2018年2月6日、アイスホッケーの世界新記録が樹立された。アメリカ合衆国に拠点を置く慈善団体「The Hockey Foundation」のアダム・シャーリップ氏が率いるホッケー愛好家のグループは、インドのヒマラヤ山脈にあるラダック地方の氷の湖を仮設リンクとし、ホッケーの歴史において最も標高の高い場所(海抜4,361m)でホッケーの試合を行ったのである。
時差ぼけ、高山病、そして機材を現地に運ぶという困難な要素もあって簡単ではなかったが、彼の地を選択したことはそれほど奇妙なことではなかった。
「The Hockey Foundation」は2009年からラダックで活動しており、2018年の試合開催までに7,000個以上の用具を現地の人々に寄贈していたからだ。
そして、世界記録を樹立したその試合は、同団体が13年以上前に活動を始めて以来、この冷たい湖の上で行われてきた多くのアイスホッケーの試合のなかの1試合にすぎなかった。
オリンピアンもインドのアイスホッケー革命に協力
アイスホッケーと聞いて、真っ先にインドを思い浮かべなかったとしても誰からも咎められることはないだろう。しかし、実際にはヒマラヤ山脈のこの地域は、ウィンタースポーツの選手を育成するのに最適な環境なのである。
ヒマラヤでトレーニングを積むインドのスピードスケート選手、ヴィシュワラジ・ジャデジャは、Olympics.comの取材にこう答えている。
「ヒマラヤ山脈はインドの10の州にまたがり、ウィンタースポーツには計り知れない可能性があります。この地域には16の湖がありますが、私はまだ2ヶ所しか行ったことがありません。これらの湖は長さ100km、幅20kmほどで、完全に凍結しています」
ラダックでは、氷が溶ける前に湖で遊べるのは年に2、3ヶ月しかない。しかし、その数ヶ月間、何百人もの女性や男性、子どもたちが、NHLから提供されたスティックやパックを手に、アイスホッケーへの情熱を燃やしているのである。
彼らの情熱は、世界的に知られているアイスホッケー選手との交流にもつながっている。例えば、オリンピックに6回出場し、カナダ代表のキャプテンを務めたヘイリー・ウィッケンハイザー氏は、地域の若い女子アイスホッケー選手たちを指導するためにこの地を訪れている。
「みなさんから快く迎え入れてもらえました。一緒に氷上に立ったことや私たちの話から学んだことをとても喜んでもらいました」と、ウィッケンハイザーはOlympics.comに語った。
若い女子アスリートたちがプレーするための道具を70袋以上に詰めて持ち込んだ彼女は、トレーニングセッションに参加した人の多さに感動した。
「障がいを持った子どもたちが段ボールに乗って遊んでいて、ソリに乗せた途端に氷の上で躍動したんです」と、その週に参加した子どもたちについて語った。
しかしなぜラダックを訪れたのだろうか。彼女はこう続けた。
「ホッケーはすべての人のものだというメッセージを伝えるためです。ホッケーは、この地域で最も人気のあるスポーツで、子どもたちは学校に通っていないため、自殺や、希望のなさ、退屈さといった問題がたくさんあるのです」
気候変動の影響を訴えるアイスホッケー
ヒマラヤでアイスホッケーが行われる理由はもうひとつある。それは、気候変動が及ぼす影響を広く知ってもらうためだ。
2020年、「The Hockey Foundation」と「Ladakh Winter Sports Club」は、「Randstad India」および気候変動に関する国際連合枠組条約と共同で、気候変動がもたらす問題に光を当てるため、世界中で行われるアイスホッケーの試合の一環として「The Last Game」を開催した。
このイベントでは、NHLの殿堂入り選手であるスラバ・フェティソフ氏が率いるチーム・インドが国連チームと対戦した。また、ラダック地域のプラスチック使用を減らす目的で、8,000個の布製の袋が地域の人々に配られた。
イベントに登壇した「Randstad India」のCEOポール・デュプイ氏は、「Times of India」が周辺地域の氷河の氷が目に見えて減少していることを報じるなど、すでにラダックに影響を与えている気候変動の問題に注意を促した。
「スポーツは最高のコネクターだと思います。そして今日は、気候変動に対する意識を高めてくれるでしょう。ここラダックにいる皆さんは、気候変動の影響を受けていることを理解しています。そして、私たちは意識を高め、声を大にして、あなた方の話を世界に伝え、あなた方を支援するために行動を起こしていきます」
ヒマラヤにおけるアイスホッケーの未来
アイスホッケーはヒマラヤに根を下ろしたスポーツであり、その影響は今後何年も、何十年も続くだろう。
2008年、ラダックのチームはアブダビで開催されたアジアチャレンジカップに初めて出場。それ以来、この地域出身の選手を多く含むチームは、国際試合に出場するため広範囲に渡って活動している。そして2009年、インド代表のアイスホッケーチームは、「The Hockey Foundation」の創設者であるシャーリップ氏の助力もあり、国際舞台で戦うようになった。
2020年に開催されたケロ・インディア・ウィンターゲームズのプログラムに初めてアイスホッケーが組み込まれるなど、競技人気はさらに高まっている。
ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックを3年後に控えた今、イタリアの山岳地帯で開催されるこの大会に、インド代表チームが出場することも考えられ、代表選手として、ヒマラヤでトレーニングしている選手が選出される可能性もある。