男女シングルでは世界を牽引する日本フィギュアスケート界に近年、新しい風が吹いている。3月に開催された世界選手権で、日本のペアとアイスダンスが、それぞれ北京五輪の出場権を1枠ずつ獲得したのだ。9月の最終予選会(ネーベルホルン杯)を待たずにカップル競技2種目が同時に、「直接」オリンピックへの切符を手に入れるのは、現行システム始まって以来の快挙。
2014年ソチ冬季五輪から「団体戦」が導入され、カップル競技の重要性はいっそう増している。日本ペアの国際舞台での活躍や、アイスダンス2組のハイレベルなライバル争いで、日本国内でもカップル競技に対する注目度も高まるばかり。2021年全日本フィギュアスケート選手権は、日本のカップル競技における、歴史の大きな分岐点となるかもしれない。
■ペア:北京五輪内定の「りくりゅう」は不参加
去る12月15日に「りくりゅう」こと、三浦璃来&木原龍一ペアの北京五輪代表入りが決定した。本来であれば、代表入りの最低条件は「最終選考会である全日本選手権大会への参加」と規定されている。しかし新型コロナウイルス禍による日本への入国制限が強化され、カナダに練習拠点を置く同組の渡航が難しいことから、全日本選手権への不参加と一足早い内定が同時に発表された。
異例ではあるが、誰もが納得する決定でもある。それぞれ、ほかのパートナーと関係を解消し、2019年夏に新たにペアを結成して以来、2人は驚くべき快進撃を続けている。2021年世界選手権でいきなり10位に飛び込み、今季10月のオータムクラシックで国際大会初優勝。さらにアメリカ大会2位、NHK杯3位。強豪ぞろいのグランプリシリーズで日本人同士のペアとしては史上初めての表彰台に上り、GPファイナル進出も勝ち取った。
日本ナンバーワンどころか、世界屈指の強豪ペアに成長した三浦&木原組を、全日本選手権で応援できないのは確かに残念だ。ただし北京五輪の大舞台で、きっと2人は素晴らしい演技を披露してくれるに違いない。
これで参加ペアは柚木心結&市橋翔哉の1組だけ。ペア初挑戦の柚木と、かつて三浦のパートナーとしてジュニア世界選手権や四大陸選手権の出場経験を持つ市橋が、結成を発表したのは9月。この11月に競技会デビューを果たしたばかりの、いわばほやほやのカップルにとっては、最初の大切な一歩となる。
■アイスダンス:ハイレベルで熾烈な1枠を巡る争い
北京五輪の日本代表にふさわしい実力を持つ2組だが、枠はただ1つ。小松原美里&小松原尊と、村元哉中&髙橋大輔という、経歴も魅力もまるで異なるカップルが、日本一とオリンピック代表の座を懸けて氷上で競い合う。
小松原組は長年、国籍が課題となっていた。美里はかつてイタリア人と、一方で尊、つまりティム・コレトは韓国人やノルウェー人とパートナーを組んでいた。世界選手権は異なる国の2人でも出場可能だが、オリンピックへの扉は、両者の国籍がそろわなければ絶対に開けない。
そんな2人は2016年にカップルを結成し、日本の所属として転戦を開始した。翌年には結婚し、コレトの日本国籍取得を目指した。夢へとつながるパスポートを手に入れたのは2020年11月。アメリカ合衆国出身のコレトは日本人・小松原尊となり、昨年の全日本選手権は初めて正式な「日本人カップル」としてチャンピオンになった。さらに続く世界選手権では、日本アイスダンス界に3大会ぶりの「直接」オリンピック出場権をもたらした。
一方、村元哉中と髙橋大輔はそれぞれに五輪出場を経験している。故クリス・リードと共に、村元は四大陸選手権で日本人アイスダンスカップルとして初めての表彰台にも上がった。ご存じ 髙橋は2010年バンクーバー五輪で日本男子フィギュアスケート史上初のオリンピックメダルを獲得し、直後には日本男子史上初の世界王者に君臨。さらには引退からの2018年現役復帰、そして2020年頭の34歳でのアイスダンス転向と、 髙橋はあらゆる前例や既成概念をことごとく壊して道を切り開いてきた。
カップルを組んで2季目の村元&髙橋は、予想以上に早い進化を遂げた。公式デビュー戦となった昨季のNHK杯は出場3組中3位という結果に終わったが、全日本選手権では5組中2位と大躍進。今季NHK杯では日本歴代最高得点を叩き出し、続くワルシャワ杯ではさらに得点を伸ばした上に、国際大会での初表彰台さえも実現させた。
こんな2組の熾烈な一騎打ち。今季初戦に小松原美里が左肘靭帯を痛め、さらには新型コロナウイルス禍で、拠点のカナダで練習を積めないというハンディキャップを負いながらも、小松原組は悲願達成に向け努力を惜しまない。真のカップルが描くフリーダンス「SAYURI」の愛の物語は、美しくドラマチックだ。
対する村元&髙橋組は革命的なリズムダンス「ソーラン節」と、まるで本物のバレエの一幕のようなフリーダンス「ラ・バヤデール」とで、高みを目指す。村元にとっては4度目の、 髙橋にとっては6度目の、そしてカップルとしては初めての全日本タイトルをつかみとる準備はできている。
上記2組ばかりに視線が集まりがちだが、これからの日本アイスダンス界を背負う若手カップルたちも期待したい。結成2年目にして20代前半ながら互いにアイスダンス歴10年以上の平山姫里有&立野在、やはり結成2年目の矢島榛乃&池田喜充、そしてこの3月に誕生した新カップルの高浪歩未&西山真瑚の、初々しく未来あふれる演技に注目だ。
ただ、残念ながら高橋ニコル&シャイロー・ジャド組と深瀬理香子&張睿中オリバー組は、外国人の入国制限の影響で欠場を余儀なくされている。