男子バレーボール界へ彗星のごとく現れた石川祐希が、バレー強豪のイタリアへ初めて渡ったのは、2014年夏のこと。
高校時代にインターハイ、国体、春高バレーの3冠を史上初めて2年連続(2012−2013)で成し遂げ、チームの中心的存在として注目を集めた石川は、中央大学に進学したばかりの大学1年生時に史上最年少で全日本代表メンバーに登録された。そして、その年に石川は "龍神NIPPON"こと、バレーボール男子日本代表の活動だけでなく、そのフィールドを世界へと広げ、プロのバレーボールプレーヤーとして、第一線をずっと走ってきた。
そんな若き挑戦から、まもなく10年。そんなキャリアの節目で、石川の目にはパリ2024が映っている。
リオ2016の出場権を目の前で逃した悔しさを経験している石川は、いつだって目前の「1点」にこだわってきた。
「あと1点が本当に届かなかった」
2022年に行われた世界選手権で、Tokyo2020王者のフランスに惜敗した直後の石川の言葉だ。
たかが1点、されど1点。
勝つために、そして強くなるために、ここぞの場面で1点を勝ち取ることにこだわり続けてきた石川祐希の足跡を辿ってみた。
「勝負どころの1点」
2016年6月、リオ2016出場権をかけたラストチャンスの舞台は、東京だった。
ブラジル行きの切符を掴んでいない8チームが日本の首都に集結し、総当たり戦で最後の4席を争った。9日間で7試合をこなさなければならないタイトなスケジュールだったが、日本は初戦のベネズエラ戦で勝利を収め、幸先の良いスタートを切る。
しかし、その後は中華人民共和国、ポーランド、イランの後塵を拝し、日本は3連敗を喫する。当時20歳だった石川は、完全に相手チームからマークされていた。後が無い日本は、5試合目となるオーストラリア戦で一縷の望みをつなげる。スターティングメンバーとして出場した石川が連続ポイントを決めるなど、日本がリードする場面もあったのだが、高さで優位に立つオーストラリアに勝ち越されてしまい、最終的にゲームカウント0−3のストレートで敗れてしまった。
この時点で日本は1勝4敗(最終成績:2勝5敗、全体7位)となり、アジア地域でのトップ、あるいはそれを除いた上位3チームに入る可能性が潰えてしまったことから、残り2試合の結果を待たずして、南米初開催のオリンピック出場を逃すこととなった。
「流れをつくる場面は沢山あったと思うが、最終的に逆転されてしまい、勝負どころの1点を自分が決めなければいけないのにミスをしてしまった。リオに行けないという結果は非常に悔しい」
「これからはもっと練習して、もっと気持ちを強く持つなど、全てにおいて成長しないといけない」
- 日本バレーボール協会より
「勝っていくためには、その1本を」
悔し涙を流したリオ2016最終予選を経て、世界のトッププレーヤーになることを目標に掲げた石川は、すでに母国開催のTokyo2020に向けて走っていた。
新型コロナウィルス(COVID-19)の世界的な感染拡大により、1年の開催延期が決まった頃、感染状況が深刻だったイタリアで競技活動を続けていた石川は「自分自身もまだ何をして良いか、何をするべきか正直イメージがつかない部分もあります」と正直な不安を吐露しつつ、「延期になったオリンピックをより良いものにすること、より高いパフォーマンスでプレーをし、たくさんの方にスポーツの力を感じていただけるように、日本代表選手としてオリンピックの舞台に立つためのやるべき準備を続けていきます(所属事務所より)」と、熱い情熱を胸に、夢の舞台へ向けたトレーニングを重ねた。
2021年4月、日本代表登録メンバーが公となった際には、石川が新キャプテンに就任することも併せて発表された。監督からチームの主将になることを打診された時、石川は「やらせていただきます」と即座に返したと振り返る。それは、リオ2016の出場を逃したことで芽生えた並々ならぬオリンピックへの決意と、気づけば若手も増えていた代表チームを牽引することで、いい影響を与えたいという後輩を思いやる石川の優しさの表れでもあった。
12チームが出場した東京2020男子バレーボールで、新生・龍神NIPPONは1次リーグA組を5戦3勝2敗という成績で終え、バルセロナ1992以来、実に29年ぶりに決勝トーナメント進出を果たし、新たな歴史を刻んだ。とくに、最終の第5戦では、リオ2016最終予選で敗れたアジアの宿敵・イランをフルセットの末破り、5年越しの雪辱を果たしたのだった。
そして、決勝トーナメント準々決勝では、リオ2016金メダルのブラジルと顔を合わせた日本は、前回オリンピック王者の強さに屈し、ゲームカウント0−3のストレートで敗れ、ベスト4進出とはならなかった。
キャプテンという重責を全うした石川の目には、涙が溢れていた。
「僕のアウトから流れが変わってしまった。1本のミスがこのような結果を招く。僕たちは簡単に点が取れるチームではない。勝っていくためには、その1本を取れる時に取らないと。今まで以上に追求しなければいけない」
- 朝日新聞より
最終的に、日本は7位入賞という成績を残して、東京でのオリンピックにピリオドを打った。
「この舞台に立てたことを非常に幸せに思いますし、次はさらに上を目指せるチームにしていかなければいけない。この先も険しい道だと思いますが、1つ1つ乗り越えて行きたいと思います」
- NumberWebより
「1本の差、1点の差が出た」
次回エディションまで3年という、イレギュラーなオリンピックサイクルが動き出した2022年の晩夏、石川は日本代表キャプテンとして2年目を迎え、世界選手権に挑んだ。
全24チームが出場した同大会では、日本は予選11位で決勝トーナメント進出を果たす。そして、上位16チームだけが出場できるノックアウト方式のラウンド16で、日本はTokyo2020王者であり、次回オリンピック開催国であるフランスと対戦する。
第1セット(17−25)をフランスが奪うと、つづく第2セット(25−21)では日本が奪い返して、同点に並ぶ。そんな一進一退の攻防戦が第3(24−26)、第4セット(25−22)でも繰り広げられ、勝負の行方は最終セットへと持ち込まれた。
運命を決める最終の第5セット。先にマッチポイントを決めたのは、日本だった。追い詰められたオリンピック王者も意地のプレーで同点に並ぶが、ふたたび日本が15−14でベスト8進出へ王手をかける。大事な場面で、石川が放ったサーブが、ネットにかかりフランスへ1点を献上する。
「悔しいのひと言しか出てこないです。チャンスを掴みかけて、逃してしまったことが悔しい」
石川は、唇を噛んだ。
激闘ともいえる最終セットは、最終的に16−18でフランスが制して決着した。これにより、日本のベスト8進出は叶わなかった。
「サーブは最初、感触が悪くてミスが多かった。途中から修正できましたけど、第5セット、リードしている場面でネットにかけてしまった。自分の力の無さです。サーブを確実に入れる力を身につけないといけない。1本の差、1点の差が出た試合。質の高いバレーをするためには、ミスをなくす必要がある」
- 日刊スポーツより
「あと1点が本当に届かなかった。それができるのがフランスであり、自分たちもこういう経験を積むことで来年のオリンピック予選などに向けてよりチーム力を高めていきたい」
- バレーボールマガジンより
「1点ほしいところでしっかり取り切る」
現在、イタリアのバレーボールトップリーグのセリアAで、パワーバレー・ミラノに所属する石川は、2022/2023シーズンでキャリアハイとなるベスト4進出に貢献し、充実のシーズンを過ごした。石川をより高い場所へといざなう原動力は、あの世界選手権での悔しい「1点」だったと振り返る。
「1点ほしいところでしっかり取り切るっていう選手になりたいなって思いますし、悔しいという思いを経験したことで、その1点に対しての思いには繋がっていると思います」
− TBS NEWS DIGより
2023年5月、日本へ帰国した石川は全日本代表合宿に合流し、国際マッチウィークの開幕を控えた記者会見の場で、シーズンの目標と意気込みを語った。
「今シーズンの最大の目標は、オリンピック予選になるので、そこで出場権を絶対に獲得します」
今年のバレーボールの目玉は、何と言っても秋に日本で開催されるパリ2024出場権をかけたワールドカップだ。
そして、重要なオリンピック予選の前哨戦とも位置付けられるバレーボールネーションズリーグ(VNL)男子の戦いが、まもなく始まる。さらに、8月にはアジア選手権(イラン・テヘラン)も予定されており、忙しい季節となりそうだ。
「(VNL・アジア選手権を通じて)良い形でオリンピック予選に臨めるように準備していきたいと思います」
男子のVNLでは、日本を含む16チームが出場し、ポーランドで行われるファイナルラウンドの出場権をかけて、3週にわたってホストシティを転戦し、週ごとに組み合わせが変わるグループで予選を争う。その第1週が、愛知・名古屋で行われるのだ。
「(VNLでは)ファイナルラウンド、そしてベスト4を目指して取り組んでいきます」
石川は、誰よりも1点の重みを知っている。
たかが1点、されど1点。
その大切な1点を獲るために、石川は龍神のごとく、気高い情熱を燃やしながら先頭を突っ走る。
キャプテン3年目を迎える石川が率いる龍神NIPPONは、いったいどんな場所へ私たちを連れて行ってくれるのだろうかーー。
バレーボールネーションズリーグ2023男子第1週は、6月6日より日本ガイシホール(愛知県名古屋市)にて開幕し、日本は第1戦でイランと激突する。