体操の審判員を審判、いかに公平性・正確性は保たれるのか?

審判員を分析するユーグ・メルシエ博士がOlympics.comのインタビューに応じ、体操競技や新体操における審判員のパフォーマンスを評価する10年のプロジェクトについて語った。

1 執筆者 Jo Gunston
Judge
(2021 Getty Images)

新体操では、エアコンの風でリボンが動くことがあってはなりません。そのため、エアコンを切った状態で行われます」

判定の正確さと公正さを評価するための統計ツールを国際体操連盟(FIG)に提供しているユーグ・メルシエ博士は、「(バレンシアで開催された世界新体操選手権のクラブとリボンの予選・決勝が行われた)2日目、アリーナの気温はおよそ35度でした。とても暑く、あの日はとても長かった」と続ける。

「審判員は10時間、12時間も座っていなければなりません。とても大変な仕事です」

そしてそこには審判員のパフォーマンスに影響を与える無数の要因のひとつがある。メルシエ博士の会社「メイルストロム・アナリティクス・アンド・テクノロジーズ」では、10年前に始めたプロジェクトでその点について研究・分析している。

分析によって得られた審判員のパフォーマンスに関する評価やパターンは、国際体操連盟に渡され、可能な限り公平なシステムを実現するためにさらなる研究が行われ、活用される。

このプロジェクトは、体操競技や新体操のような判定競技の正確性と公平性を中心に進められている。それは一体どのようなものなのだろうか? カナダ出身のメルシエ博士は、アントワープで10月に開催された2023年世界体操選手権でOlympics.comのインタビューに応じ、その概要を語った。

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体操の採点における公平性と正確性を分析する「メイルストロム・アナリティクス・アンド・テクノロジーズ」のユーグ・メルシエ博士

(Hugues Mercier)

審判員の仕事

まずは初歩的な点から押さえておこう。審判員は実際に何をするのか?

体操競技を例にとると、各審判員は国際体操連盟の採点規則(COP: Code of Points)に基づいて演技を採点する。

オリンピックが行われる4年毎に再評価され、各ルーティンはDスコア(difficulty score、難易度などをもとにした点数)とEスコア(Execution Score、出来栄えなどをもとにした点数)で採点される。

Eスコアは10点からスタートし、腕や足が不必要に曲がっていたり、落下したりすることにより減点となる。

Dスコアは主に、高難度の技につけられている難度点を合計した点数となる。跳馬ではそれぞれの技のDスコアが採点規則で定められている。

Dスコアが明確であるのに対し、Eスコアの採点は難しく、別の審判員団が判定を行う。

採点はどのように行われるのか?

体操選手の採点を公平に行うためには、まず審判員のセットアップが重要である。

例えば、年間でもっとも大規模な体操競技大会となる2023年の世界体操競技選手権では、1種目につき7人のEスコア審判員がいた。

最高得点2つと最低得点2つが取り除かれ、中間の3人の平均点がEスコアとなり、これがDスコアと合わさって合計点が算出される。

「理解しなければならないのは、Eスコアの判定は非常に難しいということです」とメルシエ博士は言う。

「体操選手にとっての公平性を確保する最善の方法は、非常に難しい作業である以上、稀に発生する小さなミスは普通のことだと考えることです」

「しかし審判員の数が多ければ、例えば7人の審査員がいれば、ある審査員がひとつの減点を見逃し、別の審査員が別の減点を見逃したとしても、全体として見れば、実際の演技の質に限りなく近い値を算出できます」

多くの科学的研究は、審査員が他人の影響を受けず、自分自身の判断で演技を採点できるようにすることにも費やされてきた。そのため、審判員席には左右に間仕切りが設置されている。

「システムを効率的にするためには、7人の優秀な審判による7つの異なる視点が必要です。彼らが生で観察することが重要で、他の審判と議論した後に、あらゆるタイプの先入観をもとに採点されるものではありません」

審判員を分析する

メルシエ博士のプラットフォームでは、審判員自身が審査される2つの軸(公平性と正確性)を測定することができる。そのことを例に挙げ、博士は「使える統計ツールはたくさんあります」と話す。

「審査という行為は、科学で言うところの『ランダムなプロセス』なので少し厄介です。例えば、私が審査するとき、私はエラーを犯します。減点を見逃したり、何かを忘れたり、動きを見逃したり......。私たちの分析が審判員の本来の技量を明らかにする唯一の方法は、公正さであれ正確さであれ、長期にわたって審判員を追跡することなのです」

それゆえ、現在進行中のプロジェクトは、ますます有益な情報をもたらしている。

例えば、パリ2024オリンピックの後には、「審判員の疲労の影響」をもっと調べたいとメルシエ博士は考えている。ベルギーで開催された2023年の世界選手権の最初の3日間は、1日に10〜12時間にも及ぶ長時間の予選が行われた。また、冒頭で引用した新体操の例のように、会場の気温も影響する可能性がある。

「以前のデータでは十分な分析ができなかったのですが、これはパリ大会の後に計画しています。審判員が疲労するかどうか、それを観察し測定できるかどうかを研究したいのです」

「例えば、長時間において優秀な審判員は、疲れが溜まらないのかもしれません。最初の20選手に対しては正しく評価することができ、日が長くなるにつれてパフォーマンスが落ちてくる審判員はいるのでしょうか? それはまだわかりませんが、大会が進むにつれて疲労してくる審判員がいるのは事実と言えるでしょう」

審査の難しさ

「リオオリンピック以降のデータから、いくつかの種目は本質的に判定が難しいことがわかりました」と、メルシエ博士はプロジェクト開始以来に浮かび上がってきたパターンのひとつについて語る。

「審判は器具から器具へと移動するため、それは審判の問題ではありません。あん馬の審判が悪い、跳馬の審判が良いなどとは言えません。それはまったく異なります」

「あん馬の演技を審査することは、跳馬の審査よりも本質的にかなり難しい。私たちが提供しているツールが公平であることはとても重要です。そのため、私たちが使っている数学的なツールは、あん馬の審査が難しいことを考慮していますといつも審判員に言っています」

「7.5点のルーティンはあん馬では良いルーティンなので、例えばある審判員が0.3や0.4のエラーをしたとしてもまったく正常です。跳馬の場合、9.1点ではなく9.5点を出すのは、非常に、非常に、非常に大きな誤差です。審判員の精度を分析する際には、彼らが審査する種目を考慮する必要があります」

その他の要因としては、演技の質が挙げられる。例えば、卓越したルーティンで減点がほとんどない場合は、採点規定が簡単に適用されるが、平凡なルーティンでミスが多い場合は、減点が多くなり、審判によって解釈が異なることがある。

「私たちは審判に対し、『もし今夜の個人総合決勝や団体決勝の平均台の演技を分析する場合、あなたは同じような状況で判定を下す審判と比較され、評価されることになります』と伝えています。私たちの判定精度の評価が審判員にとっても公平なものとなるよう、その点を考慮しています」

プロジェクトの結果により、最も正確で公正な審判員のランキングシステムを設けることも可能になった。

「審査員には報酬が支払われません。審査員にとって最も名誉ある仕事は、夏季オリンピックで審判員を務めることです」とメルシエ博士は説明する。

「いくつかの国では、非常に重要なことです。小さな国にとって、オリンピックに行く審判員を持つことは、連盟にとって大きな誇りとなり得るからです」

「これはユースレベルの参加を促すことにもつながります。特に、女性のスポーツが男性のスポーツほど発達していない国では、女性がオリンピックで審判を務めることにより、強いメッセージを送ることができます。これは素晴らしいことです」

つまり、メルシエ博士にとっては単なる統計ではなく、心のこもった統計なのだ。

「審判員がこれほど厳しくチェックされたことはありません。誰もが自宅で一時停止を押して『スローモーションで再生しよう』と言えるのですから。しかし、全体的に審判は素晴らしい」。データと向き合ってきたメルシエ博士は、改めて質の高い審査が行われていることを語った。

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