ちていくような感じ」と、2023年3月、日本オリンピック委員会(JOC)の公式Youtubeチャンネルで明かした。「2018年はどうしようもなく、本当にどうにかしないといけないと思ったので自分で行動を起こした。それが今の自信になっています」と、北口は当時を思い出し語っている。
「世界大会に出たら、絶対にメダルを獲らなければいけないと思っていましたが、そんな簡単なことじゃないと、東京オリンピックを終えてから気づきました。世界陸上では(じっくりとまずは)入賞目標と考え直していたらメダルが獲れました。東京(オリンピック)がなかったらそのように感じていなかったと思います」と、2022年7月、世界陸上競技選手権オレゴン大会でやり投日本人初となる銅メダルを獲得した時のことを振り返った。それまで感じていた固定概念から解放され、自分の立ち位置を見つめ直すことができたという。
そして、翌年8月の同ブダペスト大会で、北口は大逆転で劇的な勝利をおさめて金メダルを獲得した。日本陸上競技界にとって歴史的な快挙だった。また、同年9月、ダイヤモンドリーグ・ファイナル(アメリカ合衆国ユージーン)でも日本人として初めてとなる年間王者に輝いた。これにより北口は、陸上競技の世界チャンピオンのタイトルを2つ獲得したことになる。残すはオリンピックの王冠だけだ。
「オリンピックは4年に1度なので、ライバルたちもしっかり仕上げてくる舞台だと思います。オリンピックでも金メダルが獲れるようにしっかり準備してパリに臨みたい」と、北口は昨年9月のTBSのニュース番組で抱負を語っている。三冠達成を目指し、パリの大空を仰ぐ北口の躍動が注目される。
応援ありがとうございました。
— 北口榛花 harukaKitaguchi (@giant_babyparu) August 27, 2023
皆さんの応援が力になりました。
やり投を始めてから夢見たことを実現することができました!
これからも応援よろしくお願いします。
📸 Tsutomu Kishimoto / @picsport_japan pic.twitter.com/6L8lOVxXG9
セケラック・コーチとの出会いでたどり着いた世界の頂点
「今までの日本人でそこ(世界一)にたどり着けた人は誰もいない。今までの日本人と同じことをしていたら、そこまでたどり着けないというのが根底にある。今までと同じ自分でこれからも過ごしたら、そこから進歩はない」と、北口はJOC公式Youtubeチャンネルで語った。それが、やり投強豪国チェコ共和国のコーチ、デイビッド・セケラック氏に指導を仰いだ理由だ。また、世界一になるには、世界でいちばん遠くにやりを投げた選手がいる国で練習したほうがよいとも思ったという。実際、男子やり投の世界記録保持者、ヤン・ゼレズニー(98m48)、女子世界記録保持者、バルボラ・シュポタコバ(72m28)はともに同国出身だ。そして、2023年8月の世界陸上ブダペスト大会で、北口は世界の頂点にたどり着いた。
北口は、指導者不在で自らの練習方法に疑問を抱き始め路頭に迷っていた2018年晩秋、フィンランドで開催されたやり投の国際会議に参加してセケラック氏と出会う。2019年2月には、持ち前の行動力でセケラック氏の住むチェコ共和国ドマジュリツェに単身で渡りコーチングを受けるようになった。当初は、言葉や文化の壁もあり、コーチを引き受けたセケラック氏には戸惑いもあった。しかし、北口の陽気な笑顔とポジティブな性格と熱意によって、それが杞憂であることに気づかされたという。
自らで行動し切り開いてきた世界への道で、北口はセケラック・コーチとの二人三脚で地道な練習に励んできた。セケラック・コーチに師事するようになってから今日まで、日本記録を3回塗り替え、世界陸上で金メダルと銅メダルを獲得、ダイヤモンドリーグ・ファイナルでも優勝を果たした。そして、2人でいつも喜びを分かち合ってきた。世界最強の師弟コンビは、パリの大舞台でさらなる高みを目指し、もっと大きな歓喜の瞬間を楽しみにしているに違いない。
「榛花スマイル」の秘密
大手広告代理店が今年3月に行った調査によると、「親しみやすい」アスリート第1位は北口だった(第2位はメジャーリーグの大谷翔平)。コロナ禍にあった東京2020では、決勝進出を決めた予選ではじけるような笑顔で大喜びをする北口の表情や姿が多くのファンを魅了し、テレビで応援する人々の心を和ませた。
JOC公式Youtubeチャンネルで「笑顔のコツは?」と聞かれた北口は、「写真に撮られる時には向かないのですが、どんな顔になってもいいやと思って笑うことだと思っています(笑)」と答えている。そして「全部、度外視して笑うのが、いちばん相手に自分は幸せだって伝わる方法と思っています」と続けた。言葉の通り、北口が見せる笑顔には喜びや情熱があふれ、それが見る人に伝わるからこそ誰もが親しみやすく感じ、多くの共感を集めるのだろう。
笑顔は北口の母親から教えられたものだという。「笑顔は何でもよいことを引き寄せると(母親に)言われたので、常に笑顔を心がけています」とTBSのインターネット動画の中で話している。
2023年世界陸上ブダペスト大会で金メダルを獲得した後、「自分が必ず歴史を作ると決めてここにやって来たので、練習してきたことを出せた自分をほめたい。今日だけは世界でいちばん幸せです」と、北口は満面の笑顔でその幸せを日本中に届けた。パリの舞台でも北口の幸せな笑顔を見たいと思うのは、日本中のファンの願いだろう。北口の投げるやりが、大きなアーチを描いて、人々の心に幸せとともにきっと突き刺さるはずだ。
チェコと北口榛花
世界陸上ブダペスト大会優勝後、流ちょうなチェコ語とトレードマークの笑顔でインタビューに答える北口の様子が話題になった。それについて「自分では流ちょうではないと思っているが、日本語よりちょっと感情が込めやすい。英語やチェコ語のインタビューはあまりうまく話せない分、感情を乗せるように心がけている」と、2023年9月のダイヤモンドリーグ・ファイナルで日本人初となる優勝を飾った北口は、開催地オレゴンから帰国直後の記者会見で話した。「文章で書くとスペルを間違っていたりして(セケラック)コーチから訂正の文が送られてくる。コーチも先生みたいに協力してくれる」と笑った。
「(チェコ語でインタビューを受けたのは世界陸上が)初めてだったが反響が大きくてびっくりした。反響が大きくて嬉しい。それによってチェコのみなさんに近くなればいい」と話す北口は、今年1月、練習拠点にしている町、ドマジュリツェからスポーツ振興や地域への貢献が評価され表彰を受けた。北口は、セケラック・コーチの家族をはじめ、ドマジュリツェの市民からも応援され愛される。言語、文化の違い、世界の壁などものともせずチャレンジする北口のファンは、日本だけでなく、チェコ、そして世界に笑顔の輪を作り広がっている。
競泳、バドミントン、それともバスケ選手!?
北口がやり投を始めたのは高校生になってからだ。それまでは、バドミントンや競泳に打ち込んでいた。小学生の時、同学年であり、パリ2024バドミントン女子日本代表の山口茜(あかね)と、全国大会で対戦した経験を持つ(この時山口が勝っている)。
競泳でも全国大会に出場した。当時は「オリンピックは水泳しか見ていませんでした。(競泳の)北島康介さんの名言も見ていました」と笑顔で明かす。
東京がオリンピック開催地に決定した頃にやり投を始めた北口は、選手というよりボランティアとして携わることしか想像できなかったという。しかし、やり投に天賦の才能が備わっていた北口にとって、バドミントンや競泳で培った上半身の柔軟性や可動域の広さは今でも役立っているという。
「スポーツ選手にはなってほしくなかった」と母親が言っていたと北口は話すが、その母親は女子バスケットボール実業団の強豪チームでプレーをしていた。バスケットボールにも挑戦したことがあるという北口は、バスケットボールの大ファンであり、女子日本代表メンバーとも交流がある。
日本国民、世界のファン、アスリート仲間からも愛され親しまれる北口は、パリ2024に出場するチームジャパンに笑顔を広げ、この夏、日本中に笑顔を届ける立役者となるに違いない。
陸上競技・北口榛花
- 名前:北口榛花(きたぐち・はるか)
- 生年月日:1998年3月16日(26歳)
- 出身地:北海道旭川市
- オリンピック歴:東京2020オリンピック女子やり投 12位
- 自己ベスト:67m38(日本記録、2023年9月8日)
- 出場種目:女子やり投
- ソーシャルメディア:X、Instagram
※年齢は2024年7月26日パリ2024オリンピック開会式当日を基準とした。