この冬の全日本フィギュアスケート選手権は、4年に1度の特別な意味を帯びている。大会の終了と同時に、冬季五輪代表選手が発表されるからだ。今回、日本に与えれた女子シングルの出場枠は「3」。北京行きの切符をつかみ取る最も確実な方法は、もちろん、日本一になること。
32人のエントリー選手の中で、今季最も勢いに乗るのが坂本花織(シスメックス)だろう。昨季は新型コロナウイルス(COVID-19)の影響で変則的に「国内試合」となったNHK杯を制したが、この秋は例年通りの国際色豊かなNHK杯で優勝。日本スケート連盟の定める北京五輪選考基準に該当する「ISU(国際スケート連盟)グランプリファイナル進出」も日本女子として、ただ1人決めた。
持ち味は疾走感あふれるスケーティングと高さも幅もある力強いジャンプ。なにより独創的で現代的なプログラムは、ジャッジからの評価が極めて高い。
特に今季は悩んだ末に、メッセージ性の強い難解なフリーに取り組んでいるが、今季出場したグランプリシリーズ2大会では演技構成点のスケーティングスキルはもちろん、パフォーマンスや演技構成、音楽解釈でも10点満点中8点台後半から9点台をマーク。唯一の課題であり、昨季から数度に渡り、踏切やエッジの違反をとられてきた3回転ルッツも、改善に向けさらなるトレーニングに励んできた。
坂本花織の3年ぶりの全日本タイトルと、2度目の五輪出場が有力視されている中、三原舞依(シスメックス)はいずれも初めての栄光を追い求める。一昨季に完全休養を強いた体調不良からは完全復帰を果たした。今季のグランプリシリーズ2戦はともに4位と、表彰台こそ逃したものの、「ロシア勢の次」の位置はむしろ称賛すべき順位だ。
確かに3回転アクセルや4回転はない。しかし、持ち前の丁寧で質の高いエレメンツは、確実に出来栄え点による高い加点がつく。自らの作り上げる繊細で幸福な世界観に、見る者を引き込む稀有な能力も持つ。全日本選手権3位、四大陸選手権優勝で一躍シンデレラガールとなった5年前よりも、さらに光り輝く舞台へと駆け上がる可能性はある。
樋口新葉(明治大学/ノエビア)は3回転アクセルという強力な武器を身につけた。10月末のグランプリシリーズ・カナダ大会のフリーで、国際スケート連盟公認大会で自身としては初めて大技を成功。失敗を跳ね返す意志の力も健在だ。
続くフランス大会では、ショートを6位で折り返すも、フリーでは自己ベストを更新する納得の演技。トータルで3位となり、表彰台を実現させた。演技後に力強く握りしめた拳は、2018年の世界選手権でショート8位から大逆転で銀メダルを果たしたフリー終了の瞬間の、「やったー!」の絶叫を思い出させた。
4年前の全日本選手権では本来の実力を出しきれず、樋口はあと一歩のところで五輪代表の座を逃した。悔しさの中で「これから倍返しの始まりだ」とSNSに綴り、次に向け、ひたすら前進してきた。躍動感あふれるステップとスピンで締めくくるフリーの演技後に、再び大きなガッツポーズを見せたい。
この2年間は思い通りの成績が出せずにきたのが宮原知子(木下グループ)だ。それでも生来の努力家は、あきらめずコツコツ練習を積んできた。ショートは3シーズン前のものに戻し、フリーは昨季からの継続で、プログラムの完成度を極限まで高めることを目指した。2014年から4年連続で日本一に輝き、世界選手権でも2度の表彰台を経験した23歳のベテランは、4年間で最も大切な全日本選手権に間違いなく照準を合わせてくる。
伸び盛りの若手が、大旋風を巻き起こす可能性もある。2年前の全日本ジュニア選手権チャンピオンの河辺愛菜(木下アカデミー)は、ケガで欠場した紀平梨花(トヨタ自動車)の代役として出場したNHK杯で2位と大躍進。特に3回転アクセルを成功させたショートでは、技術点だけで見れば、今季は樋口に次ぐ2番目の得点を記録している。
また、河辺と同じ2004年10月生まれの17歳で、昨季の全日本ジュニア選手権を制した松生理乃(中京大中京高校)も、国内大会ではすでに3回転アクセルを飛んでいる。そして、1カ月前の全日本ジュニア選手権の結果による推薦枠を得て、シニアの日本一決定戦に挑戦する住吉りをん(駒場学園高校)、吉田陽菜(木下アカデミー)……。さらには13歳の柴山歩(木下アカデミー)の演技もしっかり見届けたい。
もちろん、最も動向が注目されるのは紀平梨花だろう。全日本選手権2連覇中のディフェンディングチャンピオンは、右足首関節の骨軟骨損傷の影響で今季1試合も出場していない。つまり、五輪出場権のかかる大切な本番で、拠点のカナダでリハビリと練習に励んできた成果のすべてを出しきらねばならない。
実力通りの演技さえできれば優勝も見えてくる。質の高い3回転アクセルをフリーで2本入れられるのは、日本女子ではいまだ紀平だけだ。1年前の全日本選手権では4回転サルコウさえ決めた。
そして優勝すれば、北京行きは確実となる。優勝以外の場合は、例えグランプリファイナル優勝経験者にして、四大陸選手権2連覇中の紀平と言えども、複数の条件を満たす他の選手たちと枠を競い合わねばならない。
2021年の全日本選手権の女子シングルは12月23日のショート、25日のフリーと2日間に渡って行われる。そして、北京五輪代表選手が発表されるのは26日の夜だ。