2022年ブレイキン世界王者のPhil Wizardは「捨てること」でどのようにして自然体である自分を見つけたのか?

2022年世界王者のPhil Wizardは、両親からの期待、社会からの期待、そして自分自身への期待をあえて捨てることで成長を遂げてきた。

1 執筆者 Sean McAlister I Created 24 October 2022
Phil Wizard (centre) wins men's gold at Breaking World Championships
(KDF)

パリ2024で初登場となる競技、ブレイキン。2022年世界ブレイキン選手権ソウル大会の覇者、Phil Wizard(フィル・ウィザード)ことフィリップ・キムは、大韓民国で開催された同大会の決勝で、ユースオリンピック2018ブエノスアイレス銅メダリストのShigekix(半井重幸)を破って優勝を飾った。非凡な才能にあふれるカナダのBボーイは、これ以降、ブレイキン初のオリンピック金メダリストの最有力候補のひとりとなった。

しかし、ここに到達するために、トロント生まれの彼は、常にステージの上では自然体でいられるよう周囲からの期待を捨てる必要があったという。

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周りからの期待を捨てる

大韓民国生まれカナダ育ちのキムにとって、12歳だった2009年、バンクーバーの街角で地元グループ、N.O.N.のパフォーマンスを見たことがブレイキンへの最初の出会となった。YouTubeで検索しては動画で見た動きをまねながら、彼はこのスポーツに魅了されていった。

その時からキムはブレイキンを心底愛するようになったが、心理学を学ぶために大学に入学した頃、彼の人生に関わる大きな問いに直面した。

両親や社会の期待に従うべきか、それとも不確実なブレイキンの世界で自らの道を切り開くべきか?

「僕は大学に何とか合格しましたが、それは両親がそうしてほしかったからです」と、キムはRedBull.comのインタビューで大学での最初の学期を振り返った。

「しかし、その頃から僕はブレイキンのためにあちこち出かけるようになり、ちょうど(大会主催者からの)招待を受けるようにもなりました」

どうすべきか真剣に思案した後、キムは人生の進路を変える決断を下した。彼は大学を辞め、ブレイキンの世界で生きていく道を見つけることを決心したのだ。

最初の頃、生活は簡単ではなかった。彼は、まともな生活ができる月とかろうじてやりくりできる月との間で大きく揺れ動いた。コロナ禍も彼に大きな影響を与えた。ステージでのダンスの機会が全てなくなった時、彼はオンラインでクラスを開くなど、何とか生活を維持するための工夫を強いられた。

しかし、周りからの期待を捨てたことで、Bボーイのスターとしての道のりは始まった。

自分自身への期待を捨てる

実績を積み始めると、キムはステージ上で自分を表現する能力の独自性で知られるようになった。しかし、彼の自分自身にかけるプレッシャーが、しばしば彼の真の実力を発揮することを阻んでいた。

何年も答えを探し求めた結果、彼はステージ上では自然体でいることによって自分自身にかけてきた期待やプレッシャーから解放されることを発見した。

これは、彼が自分のムーブブック(台本)を見なくなったときから始まっている。

「僕は携帯電話にムーブブックを保存しているので、それを見ないようにすることはチャレンジでした」と、彼はStanceのYouTubeチャンネルで話した。「練習中は見るかもしれませんが、バトルの時はもう見ません。なぜなら、勝たなければならない、このムーブをしなければ勝てないと考え過ぎてしまって、それはただのプレッシャーでしかありませんから。代わりに、いつも練習でやっていることをただやるだけで、自然にムーブが出てくるのに任せるよう努めています」

競技への向き合い方を見つけた後でも、キムは最も重要な競技ではムーブブックに頼ることもあった。それは彼が感じていたプレッシャーを取り除くための支えであった一方、大事なところでつまずくハードルにもなった。2019年11月のBC Oneファイナルの時がそうだった。

「僕はファイナルに出場するまでは自分のムーブを見ることはありませんでした。今ではこれが負けた理由のひとつだと僕は思います。あの時の僕は、『決勝に進んだ。僕は勝たなければならない』と思うあまり自分の方針を変えてしまったのです」

「今の僕は自分にとって何が大切なことなのかを理解しています。それは、ただ楽しむことに集中し、感謝の気持ちとその瞬間への喜びを感じることです」

自然体でいることによって得られるオリンピックからの恩恵

2021年、キムにとって、パリで開催された世界ブレイキン選手権の決勝でBボーイVictor(ヴィクター)と戦ったことが最大の試練となった。この時、再びなかなか捨てられなかった習慣が彼をつまずかせたのだった。

しかし、このことは2022年世界ブレイキン選手権ソウル大会の決勝での勝利につながった。しかも、準決勝でVictorを破ったことが、彼のこの勝利をさらに甘美なものにした。

2022年王者に輝いた後、Olympics.comのインタビューに応じたキムは、この1年間で遂げた進歩に大きな喜びを感じており、その大部分は単純に捨て去ることによって得られたものだと語った。

「準決勝は最も特別だった」と彼は言う。

「なぜなら僕は昨年の世界選手権の決勝でVictorに負けていたからです。しかも、彼は僕が長い間、心の底から尊敬してきた人なのです」

2023年世界ブレイキン選手権ではVictorが再び勝利し、キムは準優勝に終わったが、パリ2024での金メダリストの最有力候補のひとりであることには変わりない。彼は、仲間のBボーイやBガールが周りからのプレッシャーに負けず、彼らが愛するブレイキンで輝きキャリアを追求できるよう力になりたいと話した。

「僕の最大の夢のひとつは、子どもたちがブレイキンを見て「あれがやりたい」と言った時に、「それではお金を稼げないからだめだよ」と両親に言わせないようにすることです」と彼は語った。

「僕は人々がブレイキンに興奮し、もっと多くの大人や子どもたちが興味を持ってくれることを願っています。だからこそ、オリンピックがその扉を開くのだと確信しています」

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