中学時代に無敗記録を打ち立て、高校時代から「レスリング界の新星」との呼び声が高かった須崎優衣。2018年も安定した強さで世界の強豪をなぎ倒し、10月の世界選手権では、4試合無失点の「完全V」による金メダル獲得を達成した。最新の世界ランキングでも1位に輝き、今、2020年東京五輪での金メダル候補ナンバーワンだろう。
世界選手権「完全V」の衝撃
2018年、須崎は国内外の大会で、圧巻の「無双」ぶりを見せつけた。2月のスウェーデン・クリッパン女子国際大会50kg級、9月のスロバキア・世界ジュニア選手権大会50kg級、10月のハンガリー・世界選手権50kg級では、並み居る世界の強豪を退け続けて、いずれも優勝を果たしている。また、国内大会でも、4月のジュニアクイーンズカップ50kg級、6月の全日本選抜選手権50kg級、東日本学生選手権53kg級で優勝した。
2連覇となった世界選手権では、2016年リオデジャネイロ五輪48kg級銀メダリストのマリア・スタドニク(アゼルバイジャン)との決勝では、圧倒的な強さを見せた。開始直後からフルスロットルで攻めたてて、第1ピリオドで6ー0と圧倒。第2ピリオドも点を加えてテクニカルフォール勝ちを収める。前日の準決勝までの3試合と合わせて、4試合で相手に1ポイントも与えない完全試合という足跡を残し、世界に衝撃を与えた。
中学時代に無敗神話
須崎優衣は1999年6月30日、千葉県生まれ。身長153cmで、階級は48kg級と50kg級だ。高速タックルを得意とする。早稲田大学レスリング部出身の父の影響で、小学1年生でレスリングを始めた。小学3年生で全国チャンピオンになり、小学5年生のときに吉田沙保里選手に憧れ、オリンピックでメダルを取りたいと考えるようになった。須崎は中学2年でJOCエリートアカデミーに入る。オリンピック選手や世界選手権代表選手たちと接して大いに刺激を受けたことで、中学時代は試合で一度も負けなかった。
高校は東京の安部学院高校に進学した。同校には女子レスリング部があり、2歳年上に57kg級の向田真優、同期に55kg級の南條早映選手らがいる。プロレスラーの永島千佳世、橋本千紘選手は同校OGだ。
中学から高校1年までに積み重ねた白星は国際大会を含めて「83」を数え、世界的にも大記録となった。小学校5年生の途中から負けていないとのことで、実際には100連勝を超えているそうだ。2018年、早稲田大学スポーツ科学部に進学した。
優勝の山を築き、堂々の世界ランキング1位
高校進学後、2017年までの主な大会出場歴は以下のとおり。ほとんどが優勝だ。
〈2015年〉
・クリッパン女子国際大会(カデット46kg級)=優勝
・ジュニアクイーンズカップ(カデット46kg級)=優勝
・JOC杯ジュニアオリンピック(カデット46kg級)=優勝
・関東高校大会(46kg級)=優勝
・インターハイ(46kg級)=優勝
・世界カデット選手権(46kg級)=優勝
・全日本女子オープン選手権(高校生の部49kg級)=優勝
・全日本選手権(48kg級)=2位
〈2016年〉
・クリッパン女子国際大会(カデット49kg級)=優勝
・ジュニアクイーンズカップ(カデット49kg級)=優勝
・JOC杯ジュニアオリンピック(ジュニア48kg級)=優勝
・全日本選抜選手権(48kg級)=優勝
・インターハイ(49kg級)=優勝
・世界カデット選手権(49kg級)=優勝
・国民体育大会(53kg級)=優勝
・全日本選手権(48キロ級)=優勝
〈2017年〉
・ヤリギン国際大会(48kg級)】=優勝
・クリッパン女子国際大会(48kg級)=優勝
・ジュニアクイーンズカップ(ジュニア48kg級)=優勝
・アジア選手権=(48kg級)=優勝
・全日本選抜選手権(48kg級)=優勝
・世界選手権(48kg級)=優勝
・全日本選手権(50kg級)=3位
2018年12月時点で、50kg級の世界ランキングは1位。ベスト20に、須崎以外の日本人はいない。まさに同階級ではぶっちぎりの存在だ。
83連勝と世界6人目の世界選手権3部門チャンピオン
2018年9月の世界ジュニア選手権で優勝したことで、須崎選手は世界選手権のカデット、ジュニア、シニアの3部門で、世界一に輝いた。女子で3部門の世界一に輝いたのは、史上6人目の快挙。過去に達成した5人の選手のうち、日本人は川井梨紗子、向田真優、吉田沙保里の3選手だ。
2017年からU-23世界選手権が始まった。誰が史上初の「4部門の世界チャンピオン」になるかが注目されている。現在、須崎、向田のほかに、奥野春菜がカデット、シニア、U-23で世界一、五十嵐未帆がカデット、ジュニア、U-23で世界一となっており、4人が王手をかけている。基本的にカデットは15-17歳、ジュニアは18-20歳、シニアは18歳以上、そしてU-23は23歳以下だ。つまり、年齢制限内で確実に優勝を果たしておかないと記録は達成できない。言い換えると、15歳以降は常にトップレベルで戦っていないと無理ということになる。ちなみに須崎は、中学1年生から高校1年生までの間、世界レスリング連合ルールで、83連勝という大記録を残している。「向かうところ敵なし」といった状況だったのだろう。
因縁の連勝ストッパー
ただ、誰にでも因縁の相手というのがいる。須崎にとっての因縁の相手とは、恐らく入江ゆき(自衛隊)だ。なんといっても、須崎の83連勝記録を止めた選手だからだ。2015年の全日本女子レスリング選手権で、0-10という手も足も出ない完敗を喫した。
さらに、2017年全日本レスリング選手権では再び入江に0-10のテクニカルフォール負けとなり、2年前の同大会での敗北以来、新たに積み上げてきた連勝記録を今度は「63」で止められてしまった。
その後、2018年6月の全日本選抜選手権は、須崎が決勝で入江にフォール勝ち。ただ、前年の全日本選手権で入江が優勝していたために、世界選手権代表の座を賭けて、入江と7月にプレーオフで対戦することになった。第2ピリオド残り30秒を切った時点で、須崎は入江に3-4のリードを許していたが、入江が足を取りにきたところをかわして、渾身の片足タックルを決め、そのまま投げて、背中からマットにたたきつけるという大逆転劇勝利を収め、世界選手権代表の座を勝ち取った。
また、須崎と同じ階級には、リオデジャネイロ五輪48kg級金メダリストの登坂絵莉(東新住建)がいる。勝負の年となる2019年は、須崎、入江、登坂が東京五輪出場を賭けて激しい戦いを繰り広げるだろう。
連戦に次ぐ連勝で、世界ランキング1位にまで上り詰めた須崎優衣。現時点では向かうところ敵なしと言えそうだ。唯一の心配事と言えば、世界選手権後の強化合宿で負傷し、リハビリが間に合わず、12月22日からの全日本選手権を棄権したことだ。2020年東京五輪の出場切符は2019年世界選手権で優勝したものに与えられる。この世界選手権に出場するためには、2018年12月の全日本選手権と2019年6月の全日本選抜選手権の両方で優勝する必要がある。優勝者が異なる場合は、ふたつの大会の勝者でプレーオフを行い、世界選手権の代表を決定することになる。この階級はタレント揃い。須崎、入江、登坂はきっと見応えのあるハイレベルな試合を、私たちに見せてくれるだろう。