力強く、それでいて軽やかに。音楽に合わせて氷の上を伸びやかに滑り、パフォーマンス後には満たされたような明るい表情で感情を表現する。
「落ち着いて、自分の課題に対しての練習が積めているっていうのが自信につながっていて、それがすごく表情にも出てるのかなと思います」
フィギュアスケート・グランプリ(GP)シリーズ3戦目となった11月上旬のフランス大会でOlympics.comがマイクを向けると、23歳の樋口新葉(わかば)は穏やかな表情で丁寧にそう口にした。
その2週間前に行われたシリーズ第1戦のアメリカ大会ではショートプログラム(SP)で4位につけ、フリースケーティング(FS)でトップのスコアをマークして逆転優勝。GP参戦9年目にして初優勝を飾った。そしてフランス大会では、アンバー・グレン(アメリカ合衆国)に続いて準優勝となり、2017年以来7年ぶりのGPファイナル進出を決めた。
7年という歳月で樋口はさまざまなことを経験した。中でも2022年の北京オリンピックに出場し、トリプルアクセルを武器に団体戦での銀メダル獲得に貢献、女子シングルでは4位という成績を残した経験は樋口の中でも大きな節目となったことだろう。樋口はその翌シーズン、すべての大会を欠場して休養にあてた。
復帰から1年。一時は引退も考えたという樋口の中で何が大きく変わったのか。
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樋口新葉、新たなモチベーション
2022/2023シーズンの休養期間中には引退も頭をよぎったという樋口は、スケートの楽しさをどのように見出していったのか。そんな質問を投げかけてみると、「難しいな…」と一言こぼした後、少し間を置いてこう続けた。
「いろんなプログラムを滑ることに対してのモチベーションだったり、自分にどんなことができるかなっていうのを去年復帰してからシーズンを通して感じることができた。結果とかにはこだわりたいと思うんですけど、それよりも自分がどのようにしたら楽しんで滑れるかっていうこと(を考えること)が一番モチベーションになってます」
モチベーションという言葉は、現在の樋口を知る上で重要なカギとなっているようにも見える。北京オリンピック前と現在とを比較して、一番の変化はモチベーションにあると樋口は言う。
「一番大きく変わったのは、やっぱりモチベーションの違いで、オリンピックまではすごくナーバスになって、もう『結果を残さなきゃ』という感じで、自分がスケートを楽しむことよりも結果のことの方をすごく考えてたと思うんですけど、今は結果も大事だけど、とにかく自分が納得してスケートができるようにということをすごく考えています」
樋口新葉、夏に迎えたひとつの区切り
オリンピック後に設けた休養は、樋口にとってひとつの区切りになったことは間違いないだろう。それに加え、夏季オリンピックに沸いたパリでももうひとつの区切りを迎えた。2024年8月、北京オリンピックでの団体戦の銀メダルが日本代表選手たちに授与され、樋口もパリへと足を運び、メダルを受け取った。
「やっとオリンピックの区切りがついたなという感じでした」
「ただ、シーズンにすごく近い時期だったので、すごく嬉しかったんですけど、また練習していきたいなという気持ちになりました」
そんな樋口はフィギュアスケートの楽しさをこう表現する。
「すごいつらい練習の方が多いんですけど、何かつらいことをしてるときが逆に面白いというか、自分が頑張ってるって思えるので、それが楽しいなと思いました」
その楽しさを身体中で感じながら、樋口は今季、SPで映画「デューン 砂の惑星」の曲、FSでは「ネイチャー・ボーイ」 「ランニング・アップ・ザット・ヒル」で演技を行う。
「今回のショートもフリーも、どちらも自分のモチベーションが上がるようなプログラムになってるというか、選曲になってるので、滑りながら歌詞とか音を聞いて、すごく感情を音楽に乗せられるようなプログラムになっているのがいいなと思います」。