向翔一郎:柔道に本気になれなかった少年時代──転機は高校時代に味わった敗戦【アスリートの原点】

少年期には「講道学舎出身」というプライドが重荷に

1 執筆者 オリンピックチャンネル編集部
荒削りで奔放というウィークポイントを大舞台でも動じない勝負強さへとうまく転換し、成長を続けてきた

向翔一郎は2018年2月のグランドスラム・パリで国際舞台の初優勝、2019年8月には世界柔道選手権大会で準優勝を成し遂げ、2020年3月の全日本柔道連盟による強化委員会で柔道男子90キロの代表選手に内定した。荒削りさゆえに幾度も壁にぶつかりながらも、底抜けの明るさと負けん気の強さで道を切り開いてきた男の半生に迫る。

柔道師範の父に叱咤激励され続けた少年時代

向翔一郎は1996年2月10日に富山県高岡市で誕生した。

父の吉嗣さんが柔道指導者だったため、4歳のころから3つ上の姉の付き添いで道場に行くことが日課となっていた。実は姉の奈都美さんも抜群の身体能力の持ち主で、山梨学院大学柔道部を卒業後、一時はプロの女子格闘家として活躍している。

格闘一家で育った向だが、幼稚園生のころは気が弱く、柔道に対しても習慣的な運動として受け止め、強い興味を示したわけではなかった。父も柔道一本で育てるつもりはなく、息子の運動神経の良さを見抜き、様々なスポーツに触れさせ、同時に飲み込みの速さに驚いたという。

向が本格的に柔道に取り組むようになったのは、小学校に上がってからのことだ。一家は新潟県に移り住み、そのタイミングで父の知人のつてをたどって白根柔道連盟鳳雛(ほうすう)塾に通うこととなった。数々の名選手を送り出し、当時柔道界で注目され始めていた道場だけに連日厳しい練習が続いた。3年生ごろまでは修行のような感覚だったというが、4年生の時に団体戦で出場した全日本少年武道錬成大会の低学年の部でブロック優勝を果たし、結果が出る喜びを味わった。そのころからめきめきと力をつけ、自身でも「柔道人生の中で一番勝てた時期」と振り返ったことがあるほど周囲を圧倒する選手となっていった。

小学校卒業後は、鳳雛塾内で兄のように慕っていた先生が名門として知られる講道学舎に移ったため、その先生を追って上京し、向も講道学舎に所属することとなった。その後、富山県の雄山中学校に転校したが「講道学舎出身の選手」というプライドが捨てきれなかったという。練習にもなかなか身が入らず、結果を出せずにいた時、父のカミナリが落ちた。「余計なプライドは捨てろ」。父の吉嗣さんは反抗期を迎えた息子に正面からぶつかり、親としても柔道家としてもアドバイスを続けたのだった。

高校入学後、新人戦での敗戦が転機に

くすぶっていた向に転機が訪れたのは、父の母校である高岡第一高等学校に入学した直後のことだった。中学時代に圧勝した同級生と組み合った新人戦で、まさかの敗戦を喫してしまったのだ。そこで自分の現在地を思い知った。

さらに、2年次には幼いころから目をかけてくれていた監督が他界。何も恩返しできなかった後悔が募った。本気で取り組まなければ未来はない。ようやくエンジンがかかった向は、筋トレにも精力的に取り組み、インターハイ(全国高等学校総合体育大会)の81キロ級で5位の成績を収めた。

それでも当時は東京五輪を目指す気などほとんどなく、大学入学後はアメリカンフットボール部に入るつもりだったという。しかし日本大学の誘いを受けて同校柔道部に入部すると、金野潤監督の指導で一気に才能を開花させ、2014年から全日本ジュニア柔道体重別選手権大会で2連覇を達成。荒削りで奔放というウィークポイントを大舞台でも動じない勝負強さへとうまく転換し、浮き沈みはありながらも90キロ級を代表する選手へと成長していった。

2018年にはグランドスラムのパリと大阪の大会で優勝。2019年の東京での世界柔道選手権では準優勝を挙げ、2020年2月のグランドスラム・デュッセルドルフでは銅メダルを獲得している。

向は、オリンピックの舞台で活躍できるのは誰より強い執念を持つ選手だと分析したことがある。少なくない壁にぶつかったぶん、力強い立ち直り方も知っている。決して物怖じしないメンタルの強さを武器に、東京五輪の本番でも大暴れしてくれるに違いない。

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