イリア・マリニンが磨く芸術性と「4回転の神」としての道

振付師シェイリーン・ボーンとともに芸術性を磨いてきた若きフィギュアスケーター、イリア・マリニン。「4回転の神」とも呼ばれる18歳の彼は、芸術性を磨きながら自らの道を模索する。

1 執筆者 Nick McCarvel
Ilia Malinin seeks a second straight title at 2023 Skate America
(Toru Hanai - International Skating Union/International Skating Union via Getty Images)

高校を卒業したばかりの18歳のフィギュアスケーターイリア・マリニン(アメリカ合衆国)は、今シーズン「演技構成点」を伸ばすことに焦点を当てる。

フィギュアスケートの大会において、選手たちの演技は「技術点」と「演技構成点」で採点される。「技術点」がジャンプの難易度や完成度などの評価を示すのに対し、「演技構成点」は芸術性などをもとに評価される。4回転アクセルに成功するなど「4回転の神」の異名をとるマリニンだが、今季は昨シーズンに続き、振付や芸術性を重視していくという。

とはいえ、昨年の世界選手権で銅メダルを手にした彼が、フィギュア界で広く知られているそのニックネームを放棄するというわけではない。

10月20〜22日の「スケートアメリカ」で開幕するグランプリシリーズ2023-24を前に、彼は記者団に対し「僕にとって(ジャンプには)限界がないと感じています」と話し、「自分の体を見渡して、すべてが健康であることを確認することで、物理に逆らうような方法で自分を追い込むことができると思う」と続けた。

4回転アクセル(4回転半ジャンプ)を競技会で成功させた唯一のスケーターであるマリニンだが、グランプリ開幕戦でこのジャンプに挑戦する予定はない。その理由はアメリカ大会でしっかりと成績を残して、12月のグランプリファイナル出場を確かなものにするためだ。

「ファイナルでは4回転アクセルと4回転ループを追加するかもしれないけど、グランプリシリーズでは、プログラムをミスなく滑りたい。それが一番の目標です」とマリニンは話す。

スポーツイベントやオリンピック予選を無料でライブストリーミング – クリックして今すぐ視聴しよう!

イリア・マリニン「焦点はセカンドマーク」

近年の国際フィギュアスケートは数字のゲームだ。氷上の一瞬一瞬が、より多くのポイントを積み上げるチャンスとなる。マリニンは歴史を刻んだアクセルジャンプだけでなく、4回転ジャンプの数々で「4回転の神」と呼ばれている。

しかし、芸術性に関しては遅れをとっている。2023年の世界選手権で宇野昌磨チャ・ジュンファン(大韓民国)に次いで3位となった彼は、優勝した宇野と総合得点で13点差、演技構成点の差は19点におよんだ。銀メダリストのチャと比べると、総合で8点差、演技構成点では14点差をつけられた。

宇野とチャは、ジャンプのスキルと氷上での魅惑的な動きを兼ね備えた、現代の男子スケーターの完璧な例である。

現在、尊敬する振付師シェイリーン・ボーンとともに芸術性を磨くマリニンは、「(私たちは)柔軟性、コーディネーション、腕や脚のラインや角度をよりきれいに見せるために取り組んでいます」と、その詳細な作業について語る。

オリンピック出場経験のある元フィギュアスケーターの両親の下で育ったマリニンは、今年初めに高校を卒業し、米ヴァージニア州フェアファックスの自宅近くのジョージ・メイソン大学でパートタイムの学生として授業を受けている。彼が受講する科目のひとつがダンスのクラスで、そこでも彼は芸術性を高めることに専念し、ボーンとともにプログラムを向上できるよう取り組んでいる。

マリニンを指導する彼の両親は、南カリフォルニアに移住することも検討している。そこは、ボーンのほか、マリニンのコーチング・チームのひとりであるラファエル・アルトゥニアンが拠点を置く。

「拠点を移してシェイリーン(・ボーン)ともっと密に仕事をすることは、私たちにとって本当に有益なことです」

「それは今後2、3年の私たちの焦点です。つまり、セカンドマーク(演技構成点)を向上させることです」

プレッシャーと期待のバランス

マリニンは2022年の全米選手権で17歳にして銀メダルを獲得し、スケート界にその名を知らしめた。ところが、彼にはシニアでの国際的な経験がほとんどなかったため、北京2022冬季オリンピックの米国代表に選ばれることはなかった。

しかし、それからわずか2年間で彼の人生は大きく変わった。昨年はグランプリシリーズで2度優勝し、国内選手権で初優勝を果たし、世界選手権では前年の9位から大きく飛躍し、銅メダルを獲得した。「4回転の神」の異名が示すように、彼は高難易度のジャンプが大好きで、大舞台も同様に彼を楽しませる。

「トップに立つこと、メダルを獲得すること、将来的にオリンピックや世界選手権で優勝することを常に考えています。それは常に頭の中にある目標のひとつです」

「でも、自分の健康状態やスタミナがどの程度なのか、大会に向けてどのような準備ができているのかを把握することで、自分を見失わないようにしています。それによって、考えすぎたり、大きなプレッシャーを感じたりしないようにしています」

マリニンは、主要な大会の1、2週間前から自分を奮い立たせ、氷上で「ゾーンに入る」のが好きだという。そうしなければ、アドレナリンが体を勝手に操ってしまうと話す。

「すべての視線が自分に注がれているからこそ、自分が本当になりたい自分になるために妨げになりそうなどんな些細なことでも完璧にしたいと思う。それと同時に、僕はいつも少し現実的でありたい」

イリア・マリニンが開く、次なる章

今シーズンは、ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックに向けての中間地点であり、試したり、模索したり、そして氷上で何が効果的かを見極めたりするための完璧な地点である。

マリニンは、芸術性を重視する一方で、彼を国際的なトップスケーターに押し上げた4回転ジャンプも忘れてはいない。

しかし、4回転アクセルは安定した結果を得ておらず、得点の配分を考えればより安全なアプローチのほうが賢明だ。それでも彼が立ち止まることはない。

「トリプルアクセルに挑戦するのは理にかなっていると思うけど......僕としては、リスクを冒してでも挑戦したい」と彼は笑顔を見せる。

「出来栄え点という意味だけでなく、見ている観客のためにもね。(4回転アクセルは)僕を代表するジャンプで、あのジャンプでみんなを盛り上げるのがすごく好きです。もちろんみんなも見たがっている。練習を続けて、最終的にはロングプログラム(フリースケーティング)に4回転アクセルを2つ組み込んで、観客を盛り上げたい」

今シーズンのプログラムは昨年同様ボーンが振り付けを手がけているが、1年前と比べて「かなり難しくなった」とマリニンは言う。彼のショートプログラム「マラゲーニャ」は、ドラマチックなフリー「サクセッション」とは対照的だ。

しかし、目標として掲げることは両プログラムとも同じ。「音楽を感じ、自分がどんな芸術性をもたらすことができるかを感じること」。

もちろん、マリニンはトップレベルのパフォーマンスを披露し、審査員に強い印象を残そうとしているが、長い目で見たときに彼のファン志向のアプローチが実を結ぶことを彼は期待している。

「その瞬間に身を置き、自分らしくいようとすれば、(観客は)それを本当に評価してくれる。僕にとってはそれが大きな鍵だと思う。あまり大きなことは考えず、氷を楽しみ、演技を楽しみ、観客を楽しませる」

「スケーティングで自分の個性を見せたいんだ」。

もっと見る