河辺愛菜: YOGから北京2022メダリストへ、強い気持ちで引き寄せるミラクル

北京2022フィギュアスケート日本代表の河辺愛菜は、幼き頃からの夢を掴んだ。ユースオリンピック(YOG)での雪辱を果たすため、まもなく開幕する冬季オリンピックの氷上で、成長途上の17歳はトリプルアクセルを引っ提げて、華麗な舞で奇跡を起こす

1 執筆者 Yukifumi Tanaka/田中幸文
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(2021 Getty Images)

「強い気持ちで! 」と目標に掲げたティーンエイジャーが、夢の切符を手に入れた。

弱冠17歳の**河辺愛菜は、まだシニア2年目の今シーズン序盤から急成長を遂げており、北京2022**代表を決める最終選考会の全日本フィギュアスケート選手権2021において、ショートプログラム(SP)およびフリースケーティング(FS)の両方で、女子では高難度エレメンツとされるトリプルアクセルを成功させ、初めて表彰台に上った。

「強気でいけた自分を褒めてあげたい」

3位銅メダルを確定させた直後のインタビューで、河辺はトリプルアクセルをダブルで成功させることのできた自分に誇りを感じていた。しかし、その翌日、北京2022代表に選出されてすぐに臨んだ記者会見では、喜びよりも、少々不安そうな面持を覗かせた。

「オリンピックの代表に選んでいただけて嬉しい気持ちもあるんですが、やっぱり実力不足は感じているので、今までよりも、一生懸命練習をして、少しでも実力をあげたらいいなっていう気持ちが一番大きいです」

彼女はいつだって、自分に厳しいのだ。なぜなら、順位なんかよりも「もっとうまくなりたい」と切に思っているから。

そんな河辺のオリンピックの冒険は、2年前に開催されたローザンヌ2020冬季ユースオリンピック(YOG)から始まっている。他の日本人スケーターたちが表彰式で笑顔を見せるなか、ひとりだけリンクの外から、拍手を送っていた。その悔しさがあったからこそ、彼女は「もっとうまくなりたい」と、毎日練習に励んできた。そして、河辺はオリンピック代表の座をその手で掴んだのだ。

強い気持ちで健気に邁進する17歳が、武器となるトリプルアクセルの習得に専心し、努力を惜しむことなくオリンピックの夢を叶えた、「奇跡」の軌跡を辿った。

偉大な地元の先輩

河辺は、憧れの浅田真央と同じ愛知・名古屋の出身。5歳からフィギュアスケートを始め、小学生の時には全日本レベルのジュニア大会へ出場し、数々の経験を積んでいく。そして、浅田の背中を追いかけるように、アスリートならば誰もが夢見るオリンピックのステージを心に抱く。

平昌2018が閉幕して桜も咲く頃、河辺は関西へ拠点を移し、平昌オリンピック4位入賞の宮原知子を指導する濱田美栄コーチのもとで活動を始める。コーチの幅広い国際的なネットワークや環境のなかで、河辺はアメリカでの高地トレーニングに参加し、トリプルアクセルの習得に取り組み始めた。

そして、大きな転機が訪れる。

2019年11月、3年ぶりの出場となった全日本フィギュアスケートジュニア選手権で、河辺はトリプルアクセルを公式大会の場で初成功させる。そして、SPおよびFSの両種目で1位の成績を獲得し、完全優勝を果たしたのだ。

これにより、同大会の男子シングルで優勝した鍵山優真と共に、河辺はローザンヌ2020YOGの日本代表に選出された。ユースとはいえ、オリンピック出場という夢が叶った瞬間だった。しかし、河辺は自分の演技に満足していなかった。

「トリプルアクセルを2本入れられるようにならないと」

まだ中学3年生の15歳だというのに、世界で戦うために必要なことを、彼女は十分に悟っていた。

オリンピアンの階段

2020年1月、河辺はオリンピック・キャピタルと呼ばれる街、スイス・ローザンヌにいた。15歳から18歳までのアスリートが出場できる冬季ユースオリンピック、通称YOGに出場するためだ。

女子シングルには、河辺を含む16名の選手が世界から集まった。予選となるSPで、河辺はすべてのジャンプを着氷し、ノーミスの演技で65.84を獲得し、4位というメダル射程圏内についた。

1日あけて迎えた決勝のFS。河辺は、冒頭のトリプルアクセルを回転不足で着氷してしまい、つづくコンビネーションジャンプで転倒してしまう。しかし、その後のエレメンツはすべて成功させ、何事もなかったようにリカバリーする強さを見せたが、演技終了直後は渋い表情に変わった。FSのスコアは119.38で、全体3位となる点数を獲得した。そして、SPとFSの合計した総合得点が185.22となり、パーソナルベストを更新して、河辺は暫定1位につける。しかし、河辺の後には3選手が控えており、負けず劣らずの演技を披露した。これら3選手が、総合成績で河辺のスコアを上回ったことで、最終順位は4位まで沈んでしまい、河辺は表彰台を逃してしまう。この時、3位銅メダルとの得点差は、わずか2.5だった。

ローザンヌ2020男子シングルで金メダルに輝いた鍵山をはじめ、他のフィギュアスケート日本代表がメダルを獲得するなか、河辺だけその首にメダルをかけることが叶わなかった。

「結果に満足しています。もっと練習しないと(世界で)戦えない」

彼女は自分に厳しく、そして強く、前向きだった。

「この大会はいつもと雰囲気が違って、すごく緊張したんですけど、そこでちゃんとミスなくできるように、今回の大会を生かしてがんばりたいなと思います」

(IOC)

YOGでは、競技の参加はさることながら、オリンピック同様に選手村などが設置され、その雰囲気を存分に味わうことができる。ほかにも、他国の選手はもちろんのこと、競技の枠を超えた交流を通じて、オリンピズムやトップアスリートとしての社会的責任など、様々な文化・教育プログラムが提供されており、10代のアスリートたちはYOGを経験することで、未来のオリンピック選手として求められる重要な知識やスキルを学ぶことができる。

「いつもはフィギュアの人たちだけですけど、他の競技の方たちと交流もいっぱいできたし、いい経験になりました。アスリートチェックのような感じで、いろいろ調べてもらえて、私は上半身が弱いことがわかったので、そこを直していったらいいとわかったので、よかったなと思います(日本スケート連盟HPより)」

河辺は確実に、未来のオリンピック選手になるための階段を昇っていた。

(IOC/Greg Martin)

ダブルサクセス・トリプルアクセル

ローザンヌ2020が閉幕して迎えた春、河辺は高校へ進学すると同時に、シニアデビューを果たした。COVID−19の世界的な感染拡大により、国際大会は相次いで中止や延期になるなど、そのシーズン(2020/2021)のISUフィギュアスケートグランプリ(GP)シリーズは変則開催となった。非公認の扱いとなったNHK杯に河辺は初出場し、6位入賞を果たす。

そして、迎えた北京2022オリンピックシーズン(2021/2022)。

河辺は、急遽出場できることとなったGPシリーズのカナダ杯に参戦する。自信をつけていたトリプルアクセルをSPで挑戦したものの失敗する。しかし、翌日のFSでは冒頭で華麗に成功させ、暫定最下位だった成績を免れて、最終9位に終わる。

課題を見つけ、日本へ戻り、練習に明け暮れていた頃、またしても河辺にチャンスが舞い込む。NHK杯への出場が急遽決定し、昨季に続いて日本のアイスリンクで競技することができたのだ。しかも、今季は公認の国際大会だ。

SPでトリプルアクセルを成功させ、パーソナルベストを更新する73.88をマークし、暫定2位につける。つづく、FSではトリプルアクセルを成功できなかったものの、その後のコンビネーションジャンプを決めてリカバリーし、係数の上がる後半部分で3連続ジャンプを成功させるなど、その意地を見せつけた。FSは131.56となり、総合205.44で、またしても自己ベストを更新し、河辺はGPシリーズで初めて表彰台に上った。

そして、北京2022最終選考会となる全日本選手権。

「両方ノーミスでないと勝てない」と大会前に話していた通り、河辺は初日のSPから果敢に挑む。緊張のトリプルアクセルをクリーンに成功させると、そのまま最後まで勢いにのり、すべてのエレメンツで加点の評価を獲得する。最後のレイバックスピンで削れた氷の破片を手に取り、美しいストリングスが特徴の楽曲が終わるタイミングで両腕を広げると、キラキラと輝く白い結晶が粉雪のように彼女の頭上を舞う。割れんばかりの盛大な拍手が、会場に鳴り響く。河辺も思わずガッツポーズを見せて、納得の表情を見せた。スコアは74.27を記録し、暫定3位につく。

つづく決勝のFS。最後から3番目の滑走順となる緊張感のなか、冒頭のトリプルアクセルを鮮やかに決めて、目標だったSPとFSの両方でトリプルアクセルをダブル成功させた。他のジャンプで両足着氷してしまう場面があったものの、転倒は回避し、後半部分では情感溢れるボーカルの音楽に合わせて、3回転ジャンプを連続で決めるなど、メンタルとテクニカルの底力を見せつける。演技終了直後は、ほっとしたような、でもやり切ったような笑顔で立ち上がり、拍手を送る観客席に手を振って応えた。

キスアンドクライで点数を待つ間も、河辺はずっと朗らかな様子だった。そして、スコアボードに表示された点数に驚いて、声を上げて喜んだ。

FSで135.38を記録し、総合得点は209.65と、またしてもパーソナルベストを更新する。この成績で、暫定1位となり、後続の樋口新葉坂本花織の2選手の結果を待たずして、表彰台を確定させた。最終的に、河辺は3位銅メダルとなり、オリンピックシーズンの最重要場面となる全日本選手権で、初のメダルをその首にかけた。そして、トリプルアクセルを両プログラムで成功させた競技力の高さと、メダルポテンシャルのある将来性が評価され、北京2022日本代表に選出された。

「小さい頃からの夢の大きな舞台で、楽しんで演技できるように練習をがんばりたいです。まだショート、フリーのノーミスっていうのができていないので、完璧な演技をして、世界と戦えるような点数を出せるように頑張りたいです」

- 河辺愛菜

(2021 Getty Images)

「奇跡」の軌跡

北京2022の出場を決めた河辺がこれまで歩んできた軌跡は、奇跡的なシンデレラストーリーのように聞こえるかもしれないが、決してそうではない。

2年前のユースオリンピックでは、あと一歩のところでメダルに届かず、唇を噛み締めていた。

その悔しさがあったからこそ、彼女は「もっとうまくなりたい」と強い気持ちで練習に励み、いつでも十分に実力を発揮できるよう、常に準備していた。そして、舞い込んだチャンスを確実にものにして、自らの力でオリンピックのチケットをその手中に収めたのだ。

河辺が今季FSに選んだ楽曲のタイトルは「Miracle」、そう「奇跡」だ。

奇跡は偶然に起きるのではない。自分を信じて、弛まぬ努力を続ける人が引き寄せて起こすものだ。

成長途上の彼女なら、やってくれそうな気がする。トリプルアクセルの連続成功とノーミスの演技。そして、そこから紡がれる新たなミラクルの物語。

きっと、それは奇跡なんかじゃない。

期待しよう、ワクワク胸を高鳴らせながら。

北京2022フィギュアスケート女子シングル・フリースケーティングは、2月17日19:00(北京時間18:00)よりはじまる。

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