【フィギュアスケート】羽生結弦、オリンピックは「僕にとっては生きている証」

7月19日、都内ホテルで記者会見を行ったフィギュアスケート男子シングルの羽生結弦(ANA)。プロのアスリートとしてスケートを続けていくとした羽生は、「僕にとっては生きている証」とオリンピックの舞台を振り返った。

文: オリンピックチャンネル編集部
写真: 2018 Getty Images

羽生結弦(ANA)は7月19日、記者会見で競技を離れ、プロのアスリートとしてスケートを続けていくことを発表した。競技としてのフィギュアスケートから離れるにあたって、過去に3度出場したオリンピックを振り返っている。

初出場はソチ2014だった。弱冠19歳の青年がパトリック・チャン(カナダ)らを抑えて金メダル。オリンピックで金メダルを獲得した初のアジア人スケーターとなり、日本のみならず世界にその名を知らしめた。

その後もISU(国際スケート連盟)グランプリファイナル、世界選手権といった最高峰の舞台で何度も優勝。平昌2018は負傷の影響を心配する声もあったが、圧巻のパファーマンスで連覇を達成してみせた。男子では66年ぶりのオリンピック連覇だった。

記憶に新しい北京2022では4回転アクセル(4A)への挑戦が世界中の注目を集めた。怪我とも、プレッシャーとも戦いながら跳んだジャンプは、転倒こそしたものの、初めてISUの公式記録に「4A」の文字が載った。「氷に嫌われ」てジャンプがミスとなる不運もあり、結果は4位。それでも王者の立ち居振る舞いに多くの人が称賛を送った。

その北京2022については「挑戦に成功したわけではありませんでしたが、夢を追い続けたこと、頑張り続けてきたことを証明できた場でもありました」と振り返る。「また、それを見て、なにか前に進もうと一歩だけでも思っていただけるような機会になったことをうれしく思います」と付け加えたところも、ファンを大切にする羽生らしさが滲んでいた。

「僕にとっては生きている証というか。皆さんと歩み続けた証でもありますし、これから頑張り続ける土台でもあります」とオリンピックでの経験を語った羽生。「それぞれの大会に意味づけをすると長くなってしまう」と一つ一つの大会を深く振り返ることはしなかったが、3度のオリンピックで彼が見せた姿は、間違いなく多く人の心に刻まれている。

2連覇できましたし、今の自分の立場を作ってくれている大切ものだと思っています。北京では挑戦に成功したわけではありませんでしたが、夢を追い続けたこと、頑張り続けてきたことを証明できた場でもありました。また、それを見て、なにか前に進もうと一歩だけでも思っていただけるような機会になったことをうれしく思います。僕にとっては生きている証というか。皆さんと歩み続けた証でもありますし、これから頑張り続ける土台でもあります。

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