【陸上】日本選手権男子展望:Tokyo2020からパリ2024へ――世界選手権代表切符を巡る、熾烈な戦い

自国開催のTokyo2020オリンピックという世紀の舞台を終えた日本陸上界にとって、2022年シーズンは2年後に迫るパリ2024に向けた新たなスタートとなる。その第一歩ともいえる日本一決定戦・第106回日本陸上競技選手権大会が、6月9日から12日に大阪府大阪市のヤンマースタジアム長居で開催される。

1 執筆者 児玉育美
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(Getty Images)

7月に開催されるオレゴン世界選手権の代表選考会を兼ねており、この大会で即時内定を決める条件は、競技を終えた段階でワールドアスレティックス(WA)の設定する参加標準記録を突破して3位以内に入ること。会場で「代表入り決定」のアナウンスが、次々と流れることを期待したい。

ここでは、男子17種目のなかから、“オレゴン行きチケット”獲得を巡る戦いの主役となりそうな選手をご紹介しよう。

■混戦模様の100m

毎年、高い関心が寄せられる男子100mだが、今季は、大会前の段階で10秒05のオレゴン世界選手権参加標準記録を突破者はゼロで、ここ数年に比べると記録水準も低い。しかし、それは裏を返せば、日本選手権で一気にヒートアップする可能性を秘めているということでもある。2021年に日本記録保持者(9秒95)となった山縣亮太(2013・2018年優勝)、2016年チャンピオンのケンブリッジ飛鳥(自己記録:10秒03)が出場しないことは惜しまれるが、予選・準決勝の段階から記録・勝負の両面を意識した激しい競り合いを楽しめるかもしれない。

Tokyo2020の4×100mリレーメンバーである多田修平、小池祐貴、桐生祥秀。さらには100mで9秒97(前日本記録)の自己記録を持ち、2019年世界選手権200mファイナリスト(7位)の実績を持つサニブラウン・アブデル・ハキームがエントリー。順当であれば、この4選手を中心とした戦いとなる。

多田は、昨年10秒01へと自己記録を更新。前回大会では悲願の初優勝を飾り、Tokyo2020の100m代表の座をつかんだ選手。小池は前回の200mチャンピオンで、Tokyo2020には9秒98の自己記録を持つ100mで出場した。桐生はご存じの通り、日本人初の9秒台スプリンター(9秒98、2017年)で、日本男子100mの代名詞ともいえる存在だ。

多田と桐生は、シーズンインしたのちに脚に違和感が出たことで出場レースのキャンセルなど、いくつかの予定変更を余儀なくされている。参加標準記録を突破してくるような走りを日本選手権で披露できるかどうかは、その回復状況次第か。逆に100m・200mともに計画通りにレースを消化してきている小池は、やや物足りなさを感じた記録をどこまで引き上げてくることができるかが鍵となるが、確実さという点はピカイチ。気象面などがタフなコンディションとなった場合は、200mの連覇とともに、100mでも初のタイトルを獲得できる力を備える。

昨年は不振で、オリンピックでの活躍どころか出場も逃す悔しさを味わったサニブラウンは、4月末に追い風参考記録ながら10秒08(+2.1)をマークした。その状態からピーキングが進むような経過を辿れているのであれば、2017年・2019年に続く3回目の2冠も現実味を帯びてくる。

■200m飯塚翔太、110mHは泉谷駿介が中心

200mの注目は、リオ2016の4×100mリレー銀メダルメンバー(2走)の飯塚翔太。静岡国際では、この種目の参加標準記録(20秒24)に迫る20秒34(向かい風0.4m)をマークしている。終盤で見せた豪快な追い上げは、飯塚が本来強みとしていたもの。日本選手権で5回目の優勝が実現すれば個人種目(200m)だけでなく、ドーハ選手権、Tokyo2020でメンバー入りを逃した4×100mリレー、さらには代表実績を持つ4×400mリレーでも再び存在感を示すことになるだろう。

短距離を凌ぐ勢いで「世界のファイナル」に迫っている110mハードルも、前回大会で13秒06というビッグな日本新記録を樹立した泉谷駿介を中心に、今年も大いに期待できる種目。Tokyo2020で決勝進出に0.03秒まで迫った泉谷には、12秒台突入の期待もかかる。3月の日本選手権室内決勝で足首を痛めた影響もあり、社会人1年目の今季は「ぶっつけ本番」の状態で日本選手権を迎えることになったが、回復の経過は順調とのこと。すでに参加標準記録(13秒32)は突破済みのため、3位以内でフィニッシュすれば代表に内定する。

泉谷の順天堂大の後輩で、急成長を遂げてきた村竹ラシッドにも注目だ。前回大会では、予選でTokyo2020の参加標準記録を突破(13秒28)しながらも、決勝を不正スタート(フライング)で失格となる無念を味わった。今季は日本ランク1位となる13秒34をマーク。追い風参考(+2.2m)では13秒30と、標準記録を上回るタイムでも走っている。コンディションに恵まれれば、2人が13秒1~2台という世界レベルの走りで競り合うレースを見ることができるかもしれない。

400mハードルでは、昨年、東京2020にも出場した黒川和樹が、すでに標準記録(48秒90)を突破済み。昨年マークした48秒68の自己記録を更新してくるようだと、世界選手権での活躍がより楽しみになってくる。

■3000mSC三浦龍司など中長距離も"アツい"

このほか、今大会は中・長距離種目も“激アツ”だ。その筆頭となるのが、Tokyo2020の3000m障害で7位入賞を果たしている三浦龍司。昨年樹立した日本記録8分09秒92は、アフリカ勢がひしめくこの種目で2021年世界ランク7位に食い込む。今季はさらにスケールアップし、1500mや5000mでも“本職ランナー”たちを圧倒する走りを見せている。国内であればどんなレースパターンを選んでも勝てる状況だけに、世界選手権本番を見据えたレースとなるだろう。どういうレース展開を選択するかも含めて、そのパフォーマンスが楽しみ。また、この種目では、標準記録を突破してTokyo2020出場を果たした山口浩勢と青木涼真も好調を維持している。今回も日本選手権での即時内定を目指した走りを期しているはずだ。

5000mでは、5月に日本歴代2位の13秒10秒69をマークして、参加標準記録(13秒13秒50)を突破済みの遠藤日向が連覇に挑む。前回は標準記録をクリアできず、初優勝を果たしながらTokyo2020出場を逃した。その悔しさをバネと教訓にスピードに磨きをかけ、王手をかけた状態で日本選手権に挑む。3位以内で代表には内定するが、当然連覇での代表権獲得を狙ってのレースとなるだろう。

800mでも記録・勝負ともに固唾を呑んで見守るレースが期待できそうだ。今季は、日本記録(1分45秒75)を上回る参加標準記録(1分45秒20)突破を狙って、多くの選手がハイペースな展開で勝負に挑むレースが続いている。その意識を曲げることなく日本選手権に臨むことができれば、日本新記録と世界選手権出場を、一度に達成できる可能性がある。今季躍進著しい薄田健太郎、日本記録保持者の川元奨、昨年、日本人3人目の1分45秒台ランナーとなった金子魅玖人あたりを中心に、アグレッシブなレースを見せてほしい。

■フィールド種目も代表争いに注目

跳躍種目での一番の注目株は、走幅跳でTokyo2020で6位入賞を果たした橋岡優輝。4月に故障した足首の回復状況にもよるが、万全で臨むことができれば、8m22の参加標準記録突破はもちろん、8m40の日本記録(城山正太郎、2019年)を更新するジャンプも期待できる。

走高跳では真野友博が、棒高跳では山本聖途が、それぞれ参加標準記録(走高跳2m33、棒高跳5m80)を上回ることが可能な仕上がりを見せている。この高さがクリアできれば、走高跳では2m35(戸邉直人、2019年)の、棒高跳では5m83(澤野大地、2005年)の日本記録に挑戦する場面が見られるはずだ。

投てき種目では、やり投のディーン元気が、その名の通り「元気」。今季は82m18を筆頭に、82m台2回、81m台1回と安定した記録を残す。2012年大会以来となる「金色のライオン」(日本選手権のメダルには、ライオンの顔を模した図案が彫られている)の獲得を、虎視眈々と狙っている。本人が自信を見せている85m00の参加標準記録を上回るビッグアーチを描くことができれば、オレゴンでも、決勝進出を果たしたロンドン2012(10位)以上の活躍が期待できる。ベテランとなったディーンの10年ぶりの快進撃を期待したい。

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