2024年7月26日に開会式が行われるパリ2024オリンピックまであと1年。
フェンシング発祥の地・フランスのパリで行われるオリンピック出場を目指し、世界中のフェンシング選手たちがしのぎを削っている。そんな選手たちにとって、2023年4月3日〜2024年4月1日のランキングポイント獲得期間中、最大の大会となる「フェンシング世界選手権2023」がまもなくイタリア・ミラノで開幕する。
この大会で注目される選手のひとりが、日本フェンシング界を代表するフェンサー、女子サーブルの江村美咲である。昨年7月にエジプト・カイロで行われた世界選手権で優勝し、今年2月にワールドカップ・タシケント大会で3位に入ったことで世界ランキングを上げ、その頂点に上り詰めた。
7月22日〜30日の日程で行われるフェンシング世界選手権2023を前に、フランスで合宿を行っていた24歳の江村は、「ランキング1位というのは素直に嬉しいですけど、まだそこに自分がふさわしいと思えない」と満足することなく、自らを「チャレンジャー」と位置付けて、世界選手権さらにはその先のパリ2024オリンピックに向けた戦いに挑む。江村にとって、それは自分自身との戦いとも呼べるものかもしれない。
「楽しさ」の先にあった世界一
「勝敗にとらわれず、悔いの残らない試合」
これは、2022年7月にエジプト・カイロで行われた世界選手権の際に、江村が自分自身に言い聞かせていた言葉である。大会前に自分の気持ちを整理する中で、「悔いの残る試合」をしてしまうことに対する恐ろしさを感じていたという彼女は、勝ち負けにとらわれることなく「相手との全力勝負を楽しむこと」を掲げ、試合が行われるピストに立った。
それは、3回戦で敗退した東京2020オリンピック以降、新たに師と仰いだフランス人のジェローム・グース・コーチを通じて学んだことのひとつでもある。
「楽しむと言っても、試合をしながら『楽しい!』って思っているわけではなくて、試合前は逃げたくなるし、本気でやって負けるってすごく悔しいし、ショックでもあります。(そうしたことを考えて)楽しくなくなったり逃げたくなったりすると、全力で戦えなくなるんですよ。負けたときが怖くて全力で相手にぶつかることができなくなるんです」
「でも(楽しむことが)できたときというのは、その怖さとか不安もある中で自分と戦いつつ、でも試合中は相手と自分だけに集中していました」
世界ランキング3位で臨んだ昨年の世界選手権・決勝で対峙した選手は、アゼルバイジャンのアンナ・バシタ。ヨーロッパ王者として勢いよく勝ち進んでいたバシタは、世界ランクで首位に立っていたばかりか、江村が直近の3大会で勝利したことがない相手でもある。
決勝では序盤で相手に2点リードされる場面もあったが、最終的に勝利をおさめて優勝。2015年の太田雄貴氏(男子フルーレ)以来となる、日本フェンシング史上2人目の快挙を成し遂げたのだった。
「勝てていない相手に2点リードされるって、自分の中ではピンチなんですけど、でも相手が2点リードする2点目のときに、ちょっと特殊な仕掛け方にチャレンジしてみようって思えました。これも楽しんだからだし、それが失敗したときに、『これもダメか、強いな。やばいやばい』とかじゃなくて、『これでもダメか、じゃあ次、何をしよう』みたいに(前向きに)思えたのも、楽しめたからかなと思います」
こう振り返る江村は、試合展開を全身で感じて臨機応変に戦術を繰り出し、それを楽しむためにも、自分が積み重ねてきたことや自分自身を信じることの重要性を実感する。自分を信じられないと「(試合自体を)楽しめないと思います。本当に難しいです、楽しむって」と、一筋縄ではいかない課題に苦戦する様子をにじませつつも、充実感を漂わせた表情で語る。
過去、未来、結果…ではなく
昨年の世界選手権以降、今年1月のグランプリ・チュニジア大会、2月のワールドカップ・タシケント大会、4月のグランプリ・ソウル大会で銅メダルを獲得するなどの実績を積み上げ、練習に励んできた。
6月のアジア選手権では、上腕三頭筋の肉離れを抱えた状態で挑み、個人5位に甘んじる結果となったが、「今できるベストを出し切った、最後まで戦い切ったと思える試合」だったと、その結果をしっかりと受け止める。今では肉離れの症状も回復し、7月中旬のインタビュー時にはフランスでの合宿で、世界選手権に向けて調整を進めていた。
前回大会の「楽しむ試合」経験を完全に自分のものにするために、試合前や練習中に自分に言い聞かせている言葉などはあるのだろうか。
「私はまだできていないこともいっぱいあるから偉そうには言えないんですけど」と前置きした上で、ゆったりとした落ち着きのある口調で迷いなくこう続けた。
「今、ここ、自分にフォーカスするということ」
「過去、未来、結果とか、今までの失敗とか成功じゃなくて、ただ『今』、他のどこでもない『ここ』で、ほかの誰かと比べたりせずに『自分』だけを見ること」
世界王者、世界ランキング1位という肩書きを持つだけに、他の選手たちがその「世界一」を倒すべく大会に臨むことは間違いないだろう。しかし、本人の中では「挑戦者」という気持ちでこの大会、そしてその先に進んでいく。
「相手が強くて負けるよりも、自分のミスが多くて負けることが多いですし、実際、優勝した試合を振り返ってもまだまだ自分のミスは見つけられるので、もっと伸ばしていけると思います」
その点においては、世界王者といえども、「全然チャレンジャーですね」と江村。今回の世界選手権でも「絶対後悔したくない」と語気を強め、「試合本番では、勝敗にとらわれず楽しむことを最後まで貫きたいなって思います」と付け加える。
そして、江村美咲のパリ2024オリンピックへの旅は、その先1年間、続いていく。
「今から安定して表彰台に立つ選手じゃないとオリンピック本番でメダルを取るのは相当難しいなって東京(オリンピック)で思ったので、もう今からオリンピック始まってるつもりで、より安定して(表彰台に立って)、『オリンピックチャンピオンとなるのにふさわしいと思える自分』を作り上げていきたいです」
そのためにも、精神面の強化を重要事項にあげる。
「技術とか体の面もそうですけど、一番は心。もっとご機嫌でいればいるほど、自分の好きな自分になれるし、そういう自分でいればいるほど、自分を信じられるようにもなると思うので、そのメンタルの強さをもっと仕上げていきたいなって思います」。