イリア・マリニンが「4回転アクセルを跳んでいない理由」と宇野昌磨が与えた影響

12月2日に19歳の誕生日を迎えたフィギュアスケーターのイリア・マリニンがOlympics.comのインタビューに応え、4回転アクセルや進化し続ける宇野昌磨が彼に与えた影響について語った。

1 執筆者 Nick McCarvel
Ilia Malinin has not jumped a quad Axel this season
(International Skating Union - ISU 2023)

グランプリシリーズ第1戦のスケート・アメリカが行われた10月下旬のある夜のこと。

戦いの舞台となった米テキサス州アレンの会場の外には、大勢のフィギュアスケートファンが携帯電話とペンを手にイリア・マリニンが現れるであろうドアを見つめていた。セルフィー、そしてサイン。ファンたちは一生の思い出になるその瞬間を今か今かと待ち侘びていた。

4回転半ジャンプを武器に持つ19歳のマリニンは、国際舞台に登場してわずか2年足らずでスターダムにのし上がり、2023年3月の世界選手権では銅メダルを獲得して昨シーズンを締めくくった。

野球帽とチームUSAの上着を身にまとった彼は、会場から駐車場を横切ったところにあるホテルまでの短い道のりを、ファンのリクエストに応えて歩いた。その姿には、突如として大注目を集めたとしても彼がなぜ落ち着いていられるのか、その理由が示されていた。彼はスポットライトを歓迎し、スポットライトを浴びることで成長するのだ。

「ファンや記者会見など、昨年はすべてが初めての経験でした」

Olympics.comのインタビューの中でこう語ったマリニンは、「すべてのことが1年のうちに起きて、どう対応すればいいのかわからなかった。でも今は、以前より慣れました。(ファンは)僕のモチベーションを大きく高めてくれます」 と続ける。

スポーツイベントやオリンピック予選を無料でライブストリーミング – クリックして今すぐ視聴しよう!

マリニンの成功を後押したのは、圧倒的なジャンプ力だ。

彼は競技会において4回転アクセルに成功した初めての、そして唯一のスケーターである。しかし、今季はこの特別なジャンプを自身のプログラムから外し、より完成度の高い3回転アクセルを選択した。彼はその理由をこう語った。

「(4回転アクセルの)基礎点があるべきものではないのは、僕にとってとても残念なことです」

「競技会で4回転アクセルを成功させたのは僕だけです。僕が今それを跳んでいないことを見聞きした人は、がっかりするかもしれない。『何で彼は跳ばないの?』とね」

イリア・マリニンと4回転アクセル

では、なぜ彼は4回転アクセルを跳ばないのか?

その理由は得点にある。4回転アクセルの「基礎点」は12.5点で、次に得点の高い4回転ルッツの基礎点(11.5点)より1点だけ高い。一方の3回転アクセルは、8点と定められている。

スケーティングの各要素は、審査員9人による出来栄え点(GOE: Grade of Execution)でも採点され、マイナス5点からプラス5点までが基礎点に加わる。完璧に近いトリプルアクセルを披露すれば、11点あるいは12点(基礎点8点+出来栄え点)に到達する。

では、4回転アクセルが不完全に終わってしまったら? それは、トリプルアクセルの成功とほぼ同じ点数となる。マリニンは昨年、国際大会で4回転アクセルを5度跳んだ。得点はスケートアメリカでの16.61点が最も高く、最低点数はグランプリシリーズ・フィンランド大会の8.75点だった。

平均すると13.45点。一方、トリプルアクセルでは平均9.11点を得た。

しかし、彼の考えとしては、ただ1人しかできないジャンプはもっと評価されるべきだということ。たとえ彼が4回転アクセルを跳ばずトリプルアクセルだけを跳ぶとしても、完成度の高いトリプルは彼の総合的な得点に有利に働く。

「(基礎点は)とても高くあるべきだと思います」とマリニンは言う。

「僕は4回転アクセルを跳ぶことで知られてきましたが、(3回転アクセルの)完成度をあげれば高得点が得られるため、今はひとつ下に(ジャンプのレベルを)落としています」

「難しいトピックです。クワッドアクセルを武器に持つことで(彼のインスタグラムのユーザー名でもある)『4回転の神(Quad God)』として認識されたい。それは今、僕のものだから。どちらちが状況に合うのか決めないといけません」

これについて、カルガリー1988冬季オリンピックで銀メダルを獲得した名将ブライアン・オーサー氏は、こう説明する。

「30年前はこれがトリプルアクセルでした。私は今の彼のような立場にいた」

オーサー氏は、マリニンが当分の間そのジャンプから離れると判断したことについて、「戦略を試し始めるのは賢明なことかもしれない」と続ける。

「若い選手にそれを伝えるのは難しい。イリアは賢い。彼はたくさんの武器(ジャンプ)を持っている。これは、彼の振り付けや、彼が取り組んできた他のことを披露するチャンスでもある」

最適なバランス

マリニンはこの1年間、芸術性を磨くことに重点を置いてきた。しかし、スケートアメリカでの練習や10月上旬のジャパンオープンで披露したように、クワッドアクセルはまだ可能だ。

このジャンプが12月7日〜10日のグランプリファイナルで復活する可能性はある。ファイナルではグランプリシリーズのようにファイナル進出を気にする必要はない。とはいえ、宇野昌磨鍵山優真などと共に、表彰台を狙う存在のひとりでもある。

国際スケート連盟(ISU)がエレメンツに割り当てたポイントを変更するには承認プロセスが必要となるため、変更に時間がかかることがある。

たった1人しか跳ぶことができないジャンプが、次に「難しい」4回転ルッツよりも1点以上高い価値を持つべきなのか。興味深い質問だ。

オーサー氏は、「それは面白くて、興味深い。話のきっかけになるトピックだ」と、微笑みながら言葉を濁した。

クワッドアクセルの有無はともかく、グランプリファイナルには、今季2大会で優勝した唯一の男子シングル選手、アダム・シャオ・イム・ファ(フランス)もいる。

12月2日に19歳になったばかりのマリニンは、クワッドアクセルの会話も含めて、自分のプロセスに集中しているようだ。健康でいること、経験を積むこと、そしてより完璧なスケーターになること。

「どれだけ自分の限界に挑戦できるかということと、競技会の目標という意味においてやり過ぎないようにすることが、僕が本当に取り組むべき大きなことのひとつだと思います」と、マリニンは話す。「それらの目標のひとつは、しっかりとしたプログラムを持ってそれをミスせず安定させること。プレッシャーの中で起こりうる些細なミスは許されません」。

「安定」と「完成度」は、4回転アクセルへのアプローチと一致している。

宇野昌磨が与えた刺激

宇野、マリニン、鍵山、シャオ・ヒム・ファ、そして三浦佳生、ケヴィン・エイモズ(フランス)は、12月7日〜10日に北京で行われるグランプリファイナルに臨む。中でも、世界選手権2連覇中の宇野は、マリニンが刺激を受けたスケーターだ。

ジュニア時代から宇野を尊敬の眼差しで見てきたマリニンだが、現在ふたりは切磋琢磨し合えるライバルだ。オフシーズンには宇野とともにアイスショーに参加し、ジャパンオープンで再会した。

「ジャパンオープンでの彼の滑りを見て、ものすごく刺激を受けました。彼のエキシビション・プログラムは、彼が今までにやったことのないもので、彼の(いつもの)スタイルとは違うものでした。とてもとても素晴らしかった」

「彼がより良くなろうとし、向上しているのを見ると、(世界王者の座を)彼から奪いたいという挑戦心がさらに高まります。彼の努力を見ることは、本当にいい刺激になります」

スケートアメリカの際、マリニンは彼の熱烈なファンでさえ見たことのないものを披露した。「4回転の神」の名が付けられた練習着である。シャツの袖に2本のストライプがあり、ジャンプのときに腕を組むと胸に4本の線が現れる。そう、4本。

「自分の名前をもっと広く知ってもらうにはどうしたらいいかを考える中で出てきた、本当に面白いアイディアでした」と、マリニンは言う。「右足の裾には4本のストライプが入っています。それは僕の着地する側の足です。すべてのパワーとエネルギーをその足に集中させるための方法です。それがあの4本の金色のストライプに凝縮されているんです」

中華人民共和国・北京で行われるグランプリファイナル、あるいはその先、それらの「4」が4回転アクセルを意味することになるのか。ファンはその時を待っている。

もっと見る