**渡部暁斗**の5回目のオリンピックは、日本選手団を率いて旗手として入場行進した北京2022冬季オリンピック開会式からはじまった。
初出場のトリノ2006から16年。ノルディック複合チームを長年牽引してきた渡部も、世界中の選手同様、コロナ禍の中で例年とは異なるオリンピック選考の2シーズンを過ごし、これまで経験したことのないオリンピックに向けて最善を尽くして挑んできた。
「今回のオリンピックは有力なメダル候補と言われていた選手が陽性になって出れなかったりして、本当にさみしかったし、トップレベルが全員揃った状態で戦って、その中でメダルを取りたかったという気持ちは正直ありました」
しかし、すべての競技を終えて改めて北京2022を振り返ると、「個人でひとつ、団体でひとつ、ふたつのメダルを獲得することができて、自分の中では良いオリンピックになったと思います」と、4年に一度の舞台でその成果をカタチとして残せたことを喜んだ。
「メンタルは元から弱くない」と話す渡部は、「心で競技しているとことろがあるので(笑)」とパンデミックの中で競技に向かう姿勢については特に問題がなかったと明かすも、“北京でメダルを取る” という面に関しては、不安が頭をよぎることもあったという。
2021年1月24日にフィンランドで行われたワールドカップで個人通算19勝目を挙げ、荻原健司が持つ日本勢最多勝利記録に並んでから、1シーズンその記録を更新できずにオリンピックを迎えていた渡部。
「今シーズンを通して11月から全然良いジャンプも良い走りもできていなくて、常にワールドカップの表彰台から遠ざかって戦ってきたので…。さらにオリンピックに来てからも調子が上がらなくて、すごく不安な日々だったんですけど、その中でもなんとか最低限のパフォーマンスを出して、運が味方してくれてメダルも取れた。パフォーマンスは満足できるものではないんですけど、そういう結果に対しては良かったなと思っています」
ノルディック複合のパフォーマンスを常に良いものにするために追求し続けてきた渡部は、自身の競技への姿勢をこう語る。
「自分がと言うよりは、レースを面白くしたいっていう気持ちが一番強いので、(自分が)ひとつのピースとして、レースを盛り上げられるようなパフォーマンスをしたいというマインドセットでいつもやっています。そのために、どういう選手がどういう動きをしたらレースが面白くなるかとか、どういう選手が勝つのにふさわしいかということを常に考えながらいつもレースに取り組んでいます」
そのうえで、今大会の経験から新たな気づきもあったという。
「全部競技を終えてみて、もちろん金メダルを取れなくて残念だったなという気持ちはありますけど、今回面白いレースができたし、見てもらえた。メダルだけがスポーツの価値ではなくて、見ている人が感動するんだったらメダルがあってもなくても良くて、それが本当のスポーツの価値なんだなというふうに思えたのが、すごく僕としてはうれしかった。そういうところに気づけたことが、本当に良いオリンピックになったなと思っています」
以前渡部はオリンピックの金メダルの道のりについて、「山頂の手前までしか登れていない山がある。だから、そこに立ってみたいという気持ちがあります」と表現したことがある。
今回の個人戦ラージヒル/10kmでは、その頂上まであと0.6秒というところだった。
33歳で5度目の登頂に挑戦した今回の旅は、渡部にとってどんなものだったのだろうか?
「山頂を見てみたいっていう気持ちはもちろんまだ心の中にあるのは間違えないですけど、どうにかしてその山頂にたどり着こうと思って、山の周りをぐるぐる回って、いろんなところから登ろうとトライしたことで、ひとつの山をいろんな角度から眺めることができた」
「きっと綺麗な山なんだろうな、というふうに思えて、今はある意味、誰よりもその山を知っているんじゃないかな、とは思っています」と語った。
その "山頂" を目指す登山は、「自分の生きざまを示せる良い機会」だと話す。
では、もう一度その旅に出て、2026年ミラノ・コルティナでも登頂を目指すのか?
「まだちょっとそこまでは考えられていないんですよね」
「この北京で金メダルを取って全部終わり!っていうふうにしたかったので…。それに向けて集中してやってきたから、今はその先のことまでは考えられていないんですけど。まず家族との時間を大切にしながら、気持ちがまたオリンピックに向いてきたら挑戦したいなと思います」と笑顔で答えてくれた。
まずは、この長い遠征から家に帰り、息子と一緒にたくさん遊ぶことが今から楽しみだと、さらに大きな笑顔で笑った。
どんな形になるにせよ、彼のノルディック複合への情熱はまだまだ尽きそうにない、と感じるインタビューだった。
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