スポーツクライミングは、まるで垂直に行う陸上競技だ。スピード種目のクライマーは、壁に取り付けられたホールド(手がかりとなる突起物)を腕と脚を使って駆け上がり、およそ5秒で50フィート(15メートル)近い高さに到達する。一般的な観客が同じだけの距離を走るのよりも、はるかに速いスピードだ。
リード種目のクライマーやボルダー選手は、陸上競技でいうところの400メートル走者といえるだろう。ジャンプしたり、懸垂のように引きつけたり、スイングしたりしながら、最大60度というオーバーハング(垂直を超えて傾斜する壁)を驚異的なスピードで登っていく。
1988年にユタ州スノーバードで第1回国際スポーツクライミング選手権が開催されて以来、クライマーたちはより速く、より強く、より高い技術を身につけてきた。2度目のオリンピックとなる今回、スポーツクライミングには2つのメダル種目がある: スピードと、ボルダー&リード複合だ。
オリンピックのスポーツクライミングは、パズルを解くようなコースの攻略と、全身の強さが鍵となる身体能力、そして目もくらむような高さを組み合わせた、スリリングでハラハラさせられる競技だ。スポーツクライミングと共に、スケートボード、BMXフリースタイル、ブレイキンは、オリンピック出場枠をかけた最終予選となるオリンピック予選シリーズ(OQS)が間もなく開催される。パリ2024だけでなく、このOQSは観客を熱狂させることになるだろう。
ここでは、クライミング・エスカレード・カナダを通じてカナダチームのスピードクライミング選手を指導するチェコ人クライマー、リボル・フロザによる専門的な意見を交えつつ、オリンピックで最も新しい競技の1つであるスポーツクライミングをより理解し、観戦を楽しむために必要な情報を紹介する。
スポーツクライミングとは?
スポーツクライミングでは、選手は人工壁をできるだけ早く登る。壁にはホールドと呼ばれる様々な形の樹脂片が点在し、クライマーはそれを手でつかんだり、腕で引っ張ったり、足をかけて壁を登るのに使用する。スポーツクライミングには、3種類の種目がある。
スピード
この種目では、高さ15mの壁を誰が一番早く登れるかを競う。国際スポーツクライミング連盟(IFSC)の規定に基づき、壁は5度の角度で手前に張り出している。選手は上からロープでつながれた状態でこの壁を登る。
壁にはまったく同じ場所にホールドが設置されたレーンが左右に2つ並び、2人のクライマーが同時に登る。ノックアウト方式で競い合い、勝ったほうが次のラウンドに進む場合と、タイムのみで競う場合がある。
スポーツクライミングで使用する壁のホールドの位置は変わらない。どの大会、どのレースでも同じ位置に置かれているため、選手たちは繰り返しムーブの練習をすることができる。それによって、信じられないようなスピードで登ることができるようになるのだ。韓国のソウルで開催された2023年のワールドカップでは、インドネシアのクライマー、ベドドリック・レオナルドが初めて5秒以内での登破に成功した。
「最初の動きで勢いをつけ、そこから勢いを積み上げていく」とフロザは解説する。そして勢いが増すにつれ、クライマーはフロー状態に入って、何百回も練習したムーブに乗って登ろうとする。「あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ、と脳を中途半端に働かせるのはよくない。体の動きに任せることが大切なのです」。
飛ぶような勢いで壁を登るには、スタートがすべてだとフロザは言う。スタートの号砲が鳴ったと同時にクライマーはフロアから飛び上がる。フロザいわく、それが足の瞬発力と腕力を組み合わせて実現する「このコースで最高のホールド」になる。そこからは、その最初の爆発的な勢いを維持するために、腕で引っ張るのが60%、足で押し上げるのが40%というクライミングスタイルで登る。その結果、100mダッシュのような、垂直方向の全力疾走が生まれるのだ。
リード
この種目では、クライマーは6分以内に壁の頂上まで到達することを目指す。高さは同じでも、スピードクライミングの選手が5秒で通過する壁よりもはるかにタフだ。リードクライミングの壁とホールドは大会ごとに異なり、掴みにくいホールドがあったり、大きなギャップがあったり、極端なオーバーハングなど、さまざまな難関がある。
IFSCのルールでは、壁は地面に対して60度まで張り出すことができる。平均的なオーバーハングは8~9メートル(26~29.5フィート)あり、クライマーはあたかも逆さまになって登っている状態になる。
クライマーには、登る前にその壁を観察するための限られた時間が与えられている。セミファイナルとファイナルでは、登る6分前から壁を見る時間が与えられる。この間に触れていいのは下のホールドだけで、写真を撮ることはできない。手書きのメモをとったり、双眼鏡を使ったりすることはできる。しかし、その6分間が過ぎると隔離され、壁を見ることも、他の選手が登っているのを見ることもできない。
その間、選手は「理想としては、ルート全体を記憶して、頭の中で何度も何度も登ってみる。すべてのムーブを覚えて、自分がしたいことをイメージする」とフロザは語る。「自分の順番を待っている間に何度もそれをやるから、いざ壁に面したときには自然に感じられているんだ」。
しかし一旦登り始めたら、スピードクライマーと同様、リードクライマーもあまり考えずに動いた方がいいのだとフロザは言う。彼らは頭の中に描いたマップで練習したことと、何千時間にも及ぶ練習で異なるタイプのホールドを攻略してきた、その経験に頼るのだ。「クライマーが問題に感じることについて難しく考えすぎると、時間と身体のエネルギーの両方を浪費してしまう」と、カナダチームのコーチは言う。
リードクライマーがスピードクライマーに比べてエネルギーを節約するもうひとつの方法は、体重だ。長距離ランナーとスプリンターでは体格が違うように、リードクライマーはスピードクライマーよりも小柄なのが一般的だ。逆さまにぶら下がっている状態では、ほんの数グラムでも影響する。
リードでは、壁を最も遠くまで登り切った者が勝者となる。落ちた場合、落下地点が記録となり、やり直しはできない。複数のクライマーが頂上まで登った場合は、最速で登った者が勝ちとなる。
ボルダリング
この種目は、4.5m(15フィート以下)の高さの壁で行われるため、選手は安全ロープを着用しない。 壁には、"課題 "と呼ばれるルート(コース)が4~5コース用意されていて、リードやスピードとは異なり、クライマーはボルダー壁を何度も登らなければならない。
各ラウンドでは、クライマーは複数のルートにトライする。1本のルートに対して与えられる時間は限られていて(通常は5~6分)、その時間内であれば、選手は何度でもトライすることができる。次の"課題 "に挑むまでには同じだけの時間、休息をとる。
リードと同様、ルートは競技ごとに変わり、選手には壁面を観察する短い時間が与えられる。
両手でルートの最終地点に置かれたトップホールドをつかみ、体をコントロールすることができれば「完登」。その"課題 "を攻略したことになる。少ないトライ回数でルートを完登すると、スコアが向上する。
「ボルダリングに秀でた選手は、リードクライマーとスピードクライマーの体型と長所を兼ね備えている」と、フロザは言う。スピードクライマーのように爆発力があり、リードクライマーのように持久力がある選手だ。
スポーツクライミングはいつからオリンピック競技に?
スポーツクライミングは、東京2020オリンピックで初めて登場し、この大会では、ボルダー、リード、スピードを複合した1種目のみが男女ともに実施された。男子ではスペインのアルベルト・ヒネス・ロペスが金メダルを獲得、アメリカ合衆国のナサニエル・コールマンとオーストリアのヤコブ・シューベルトが銀メダルと銅メダルを手にした。女子はスロベニアのヤンヤ・ガンブレットが金メダル、日本の野中生萌と野口啓代が銀メダルと銅メダルに輝いた。
パリ大会では競技内容が変更され、スピードは男女ともに独立したメダル種目となる。そしてボルダーとリードが新たな複合種目となり、女子と男子それぞれにメダルが与えられる。
パリオリンピックの前には、5月に中華人民共和国の上海、6月にハンガリーのブダペストで開催される初のオリンピック予選シリーズで、スポーツクライミングが実施される。
オリンピックのスポーツクライミングはどのように行われる?
パリ2024でのスポーツクライミングは、男女それぞれ2種目ずつ行われる。 スピード種目と、ボルダー&リードの複合種目だ。複合では男女各20名、スピードでは男女各14名の計68名がオリンピックの舞台に立つ。
ここでは、パリのル・ブルジェ・スポーツクライミング場でこの2種目がどのように行われるかを紹介する。
パリ2024でのスピードクライミング
スピードクライミングには、男女各14名の計28名が出場し、2ラウンド制で行われる。
-
予選ラウンド: このラウンドでは、各選手が壁の2つのレーンそれぞれにトライする。同時に登る2人の選手が互いをノックアウトするのではなく、タイムが記録され、各選手が2本ずつトライした後の最終順位で上位8名が次の決勝ラウンドに進む。
-
決勝ラウンド: ファイナルラウンドでは、準々決勝、準決勝、そして決勝が行われる。ファイナルラウンドでは、前ラウンドのタイムによって8人の選手のシードが決定する。予選ラウンド首位の選手は8位の選手と、2位の選手は7位の選手とペアを組む。
各ペアで勝者となった選手が次のラウンドに進み、もう一方の選手は敗退となる。準々決勝で勝ち残った4選手が準決勝に臨む。
決勝では、準決勝を勝ち抜いた2人が金メダルと銀メダルを、敗れた2人が銅メダルを争う。
パリ2024での複合(ボルダー&リード)
パリ2024では、複合種目の選手は、ボルダーとリードの各種目につき最大100点、両方合わせて最大200点を競い、合計得点が最も高い選手がチャンピオンとなる。
ボルダーでは4つの「課題」に挑み、それぞれ最大25点で競われる。各課題にはルートに沿って3つの主要な「ホールド」があり、ルート最上部のホールドがゴールとなる。そのホールドにファーストトライで到達すれば、そのルートの満点となる25点を獲得できる。それより下に設けられた2つの「ゾーン・ホールド」に到達すれば、5点、または10点を獲得できる。
それぞれの主要ホールドに複数のトライを経て到達した場合は、獲得できるポイントはわずかに減少する。例として、IFSCのルールブックによれば、最上部のホールドに2回目のトライで到達した場合は24.7点となる。1回目のトライで4つの課題すべてで頂上に到達した場合、その選手には最高得点である100点が与えられる。
リード種目では、制限時間内に壁の頂上に到達(ロープを頂上にクリップ)すれば100点となる。時間内に到達できなかったり落下した場合は、どこまで到達したかで採点される。採点はトップホールドから逆算して行われ、頂上から数えて40ホールドまでが得点対象となる。頂上にもっとも近い10のホールドは4点、それより前の10ホールドは3点、その次の10ホールドは2点、その前の10ホールドは1点となる。これより手前のホールドは得点対象にならない。もし選手が、これらの40ホールドまでたどり着けなければ得点は0点となる。
たとえば、トップまで3ホールド以内まで迫ったクライマーは12点(4点×3ホールド)が減点となり、合計88点を獲得する。獲得した点数が同じだった場合は、頂上に到達するまでにかかった時間で順位が決定する。
スポーツクライミング選手がオリンピック出場枠を獲得する方法は?
各種目とも、男女各1名の出場枠は開催国フランスに自動的に与えられる。その他のパリ2024出場枠は、次の3つの大会で決定される。
- 2023年8月にスイスのベルンで開催されたIFSC世界選手権
- 2023年にアフリカ、アジア、ヨーロッパ、オセアニア、アメリカの各大陸で開催されたIFSC大陸予選
- 今年5月と6月に上海とブダペストで開催されるオリンピック予選シリーズ
オリンピック予選シリーズでは、複合種目で男女各10枠、スピードで男女各5枠の出場枠が割り当てられる。
各国が獲得できる出場枠は、1種目につき男女各2枠(複合は男女各2枠、スピードは男女各2枠)まで。
スピードクライミングの出場資格についてはこちら、複合種目の出場資格についてはこちらをチェック。
※オリンピック各国代表の編成に関しては国内オリンピック委員会(NOC)が責任を持っており、パリ2024への選手の参加は、選手が属するNOCがパリ2024代表選手団を選出することにより確定する。
パリ2024のスポーツクライミングはいつ観戦できる?
リード&ボルダリング複合とスピードの両イベントは、ル・ブルジェのスポーツクライミング場で行われる。
複合種目は8月5日から10日まで、スピード種目は8月5日から8日まで開催される。競技の全スケジュールはこちら。