競泳界のレジェンド、マイケル・フェルプスの元コーチ・ボブ・ボウマン氏に「マイケル・フェルプスに似ている」と言われたら、競泳選手としてのキャリアにどんな影響が及ぶのだろう。
そのひとつには「自信」が挙げられる。そしてもうひとつとして、輝かしいキャリアにおいて世界記録を39度樹立したフェルプスが15年間保持している最後の世界記録を破りたいという誘惑に駆られるに違いない。
男子400m個人メドレーの4分03秒84というタイムは、残りひとつとなったフェルプスの世界記録である。ボブ・ボウマン氏の新しい弟子であるフランスのレオン・マルシャンにとって、母国開催となるオリンピックを来年に控える今、その記録は目標のひとつでもあるだろう。
ブダペストで開催された2022年世界選手権で21歳のマルシャンが初優勝した際の記録は4分04秒28で、フェルプスの記録に0.44秒差まで迫る勢いをみせた。
7月14日〜30日の日程で福岡で開催されている世界水泳2023では、まもなく競泳の戦いが始まる。マルシャンはフェルプスの記録を破ることになるのだろうか。
レオン・マルシャンとマイケル・フェルプスのつながり
史上最も輝かしい成績を残したオリンピック選手であるマイケル・フェルプスと若きマルシャンが比較されることは、今に始まったことではない。
東京2020でオリンピックデビューを果たした直後、アリゾナ州立大学に移ったマルシャンは、ボウマン氏の指導を受けることになった。
ボウマン氏はフェルプスを指導した人物として広く知られており、チェイス・カリシュを世界トップクラスのメドレー選手に育て上げた指導者でもある。若きマルシャンにとって、フェルプスの成績が基準となるのは必然のことだった。
Olympics.comのインタビューでマルシャンは以前、「ボブは時々、『マイケルならこんなタイムを出しただろう』と言ってくる。もちろん、自分自身と比較することはあるけれど、それはベストなことではない。でも、モチベーションは上がる。そういうことを知りたいんだ」と語ったことがある。
「どんな状況でも全力を尽くせる僕は、マイケル・フェルプスに似ていると言われたよ。十分に眠れなくても、うまくいかない日でも、毎日のトレーニングで常にベストを尽くすことができるんだ」
同じコーチを師と仰ぐことで、マルシャンはフェルプスと直接連絡を取るようにもなった。
「僕たちはメッセージのやりとりをしています。『質問があれば、遠慮せずに聞いていいよ』と言われ、僕たちは話をするし、彼は僕を助けてくれる。最高だよ」
フェルプスは泳ぎのヒントを教えるだけでなく、マルシャンが好タイムを記録すれば彼を祝福する。たとえば、2022年3月にマルシャンがケーレブ・ドレッセルの持つ200m個人メドレー短水路のNCAA(全米大学体育協会)記録を破る1分37秒69を記録したとき、彼はマルシャンに連絡した。
それは、フェルプス自身の記録にマルシャンが迫ったときでも同じだ。
「世界水泳2022の男子400m個人メドレーでマルシャンが史上2番目のタイムを出したのを彼はライブで見ることはできなかったけど、そのタイムにとても感動していました」と、ボウマン氏はフランス水泳連盟に話している。
欧州記録となった4分04秒28は、フェルプスが2008年の北京オリンピックで樹立した4分03秒84の世界記録に迫るものだった。フェルプスは北京オリンピックで、史上初となる8個の金メダルを獲得した。
マルシャンは、世界水泳2022ブダペスト大会の400m個人メドレーの自由形でフェルプスのペースを上回る泳ぎを見せ、彼は自身初の世界王者に輝いた。タイムは高速水着時代以降で最速を記録した。
同種目のオリンピック金メダリストであるチェイス・カリシュは、東京2020の記録を2秒近く更新したものの3位に終わった。
世界中が新・世界王者を祝福する中、ボウマン氏も自分の教え子を称賛した。
「レース中のレオンの取り組みや、指示に従う姿がとても良かった。私のメッセージが伝わり、波長が合っているということだ。レオンは努力家で、類まれな才能にも恵まれている。いい組み合わせだ」(ボウマン氏/フランス水泳連盟より)
世界水泳選手権2023:マルシャンのコンディションは?
昨年の世界選手権でマルシャンの泳ぎに触れた専門家たちは、「彼が400m個人メドレーで4分の壁を破る選手である」と口にしたが、今年の国内選手権での彼のレースは、昨年の成績に匹敵する、あるいはそれを上回るベストフォームなのか疑問を残すものだった。
レンヌで行われたその大会で、マルシャンは出場したすべてのレースで優勝したが、タイムは自己ベストからはほど遠いものだった。特に400m個人メドレーでは、自己ベストから6秒29遅れの4分10秒57だった。
マルシャンのパフォーマンスを予想する上でもうひとつのヒントとなるのが、国内大会の男子200m平泳ぎで、2分6秒59という同種目で史上4番目に速いタイムをマークしたことだ。
これ以上の記録を持つのは、世界記録保持者のアイザック・スタブルティクック(オーストラリア)、アントン・チュプコフ、そして佐藤翔馬だけである。
マルシャンは昨年のブダペストでは200m平泳ぎに出場しなかったが、彼が国内選手権で金メダルを獲得したタイムは、昨年のスタブルティクックの優勝タイムよりも0.48秒速いものだった。
その平泳ぎが、フェルプスが保持する男子400m個人メドレー世界記録4分03秒84を破る鍵となるのだろうか。