桃田賢斗「楽しくない」から「楽しい」へ

11月の韓国マスターズでおよそ2年ぶりに国際大会で表彰台の頂点に立ったバドミントンの桃田賢斗。かつて「楽しくない」と正直な気持ちを吐露していた桃田だが、それは過去のものになろうとしている。桃田の変化を辿った。

1 執筆者 Chiaki Nishimura
Kento Momota in the Men's Singles First Round match BWF World Championships
(2022 Getty Images)

「楽しくはないですね。1度ああいう景色を見た後に、なかなか勝てないというのは。自分の中ではすごく苦しいし、楽しくないですけど、たくさんの人のおかげでまだ本当にいいサポートを受けることができているので、ここで逃げたり、投げ出したりするわけにはいかないなと思っています」

バドミントン日本代表の桃田賢斗Olympics.comのインタビューでそう語ったのは、日本初開催となった2022年世界選手権の直後のことである。

2019年には国際大会で11勝を挙げていた桃田だったが、交通事故による怪我の影響などで2021年末には3年以上守り抜いた世界ランク1位から陥落。一時は引退も考えたという彼は、東京で世界選手権が行われた2022年8月時点において、2021年11月のインドネシア・マスターズ以来、9ヶ月ほど表彰台の頂点からの景色を眺めていなかった。そしてその世界選手権では日本のファンが詰め掛ける中、2回戦で敗退した。

(2022 Getty Images)

「結果が出てないっていうのが、一番自信を持てない部分なのかなって思っているんですけど…。勝負事なので勝てないときがあるのは仕方ないので、今は耐えるしかないのかなと思ってます」

いつ訪れるともわからない春を思い描いてか、あるいはそうすることで自分を奮い立たせていたのか、インタビューの中で桃田は「耐えるしかない」という言葉を何度か口にした。

2022年末の全日本総合選手権では2年ぶり5度目の優勝を果たし、桃田の爽やかな勝利の笑顔を多くのファンが再び目にしたが、年が明けて5月に始まったパリ2024ランキングレースでは、桃田は腰痛の影響による欠場や、初戦敗退などが続き、国際大会では8大会で初戦敗退となった。3月のドイツ・オープン(スーパー300)で準決勝進出を果たしたのが最高の成績となっていた。

「今はバドミントンが楽しい」

勝てない悔しさだけでなく、思うように動かない体。それらは桃田を望まぬ方向に追い詰めても仕方のないことのように思われたが、11月に行われた韓国マスターズ2023(スーパー300)は違った。桃田にとって1回戦で敗れたオーストラリア・オープン(スーパー500)以来となったこの国際舞台で、1回戦、2回戦、準々決勝、準決勝とストレートで勝ち抜き、2022年7月のマレーシア・オープン(スーパー750)以来初めての決勝進出。決勝では渡邉航貴をストレートで退けて優勝を飾った

桃田はその喜びをBWFのインタビューで「すごく嬉しいです。嬉しいだけですね。それにつきます」と表現。「自分ができる目の前のことを、全力で、楽しみながら、バドミントンができたらいいなと思います」と目を輝かせた。

喜びも束の間、さらにその2日後には帰国して、熊本マスターズ(スーパー500)の予選に参戦した。予選2戦を勝ち抜いて、本戦では1回戦でロー・ケンユーと対戦。2021年のインドネシア・オープン(スーパー1000)で、第1シードだった桃田が2回戦で敗れて以来の対決だ。

桃田は第1ゲームを18-21で先取されると、2ゲーム目ではリードする形で試合を展開し、後半詰め寄られてリードを許すなど接戦となる中、23-24から3ポイント連取してゲームカウント1-1に持ち込み、第3セットは21-19で制して逆転勝利を飾った。

さらに2回戦でもラスムス・ゲムケ(デンマーク)を相手に1時間41分の激闘を繰り広げ、ゲームカウント2-1で勝利を手繰り寄せた。準々決勝ではシー・ユーチー(石宇奇/中華人民共和国)に敗れて戦いを終えたが、この2大会を通じて自分への信頼を強くしたことは間違いないだろう。

桃田は試合後、「この2週間すごくしんどかったですけど、充実した2週間になりましたし、今はバドミントンをやっていて楽しいので、さらにレベルアップしてまた皆さんの前で元気いっぱいプレーできたらいいなと思います」と笑顔を見せた。

競技そのものを「楽しむ」ことの重要性を実感しているアスリートは少なくない。桃田はそれを今、誰よりも感じている選手のひとりだろう。

楽しむことで過去の自分を乗り越え、その達成感によってさらなる楽しみを得る。

日本バドミントン界ではまもなく1年の締めくくりとなる全日本総合バドミントン選手権2023が12月24日〜30日の日程で開催され、桃田は連覇をかけてこの大会に挑む。

「楽しくない」と語っていた元・世界王者の桃田が「楽しい」と感じるようになった今、どんな姿をファンに見せ、何を伝えるのだろうか。

もっと見る