2016年リオデジャネイロ五輪では、6階級のうち4個の金メダルを獲得するなど、選手層の厚さは世界一ともいわれる日本の女子レスリング。2018年はコーチによるパワハラ問題ばかりがクローズアップされてしまったが、2020年東京五輪の代表選考に向けて、選手たちはそれぞれ、日夜、たゆまぬトレーニングを積んでいる。地元開催で史上最多のメダル獲得に、大きな期待がかかる。
女子はフリースタイルのみ
レスリング女子は2004年アテネ五輪で導入され、過去4大会で実施されている。男子レスリングには「フリースタイル」と「グレコローマン」の2種目があるのに対して、女子はフリースタイルのみとなっている。フリースタイルは、その名の通り、全身を使って戦う競技形式で、タックル中心に相手を転ばせ、ねじ伏せることを目指す。スピード感があふれる躍動的な展開と、バリエーション豊富なグラウンド(寝技)の攻防が、試合の見どころになる。ちなみにグレコローマンスタイルは、上半身のみの攻防戦だ。スープレックスなどのダイナミックな投げ技主体で勝負が決し、格闘技が本来持つ迫力を存分に楽しむことができる。
ルールを少しおさらいしておこう。レスリングの試合は、1ピリオド3分で2ピリオド行う(ピリオド間のインターバルは30秒)。相手の両肩を1秒間マットにつけるフォール、ポイント差が10点になるテクニカルフォール、警告3回などで失格すると勝敗が決まる。ポイントが付くのは、1)相手を場外に追い出す。2)相手の背後に回り、両手・両ひざの4点のうち3点をマットにつかせたり、相手に尻もちをつかせて、背中をマットに向けさせたりするテークダウン、3)グラウンドの攻防で、相手をデンジャーポジションに追い込む、4)グラウンドで相手の胴を絞めて1回転するローリング、5)相手を投げて、一瞬でもデンジャーポジションの体勢に追い込むようなプレーがある。
パンチ、キック、首を絞める、噛みつく、頭突き、髪の毛をつかむ、皮膚をつねる、手の指をひねる、腕を90度以上に極める関節攻撃は反則だ。
リオ五輪から6階級に
女子レスリングが導入された2004年から2012年までの3大会は4階級だったが、2016年リオデジャネイロ五輪から、50キロ級、53キロ級、57キロ級、62キロ級、68キロ級、76キロ級の6階級に増えた。2020年東京五輪でもこの区分で行われることが決まっている。
世界を席巻する圧倒的な存在感
これまでオリンピックで日本女子が獲得したメダル数は金11、銀3、銅2の計16個だ。2位の中国とカナダは金2、銀2、銅2、続くロシアは金1、銀4、銅2、アメリカは金1、銀1、銅3で、大きく引き離している。
コーチによるパワハラ問題に巻き込まれてブランクのあった伊調馨選手は、2004年アテネ五輪から2016年リオデジャネイロ五輪までの4大会で4回連続金メダルを獲得した。これはオリンピック全競技を通じて5人目という偉業だ。東京五輪で5連覇すれば、史上初の快挙となる。
「霊長類最強女子」の異名を持つ吉田沙保里選手は、女子レスリング個人で世界大会16連覇、個人戦206連勝を記録している。2012年には13大会連続世界一でギネス世界記録に認定された。オリンピックではアテネ五輪から3連覇したが、リオデジャネイロ五輪決勝でまさかの敗北、涙ながらの銀メダルで連勝記録はストップした。
メダル獲得者で引退したのは3人だけ
女子レスリングでは、オリンピックの競技種目になった2004年当時からの選手が現在も多く活躍している。メダル獲得者で引退したのは3人だけ。アテネ五輪、北京五輪で銅メダルを獲得した浜口京子選手。父親はプロレスラーのアニマル浜口さんで、「気合だー!」と叫ぶ父娘でのパフォーマンスが有名だった。このほか、伊調馨選手の姉で、アテネ五輪で金メダル、北京五輪で銀メダルを獲得した伊調千春選手。ロンドン五輪で金メダルの小原日登美選手の3人だ。
吉田沙保里を破ったヘレン・マル-リスらが立ちはだかる
日本の女子レスリングの実力は、世界でも頭一つ抜けた存在であることは間違いないだろう。しかし、伝統的にロシア、アメリカ、トルコなどが強く、キューバ、アゼルバイジャンなども成長が著しい。2020年東京五輪の女子レスリング出場枠は各階級16選手で合計96選手だ。2016年リオデジャネイロ五輪では、各階級18選手の108選手だったので、各階級で2名ずつ減らされていることになる。このため、初戦からハイレベルな試合展開になることが予想されている。
リオデジャネイロ五輪で吉田沙保里選手を破って金メダルを取ったヘレン・マルーリス(米国)やリオデジャネイロ五輪で登坂絵莉と金メダルを争い、土壇場にタックルを決められて敗れたアゼルバイジャンのマリヤ・スタドニクが日本勢に立ちはだかってくるだろう。このほか、マルワ・アムリ(チュニジア)やアイスル・チニベコワ(キルギス)とミッチェル・ファッザリ(カナダ)らも無視できない存在だ。
五輪本選よりも厳しい代表選考で火花散る
日本レスリング協会は2018年10月17日、2020年東京五輪代表選手の選考基準を発表した。それによると、東京五輪の日本代表になるためには、2019年にカザフスタンで開催される世界選手権で、メダルを獲得する必要がある。この世界選手権に出場するためには、2018年開催の天皇杯と2019年開催の明治杯、両方で優勝する必要がある。優勝者が異なる場合は、プレーオフを行い、勝者が代表選手となる。
2020年東京五輪の注目は、リオデジャネイロ五輪金メダリストの登坂絵莉、土性沙羅、川井梨沙子の3選手の連覇に期待だ。
前人未到の4連覇を達成したものの、その後、パワハラ問題に巻き込まれるなどして、長いブランクがあった伊調馨が、2018年10月の全日本女子オープンからいよいよ始動した。しかし、前回の五輪では体重を増やし、63キロ級で戦った川井梨紗子が、本来の57キロ級に戻して伊調に立ちはだかる。12月22日の全日本選手権1次リーグ初戦は、五輪覇者の伊調と川井が激突するという好カードとなり、2-1で川井が競り勝った。伊調が日本人選手に敗れるのは、対吉田沙保里戦以来で17年ぶりのこと。
そして、互いに予選を勝ち上がり、決勝で相見えた二人だったが、伊調が第2ピリオド残り10秒で川井に逆転勝ちを収め、復活の狼煙を上げた。試合後のインタビューでは「まだまだ伸びしろがある」と語り、東京五輪への挑戦に含みをもたせている。代表をかけた戦いは、今後さらにヒートアップするだろう。
気になるところは吉田沙保里だ。全日本選手権への出場を見送るなど、長く戦線から離れており、今後の吉田の動向に注目が集まる。
このほか、リオデジャネイロ2016大会に出場した代表選手たち以外にも、須﨑優衣、奥野春菜、向田真優のような2018年世界選手権で優勝した強者たちが控えている。日本代表選考は、五輪でメダルを獲得するよりも、ある意味、厳しい戦いが繰り広げられていると言えるかもしれない。各階級で一体誰が日本代表の座を獲得するのか。これからの1年、レスリングの大会から目が離せない。