萩野公介との初レースは小学3年次で、初勝利は中学2年次
瀬戸大也は競泳の男子200メートル、400メートル個人メドレーで東京五輪代表に内定している。競泳界の“怪物”イアン・ソープに憧れ、幼少期から世界の頂点をめざし続けてきた男は、銅メダルに終わったリオデジャネイロ五輪のリベンジを誓って東京五輪の舞台に立つ。
今でこそ世界トップクラスのスイマーとなった瀬戸大也だが、幼いころは「水嫌いだった」というから意外だ。風呂で髪を洗う際は、顔に水がかかっただけで嫌がったという。
両親ともに水泳経験はなく、母は“カナヅチ”だった。そんな両親のもとで、瀬戸は5歳の時に水泳を習い始めた。当初、本人がやりたがっていたのはサッカーだったが、体験に行ったサッカー教室は週に一度しか活動がなく、近くにあったプールは毎日でも行けるという理由から、母に勧められるがままに水泳教室に通い始めた。
瀬戸は上級生の練習の見よう見まねで4泳法を習得した。コーチの指導方針もあって大会に出場する時には個人メドレーに加え他の2種目にもエントリーし、4泳法を満遍なく泳げる選手をめざしていた。
その水泳に対する姿勢には幼少期から憧れるオーストラリアの“怪物”イアン・ソープの存在が大きく影響している。瀬戸が8歳の時に横浜で開かれたパンパシフィック選手権を観戦した際には、ソープやアメリカのマイケル・フェルプスらと写真を撮ったこともあるという。ジュニア時代から海外遠征でも優勝を重ねていた瀬戸は、常に世界を見据え、「オリンピックで金メダルを取る」と高らかに宣言していた。
世界の頂点をめざす瀬戸の前に立ちはだかってきたのが、同学年の萩野公介だった。初めて萩野と同じレースに出場したのは小学3年次のジュニアオリンピック。「初めて同年齢の選手に負けたので、相当悔しかった」と振り返ったことがある。その後も「天才スイマー」と呼ばれる萩野に連敗を重ね、負けず嫌いな根性が触発された。
瀬戸が萩野に初めて勝ったのは、中学2年次の400メートル個人メドレー。これ以来、互いを良きライバルとして認め合い、「2人でオリンピックに行こう」と誓った。
高校3年次に行われたロンドン五輪は、瀬戸が選考会で3位となり、萩野だけが出場権を手にした。すると萩野は、世界王者フェルプスに競り勝って3着となり、男子個人メドレーで日本人初となるメダルを獲得。身近にいたライバルが違う世界に行ってしまったような気がして、瀬戸は「悔しくて仕方がなかった」という。
しかし、瀬戸はこの挫折を見事に乗り越えた。ロンドン五輪後の9月に岐阜で行われた国民体育大会では萩野に完勝。翌2013年には世界水泳選手権の400メートル個人メドレーで初めて金メダルを手にした。
リオデジャネイロ五輪の400メートル個人メドレーでは萩野が金、瀬戸が銅メダルを獲得し、「2人でオリンピックの表彰台」という目標は達成した。だが瀬戸は、萩野に負けたままで満足する男ではない。2017年には元飛込競技選手の馬淵優佳と結婚。誰よりも喜びを分かち合いたい存在ができた。東京五輪では自分が最も輝く色のメダルを首からかける姿を思い描きながら、鍛錬を重ねている。
選手プロフィール