「東京を越える演技をしたい。それができれば、間違いなくパリで団体金と個人金を取れるかなと思っています」
日本体操競技界のエース**橋本大輝**が7月に行われたOlympics.comのインタビューでこう語ってから、およそ4ヶ月。橋本は1歩ずつその歩みを進めている。
10月29日〜11月6日の日程で英リバプールで行われた世界体操競技選手権2022。9日間にわたって19演技で戦い抜いた21歳の橋本大輝は、久々の海外での大会で何を感じ、それをどうパリオリンピックにつなげていくのだろうか。橋本の言葉をもとに辿ってみたい。
予選で感じた手応え
「2週前に右手首を痛めてしまって、4日前にかばって左手首を痛めてしまった。うまく動けていないことで心の辛さはある。しかし試合は待ってくれないので、ポジティブにできることをやっていきたい」
公式練習が行われた予選2日前の10月29日。橋本は不安と明るさとが入り混じったような表情で、Olympics.comにこう語った。
迎えた予選当日。最初の種目・あん馬での橋本の演技は、見る者の不安を掻き立てるような出来だった。倒立の状態で明らかに不安定な動きを見せた橋本は、その後、落下。点数は11.666点にとどまった。
「あん馬で少しミスがあって、そこから戻そうと思ったんですけど上手く戻らなくて、そこでちょっと焦ってしまって」
だが、その直後に演技を行った同学年の土井陵輔がエースのミスをカバーするかのような演技で14.466点をマーク。
「土井くんにとっては波に乗りづらいところもあったんですけど、彼らしく伸び伸びやってくれたので、彼のおかげで日本は助けられたと思っています」
チームメイトの活躍を受け、橋本はうまく気持ちを切り替え、鉄棒ではこの日唯一の15点台を記録した。
団体決勝での油断
日本男子は予選を1位(269.695点)で通過。一方、ライバルの中華人民共和国は249.929点と精彩を欠いて予選4位。
しかし、決勝では状況が一変する。
日本は最初のゆか種目で幸先のいいスタートを切った。続くあん馬で、橋本は予選でのミスなどなかったかのような修正力を見せて14.433点を記録。だが、ほっとしたのも束の間、今度は土井と谷川翔が落下したことで暗雲が立ち込めてきた。
次のつり輪が終わった時点で日本の順位は8チーム中4位。
「少し油断があったのかなと思います。このままならば優勝できるかなと思っていたところで、点数が伸びなかった」
最後の鉄棒を迎えた時点で2位にまで順位を上げていた日本と、トップを走っていた中華人民共和国との点差は4.164。
「鉄棒で完璧に演技しても(トップの中華人民共和国に)勝てないことはわかっていたのですが、完璧にやりたいという気持ちが強かった。完璧を意識しすぎたため、『リューキン』で手が伸びず、(鉄棒に)手が届かなくて落下してしまった」
日本男子は銀メダルを獲得してパリオリンピックの出場権を掴んだものの、橋本は悔しい表情を浮かべた。
「ミスが少ないチームが優勝するということを実感した。どれだけ周りの人が、ほかの国が良い演技をしようとも、僕らが良い演技をするということが必要だと感じました」
団体での金メダルを目標に掲げてきた橋本は、この結果をしっかりと受け止めた上で前を向き、力強くこう語った。
「オリンピックも世界選手権も、みんなでとる金メダルの価値が上がった」
つらかった1年半と感謝の気持ち
団体での悔しい気持ちを引きずるわけにはいかない。2日後には個人総合の決勝が橋本を待っていた。
2021年に行われた東京2020オリンピックの個人総合で金メダルを獲得した橋本は、その数ヶ月後に北九州で行われた世界選手権でチャン・ボヘン(中華人民共和国)に0.017点差で敗れ2位。あのときの悔しさを晴らすときがやってきたのである。
オリンピック王者の橋本は2種目目のあん馬以降、首位をキープし、最後の鉄棒ではF難度の技「リューキン」を回避したものの、安定した演技で優勝した。
今回の大会で優勝を決めた後、「この1年間、本当にしんどかった」と、ほっとした表情を浮かべながらもつらかった胸の内をOlympics.comに明かした。
「何をやるにしても、オリンピック(のパフォーマンス)と比較してしまい全然動けず、自分が体操やっていてうまくいかない時期が長かった」
東京オリンピックでは「あのときの演技は本当にすごかった」と自分でも認めるほど演技で個人総合の金メダルを掴んだ橋本。それ以降の苦悩を思い返し、「今シーズンは怪我もあり良いパフォーマンスができないことが多かった。自分の中でいろいろなことがあり身体面、精神面どちらかがマイナスになることが多かった」とし、「いろいろな先生(コーチ)に支えられた。身体の面ではトレーナーの方、そして最後は家族が助けてくれたことが支えになった。今はいろいろな人に『ありがとうございました』と伝えたい」と感極まった様子で率直な思いを語った。
種目別・ゆかでの初メダル
翌日に行われた種目別・ゆかの決勝で2位となった橋本は、同種目で自身初のメダルを獲得。さらに翌日の鉄棒でも2位の成績で大会を締め括った。
会場では王者・橋本のパフォーマンスのたびに歓声が上がり、その声は日に日に大きくなっていった。
時に会場の声援を誘うような仕草を見せた橋本は、明らかに会場の雰囲気を楽しんでいる様子で、「このぐらい盛り上がってくれた方がやりやすい」と笑顔で語った。
「(今回は)19演技したので、今考えたら本当にめっちゃやってるなと思います」とし、体の疲れを実感した上で、「(疲れていても)通しきれるように来年は準備していきたい」と抱負を語ると、団体決勝で逃した金メダルについて、「悔しい思いも背負っているので、来年(の世界選手権)、そしてパリにつながるように毎年明確な目標を決めて、達成していけたらいいなと思っています」とし、9日間の戦いを終えた。
今回の世界選手権で橋本が獲得したものは、日本代表チームのために手にしたパリオリンピックの出場権、そして金メダル1つと銀メダル3つ。こうした目に見える成果はもちろんだが、団体決勝での気の緩みや悔しさ、自分の演技に集中することの大切さ、そして声援を受けて演技することの高揚感など、ひとつひとつがアスリートとしての橋本の成長を促し、今後につながっていくことは言うまでもない。
パリ2024オリンピックまで2年を切った今、これからの橋本の歩みに注目していきたい。