2023年ボストンマラソンに、ケニアの偉大なるランナー、エリウド・キプチョゲが初めて出場する。彼について投稿された最近のインスタグラムのコメントにこのような問いかけがあった。
「となると、2位は誰だろうか?」
あたかも今年のボストンマラソンの優勝は、すでにキプチョゲに決まっているかのような言い方だ。
現世界記録保持者、2度のオリンピック金メダリスト、17レース中15度の優勝者。輝かしいキャリアを持つ彼が1位以外の順位でフィニッシュすることになれば、マラソン界に大きな衝撃が走るだろう。
しかし、そのインスタグラムのコメントは、次のような問いに続いている。
「史上最強のランナー(キプチョゲ)より先にフィニッシュする可能性のあるランナーは、誰かいるのだろうか?」
キプチョゲが敗北した最後のレースは、2020年ロンドンマラソンだ。この時、彼は耳道閉塞症に悩まされていた。結果8位に終わり(前年は優勝)、それまでの連勝記録が10レースで止まった。2020年ロンドンマラソン以前の敗北は、2位でフィニッシュした2013年のベルリンマラソン。キプチョゲにとって2度目のマラソンへのチャレンジだった。
キプチョゲにとって初出場となる2023年ボストンマラソンは、これまでと違ったチャレンジングなレースとなるだろう。彼は、ワールドマラソンメジャーズ6大会全てでコースレコード樹立を目標としており(すでに東京、ロンドン、ベルリンでコースレコードを持つ)、今回のボストンマラソンでも、その過酷で有名な難所「心臓破りの丘」や特徴あるコースにうまく対応しなければならない。
しかし、それ以上に、ライバルである他の強豪ランナーとの闘いがより大きなチャレンジとなるはずだ。彼のこれまでの輝かしい戦歴の中で、最も熾烈なレースのひとつになる可能性がある。
世界の高速ランナーがボストンに挑む
2023年のボストンマラソン男子エリートレースが、高速レースになることは間違いないだろう。
出場選手中、11名が2時間6分以下で走る実力を持っている。
キプチョゲの他に2名のランナーは、ボストンマラソンのコースレコードである2時間3分2秒(2011年ケニアのジョフリー・ムタイが樹立)より速い自己ベストを持つ。このため、高速で展開する先頭集団が形成されるだろう。
2022年のワールドマラソンメジャーズ6大会のうちの5レースのチャンピオンが、今回のボストンマラソンのスタートラインに勢ぞろいする。その一人であるキプチョゲは、東京マラソン、ベルリンマラソンの2大会で優勝している。
このように、大きな大会での優勝経験があるランナーたちと競い合うことは、キプチョゲのこれまでの戦歴の中では珍しいことかもしれない。彼に挑んでくるライバルたちに、全てを出し切って向かい合う必要があるだろう。
ボストンマラソンに出場する男子エリート選手と自己ベスト
エバンス・チェベト:前回優勝者
2020年バレンシアマラソン(スペイン)で2時間3分0秒の自己ベストを記録したエバンス・チェベト(ケニア)は、ガブリエル・ゲイ(タンザニア)と並び、今回のボストンマラソンでは2番目に高速なランナー。
しかも、これまでの彼のボストンでの経験は、他のランナーにとって脅威でしかない。チェベトは、2022年のボストンで、2時間6分51秒で優勝。彼はボストンマラソンでの戦い方を誰よりも熟知している。このボストンでの経験は、キプチョゲとの闘いにおける切り札となるだろうか?
しかも、チェベトは、同じく2022年のニューヨークシティマラソンでも優勝している(2時間8分41秒)。その他、2020年びわ湖マラソン(2時間7分29秒)、2019年ブエノスアイレスマラソン(アルゼンチン、2時間5分0秒)で優勝。2021年のロンドンマラソンでは4位(2時間5分43秒)に入賞し、安定した結果を残している。
ベンソン・キプルト:米国でのレースを好む挑戦者
2021年のボストンマラソン王者(2時間9分51秒)、ベンソン・キプルト(ケニア)は、ボストンで勝つために何が必要なのかをよく理解している。選手リストでは、キプルトの自己ベスト2時間4分24秒は、今回のボストンマラソンの選手の中では5番目に過ぎない。しかし、2022年のシカゴマラソンで優勝し、米国の地で記録したその自己ベストを携え、また米国に戻ってくる。
キプルトは、2021年プラハマラソン(チェコ、2時間10分16秒)、2018年トロントウォーターフロントマラソン(カナダ、2時間7分24秒)でも優勝。もし、ボストンマラソンでの優勝争いがラスト数キロメートルに及ぶなら、キプルトが2021年のボストンや2022年のシカゴで見せた彼の本領であるラストスパートがその時、見られるかもしれない。
レリサ・デシサ:栄光の日々の再来を目指すボストン2度の勝利者
ボストンのコースを誰よりもよく知っているのは、2度の王者であるレリサ・デシサ(エチオピア)に他ならない。33歳のデシサは、2013年(2時間10分23秒)と2015年(2時間9分17秒)のボストンマラソンで2度の優勝を果たしている。2018年には、ニューヨークシティマラソン(2時間5分59秒)でも優勝していることから、選手の中でも多くの勝利を挙げているランナーのひとりだ。
デシサのボストンでの輝かしい記録には、2度の優勝はもちろんだが、2016年と2019年に2位となっていることも挙げられるだろう。2018年のニューヨークシティマラソン以降、ワールドマラソンメジャーズ大会での優勝はないが、同マラソンでは過去に2位に1度(2014年)、3位に2度(2015年、2017年)入賞するほど、米国内のレースでは安定した実力を誇っている。今回のボストンマラソンでも上位入賞が期待されるだろう。
ボストンの天気:予測のできないチャレンジ
ランナーの夢を打ち砕く、ランナー自身ではどうにもできないことがある。それは、ボストンの予測ができない天気だ。
2018年の大会では、平均気温は6度。強風の中、雨とひょうが降り、ボストンマラソン史上、最も過酷なコンディションのひとつとなった。エリート選手の半数以上が、この最悪のコンディションのために棄権するほどだった。
2022年は、平均気温16度で穏やかな天気となった。2018年以来、ボストンマラソンでの平均気温は比較的安定しているようだが、実際にどのようになるかは当日になってみないと誰にもわからない。
また、ランナーはどんなコンディションの風の中を走ることになるか知る由もない。2011年にジョフリー・ムタイ(ケニア)がコースレコードを樹立した時は追い風だったが、今回は過酷な向かい風がランナーを待ち受けているかもしれない。
天候のようなコンディションの変化に対応するためには、トレーニングからそれを行っておくことが重要だ。キプチョゲは、「天気は本当に予測不能だ。だからこそ、どんな天気にも対応できるようトレーニングしている」と認識を示している。
キプチョゲ自身との闘い
キプチョゲは、自分自身を超えるために自らのパフォーマンスや能力をいつも把握することに努めている。
4月17日のレースに誰が出場しようとも、キプチョゲは自分の持っている最高の能力を引き出す術を身につけている。ボストンで彼を打ち負かすには、相当の覚悟がいるだろう。
人類史上初めて、マラソンで2時間を切った唯一のランナーであるキプチョゲ。この距離で、彼の右に出る者は今のところいない。
38歳のキプチョゲは、歴代最速タイムの上位10記録のうち4つ(世界記録を含む)をマークしているが、2013年にハンブルクマラソンでデビューし優勝を果たして以来、さまざまな記録にいつも果敢にチャレンジしている。
キプチョゲが彼自身の走りを忠実に実行する限り、今回のボストンマラソンの勝者は誰なのかについて疑問を持つことに意味はないだろう。となると、やはり「2位は誰だろうか?」が目下の関心事になったとしてもおかしくない。