体操競技・個人総合の新オリンピック王者、岡慎之助が語る感謝の気持ち

パリ2024オリンピックで金メダル3個を含む4個のメダルを獲得した20歳の岡慎之助は、ロサンゼルス2028に向けて体操ニッポンをさらなる高みへ導きたいとの期待を込めて、感謝の思いを語った。

1 執筆者 Shintaro Kano
Three-time men's gymnastics Olympic champion, Oka Shinnosuke
(GETTY IMAGES)

感謝。

競技人生を左右しかねない大怪我に見舞われ、そこから劇的な復活を遂げた岡慎之助が、パリ2024オリンピック体操競技個人総合で王冠を手にした時に感じたものは、感謝の気持ちだった。その気持ちが、岡にオリンピック三冠をもたらした。

「怪我した時も多くの方が僕にサポートして下さっていたので。その方々だけじゃなくて、チームのスタッフやコーチ、選手にも感謝を込めて」と、パリ2024の男子団体総合、個人総合、種目別鉄棒で金メダル、平行棒で銅メダルを獲得した岡は、Olympics.comに話した。

「直接は言えてないんですけど、演技って形で伝えられたんじゃないかなと思います」

体操競技の若きニューヒーロー、岡慎之助

岡慎之助の名は、オリンピックにおいてはまだ馴染みのないものだったが、ジュニア時代からの活躍は国内外で知れ渡っていた。

父親が読売ジャイアンツの阿部慎之助現監督のファンであり、そこから名づけられた岡は、4歳で体操を始めて以来、その才能を早くから花開かせてきた。

中学3年生の時、全国中学校体操競技選手権大会の個人総合と種目別鉄棒で優勝。中学校を卒業した後は、地元の強豪高校にいったん進学したものの中退し、通信制高校に在籍しながら、日本のトップ体操選手を輩出することで知られる徳洲会体操クラブで体操競技を続けた。

その選択は間違っていなかった。すぐに成果を出した岡は、15歳で出場した2019年の第1回世界ジュニア体操競技選手権(ハンガリー・ジェール)で、団体総合と個人総合で二冠を達成、種目別あん馬で銀メダル、平行棒で銅メダルを獲得した。

しかし、岡は2021年、東京2020オリンピックの予選を兼ねた全日本体操個人総合選手権で手首の負傷のため敗退。翌年の同大会では、種目別跳馬決勝で右膝前十字靭帯を断裂し、競技人生が危ぶまれるまでの窮地に追い込まれた。

だが、岡は2023年6月にシンガポールで開催されたアジア体操競技選手権の個人総合で優勝、団体総合、種目別平行棒、鉄棒で銀メダルを獲得し、劇的な復活を遂げた。

さらに、2024年4月には全日本選手権の個人総合で2位に入り、翌月にはNHK杯の個人総合で初優勝を飾り全日本選手権での得点と合算して、初のオリンピック日本代表に内定した。

そして、20歳の岡は、パリ2024のオリンピック初舞台で3個の金メダルを獲得し、ミュンヘン1972加藤澤男さん以来52年ぶりとなる快挙を成し遂げたのだった。また、岡が獲得した合計4個のメダルは、ロサンゼルス1984具志堅幸司さんが獲得した5個に次ぐものとなった。

TEAM JAPANは、3年前の東京2020で、0.103点の僅差で団体総合金メダルを逃したが、パリでは岡の活躍もあって悲願の金メダルに輝いた。

「団体戦は、チーム全員で掲げていた目標なので、まずそこは本当にミスできないし、でも楽しんでやろうっていう気持ちで臨みました。個人総合はミスなくやり切ることと、あとは感謝の気持ちを込めた演技をするというのをテーマにして、種目別は最後のポーズまで演じ切るっていうことをテーマにやりました」と、岡は話した。

「スタートはすごくよかったんですけど、前半種目でミスが出てしまって、すごく苦しい展開になって、やっぱり中国は強いなって思いました。しかし、そこでスイッチを切り替えるというか、本当に諦めずに最後まで繋いでいったことがよかったなと思います」と続けた。

団体総合で金メダルを獲得したTEAM JAPANの岡慎之助、谷川航、萱和磨、杉野正尭、橋本大輝(左から右)

(2024 Getty Images)

岡慎之助「体操続けてきてよかったなと思います」

東京2020の個人総合と種目別鉄棒で2冠を獲得し、団体戦の銀メダル獲得に貢献した橋本大輝が困難に直面していたパリ大会で、輝きを見せた岡は、TEAM JAPANを鼓舞し続けた。

パリから帰国して以来、岡はほとんど休んでいないという。彼は国内で行われた3大会に出場し、9月29日には、岡らメダリストをはじめ、体操競技、新体操、トランポリンの日本代表選手らがパフォーマンスを披露する「2024体操ニッポンGALA in北九州」に参加するなど精力的に活動を続けている。日本を代表する体操選手、橋本や内村航平さんの軌跡をたどるかのように、男子体操ニッポンの新しい顔として体操競技のポジティブなイメージを投影しようとメディア出演もこなす。

しかし、岡は多忙なスケジュールを少しも意に介していないようだ。なぜなら、岡はすべてに感謝し、恩返しをしたい気持ちでいっぱいだからだ。

「2年前は、しっかり準備してきたものを出して初の(オリンピック)代表を掴み取ることが目標だったんですけど、跳馬で前十字靭帯の断裂をしてしまって、本当にあの瞬間は忘れられないし、悔しいっていう思いは強くあるんですけど」と、彼は2年前の怪我をした時を振り返った。

「怪我しても応援してくれる人は変わらないし、自分の中では次のパリという目標が軸としてあったので、それがなかったら、今頃このパリオリンピックには出てないんだろうなっていう思いはあります。落ち込むほどではなかったんですけど、悔しいっていうか。もうだめだとかは全然なくて。すぐ切りかえられたというか。この怪我で他の種目を強化できるじゃんっていうプラスの思考でした」

「『金メダル取れてよかった』としか言えないですね。体操続けてきてよかったなと思います」

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