第1回オリンピックに向けて誕生し、1908年ロンドン五輪で初めて42.195キロが採用された男子マラソン。2020年東京五輪では猛暑のなかでのレースが予想される。日本歴代1位、2位の記録を持つ大迫傑、設楽悠太には、1992年バルセロナ五輪以来となるメダル獲得の期待がかかる。
1世紀の間に世界記録は50分以上も短縮
フランス人のピエール・ド・クーベルタン男爵が国際オリンピック委員会(以下IOC)を設立し、1896年にアテネで第1回のオリンピック開催が決まると、フランスの言語学者ミシェル・ブレアルの提案によってマラトンからアテネまでを走る長距離走が競技に加えられた。この時の距離は約40キロで、現在の42.195キロが初めて採用されたのは1908年ロンドン五輪の時。1924年パリ五輪以降、42.195キロで走行距離が統一された。
マラソンのルールは単純明快、42.195キロのコースをいかに速く走るかを競う。コースを外れてショートカットしたり、選手以外の第三者が体に触れて走行をサポートしたり、何らかの交通手段を使ったりした場合は失格となる。
初めて42.195キロで行われた1908年ロンドン五輪の男子マラソンはジョン・ヘイズ(アメリカ)が優勝し、タイムは2時間55分18秒4。現在の世界記録は2018年9月16日のベルリンマラソンでエリウド・キプチョゲ(ケニア)が樹立した2時間1分39秒となっている。1世紀の間にそのタイムは50分以上も縮まり、1時間台突入もいよいよ現実味を帯びている。
日本人男子の最高記録は、2002年10月13日のシカゴマラソンで高岡寿成が樹立した2時間6分16秒がなかなか破られなかったが、2018年には日本新記録が2度にわたって更新され、大きな注目を浴びた。まずは2月25日の東京マラソンで設楽悠太が2時間6分11秒の記録を樹立。そして10月7日、シカゴマラソンで大迫傑(すぐる)が2時間5分50秒の記録を打ち立て、2018年11月30日時点ではこれが日本記録となっている。
日本勢のメダル獲得は森下広一が最後
日本も過去にメダリストが輩出している。1936年ベルリン五輪では、孫基禎(ソン・ギジョン/そん きてい)がアジア勢として初の金メダルに輝き、南昇竜(ナム・スンニョン/なん・しょうりゅう)も銅メダルを獲得した。この2人は今の朝鮮民主主義人民共和国の出身だが、当時、日本が朝鮮半島を統治していた関係上、日本選手団の一員として大会に出場していた。
1964年東京五輪では、円谷幸吉が銅メダルを獲得した。円谷は陸上競技初日で1万メートルに出場して6位に入賞し、最終日の男子マラソンでは2時間16分22秒8の自己ベストで走り抜いた。続く1968年メキシコシティー五輪では、君原健二が標高2240メートルの高所をものともせずに激走し、銀メダリストとなっている。
1992年バルセロナ五輪では森下広一が銀メダルを手にした。当時、森下はフルマラソン経験がわずかに2回という状況だったが、本番でも果敢な走りを見せ、24年ぶりのメダルをもたらした。同大会では中山竹通(たけゆき)が4位、谷口浩美が8位となり、日本から出場した3選手全員が入賞する快挙を成し遂げている。20キロすぎの給水地点で転倒して靴が脱げるアクシデントに見舞われた谷口の「途中でコケちゃいました」というコメントも話題となった。
日本の男子マラソンはその後、低迷期と呼べる状態が続き、森下以来、メダリストは生まれていない。
設楽悠太、大迫傑らにメダルの期待
2020年東京五輪への出場とメダルが期待される選手として、まずは上述した設楽悠太と大迫傑が挙げられる。世界トップレベルのタイムと比較すると差は小さくないが、マラソンは天候や路面状況、ランナー自身のコンディションなどがレースに影響を与える部分が大きい。日本開催という地の利を活用し、うまく駆け引きをすれば、メダルも十分に射程圏内だろう。
日本歴代4位となる2時間6分54秒の自己ベストを持つ井上大仁(ひろと)も注目の存在だ。2018年8月のアジア競技大会で金メダルを獲得しており、夏のレースでの勝ち方を知っている点も強みと言える。
独自の調整法や歯に衣着せぬ発言で注目を集め、2019年4月からのプロ転向を明言している川内優輝も東京五輪出場を狙っている。実戦経験は他の追随を許さず、2018年4月のボストンマラソンで優勝するなど、実績も申し分ない。東京五輪開幕時は33歳と他の選手に比べるとやや年齢は高いが、本番での勝負強さが目を引く。
青山学院大学時代に箱根駅伝5区の山登りで活躍し、「3代目山の神」と呼ばれた神野大地も、2018年4月にプロに転向し、東京五輪でのマラソン出場をめざしている。ただし、まだ2時間10分を切ることができていないため、まずは記録を出さなければならない状況にある。
一方、海外の注目選手としてはケニア勢、エチオピア勢が挙げられる。ケニア勢の注目は世界記録保持者のエリウド・キプチョゲ。2016年リオデジャネイロ五輪の男子マラソン金メダリストでもあり、2020年は五輪連覇に期待がかかる。ウィルソン・キプサング・キプロティチ(ケニア)は1982年3月15日生まれのベテランだが、2017年の東京マラソンで2時間3分58秒のタイムを出すなど、衰える気配はない。
エチオピア勢では初マラソンで2時間3分46秒の記録をたたき出したグエ・アドラがメダル候補だ。2018年1月、好記録が出るドバイマラソンでは多くのエチオピア人選手が2時間4分台で走っており、東京五輪までにとてつもない新星が現れる可能性もある。
猛暑のレース。5時半から6時のスタートも検討
東京オリンピックのマラソン競技は、新国立競技場発着で、浅草雷門や日本橋、銀座、東京タワー、皇居外苑など、東京の名所を巡るコースになっている。
男子マラソンが行われるのは、大会最終日となる8月9日(日)。朝7時スタートの予定だが、近年の猛暑によって日本医師会などが「選手や観客の命にかかわりかねない」としてスタート時間の繰り上げを要請し、午前5時半から6時のスタートを検討している。
日本陸上連盟はマラソンでのメダル獲得をめざし、「マラソングランドチャンピオンシップシリーズ(MGCシリーズ)」をスタートさせた。
指定大会で所定の条件をクリアした選手、また国際陸上競技連盟が世界記録を公認する競技会で設定記録をクリアした選手らが2019年9月に行われる予定の「マラソングランドチャンピオンシップ」に出場し、そこから2名を選定。さらに「マラソングランドチャンピオンシップファイナルチャレンジ」として指定された大会から1人が選出され、合計3人が2020年東京五輪でのレースに挑むことになる。