川井梨紗子:リオデジャネイロ五輪で金メダル。それでも立ちはだかる国内の壁

川井梨紗子選手

2018年12月23日、レスリング全日本選抜選手権の最終日、女子57kg級は二人のオリンピック金メダリストによる対決となった。そして、オリンピック4連覇の伊調馨が、3年ぶり13回目の優勝を果たした。敗れた川井梨紗子も、リオデジャネイロ五輪63kg級の金メダリスト。最終的に川井は、どの階級で東京五輪を目指すのだろうか。今後、代表の座を巡る競争は激しくなり、混迷を極めると予想される。注目は高まるばかりだ。

レジェンド山本美憂に高校生で勝利。世界初、母娘での世界選手権出場を達成

川井梨紗子は1994年11月21日、石川県津幡町に3人姉妹の長女として生まれた。父の孝人は日本体育大学出身で、1989年に男子グレコローマン74kg級で学生二冠を達成。母の初江もレスリング経験者で、1989年の世界選手権代表に選ばれ、7位という成績を残した。妹の友香子もレスリング選手。2018年世界選手権62kg級で、銀メダルを獲得している。

梨紗子がレスリングを始めたキッカケは、父からジャパンキッズレスリング志賀大会に参加しないかと声を掛けられたことだった。この大会で男子に敗れた梨紗子は、悔しさから小学2年生より、金沢ジュニアレスリングクラブで練習に取り組むことになった。その後、母の初江も教室で指導をするようになる。

小学6年生のとき、川井は全国少年少女選手権大会で準優勝となった。地元の津幡中学校に通いながら、金沢ジュニアで練習量を増やしていく。そして、3年生のとき、全国中学生選手権41kg級で優勝。2010年に中学を卒業すると親元を離れて、レスリングの名門である愛知県の至学館高校に進学した。

カデット世代(16〜17歳)となった川井は、レスリング選手としての能力を着実に上げていた。2010年3月、スウェーデンで開催されたクリッパン女子国際大会のカデット49キロ級で優勝。4月のジュニアクイーンズカップ49kg級でも優勝、直後のJOCジュニアオリンピックカップで準優勝と、次々結果を残している。2年生になると、52kg級にエントリー。この階級でも、4月のジュニアクイーンズカップで優勝、8月の全国高校女子選手権で優勝、直後にハンガリーで開催された世界カデット選手権でも優勝と、同年代の選手の中では傑出した存在となっていく。

そして、高校3年生で迎えた2012年6月の全日本選抜選手権51kg級。川井は2回戦で女子レスリング界の“レジェンド”山本美憂と対戦する。山本と母は、かつてのチームメイト。世代を超えた因縁の対決に、川井は勝利を収める。準決勝では、前年の全日本選手権2位の菅原ひかりに勝利、決勝では同学年の入江ななみを破り、初優勝を果たす。その後、9月にカナダで行われる世界選手権の出場権を手中に収め、世界初の母娘での世界選手権出場を達成した。世界選手権は2回戦で敗れ、7位に終わったが、さらなる飛躍を感じさせる試合内容だった。

立ちはだかる伊調馨の壁、階級変更で金メダル

2013年、川井は至学館大学に進学すると、2016年のリオデジャネイロ五輪出場が明確な目標となった。4月のジュニアクイーンズカップ、JOCジュニアオリンピックカップ、8月の世界ジュニア選手権に55kg級で優勝。12月の全日本選手権には59kg級でエントリーするも、準決勝で伊調馨に敗れ、その後、敗者復活戦を勝ち残り、3位となった。2014年は3月のワールドカップ(団体戦)、4月のアジア選手権、8月の世界ジュニア選手権、全日本学生選手権で優勝を果たす一方で、日本一を決めるふたつの大会、6月の全日本選抜選手権と、12月の全日本選手権のいずれも、決勝で伊調に敗れている。

同じ階級で立ちはだかる伊調馨の壁。そして、五輪代表に選ばれるのは、各階級で1人だけ。リオデジャネイロ五輪の前年に、川井は63kg級への変更を決断する。6月の全日本選抜選手権。準決勝で前年の全日本選手権63kg級女王の伊藤友莉香に勝利を収め、決勝は前年の全日本選抜選手権女王の渡利璃穏から勝利を収めて、9月にアメリカで開催される世界選手権出場のキップを手に入れた。2015年の世界選手権は、各階級の上位6選手が出場枠を獲得するという、いわば、オリンピックの実質的な予選だ。川井は決勝で、ロンドン五輪銅メダルのバトチェチェグ・ソロンゾンボルド(モンゴル)に敗れたものの、リオデジャネイロ五輪出場の内定を獲得する。そして、12月には、オリンピック非階級の60kg級で全日本選手権に出場。決勝で3歳年下の妹、友香子に勝利を収めて、優勝を飾った。

2016年2月のアジア選手権63kg級で優勝。8月のリオデジャネイロ五輪に万全の状態で臨む。川井はポーランド、ラトビア、ロシア、ベラルーシの代表選手を次々と倒し、初出場ながら金メダルを獲得した。そして同年12月、全日本選手権は本来の58kg級に戻してエントリー。オリンピック4連覇を果たした伊調は参加しなかったが、優勝でオリンピックイヤーを締めくくった。

東京五輪目前で再び立ちはだかった伊調馨

2017年、大学を卒業した川井はジャパンビバレッジに入社する。この時期は伊調と吉田沙保里が不在で、川井はまさに日本女子レスリング界の顔となっていた。6月の全日本選抜選手権60kg級で優勝。63kg級代表に選出された妹の友香子とともに、8月にフランスで開催された世界選手権に出場し、ロシア、モンゴル、カナダ、スウェーデン、アメリカの代表選手を下して、初優勝を飾った。時を同じくして、東京五輪の女子レスリング新階級区分が発表された。50、53、57、62、68、76kg級の6階級。川井は本来のベストに近い57キロ級か、それとも実績を残している62kg級かの選択を迫られことになった。

2017年12月の全日本選手権、2018年3月の女子ワールドカップ(団体戦)は62kg級で出場して優勝。8月のアジア大会は3位となった。一方、2018年6月の全日本選抜選手権、10月の世界選手権では59kg級で優勝。どちらの階級でも実績を残していた川井が、2018年12月の全日本選手権にどの階級でエントリーするのか、注目が集まっていた。恐らく、そのときすでに川井の心は決まっていたのだろう。川井が選んだのは、妹の友香子がエントリーする62kgではなく、オリンピック4連覇の伊調がエントリーする57kg級だった。

いよいよ全日本選手権となり、川井は1次リーグ初戦で伊調と対戦して勝利する。伊調が日本人選手に敗れるのは17年ぶりのことだった。そして迎えた決勝戦。対戦相手は再び伊調となった。川井は第1ピリオドに1点先制。第2ピリオドも、伊調が消極的ということで1失点を喫し、2−0とリードする展開に。その後、川井はアクティビティタイムを伊調に守り切られて1点を失い、2-1で迎えた残り10秒。一瞬の隙を突かれた川井は伊調にバックを取られ、そのまま試合が終了。2点を失って逆転負けを喫する結果となった。

これで57kg級の日本代表の座には伊調が一歩近づいたことになる。優勝すれば五輪代表が内定する2019年9月の世界選手権に出場するためには、2019年6月の全日本選抜選手権で優勝する必要がある。そのとき川井は伊調のいる57kg級を選ぶのか、それとも妹と戦わなければならない62kg級を選ぶのか。再び選択肢を突き付けられることになる。

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