【アスリートの原点】渡邊雄太:小学2年でバスケ界最高峰の「NBA」を目標に。幼少期は元選手の両親のもとで猛特訓

16歳の高校2年次にバスケ男子日本代表でプレー

1 執筆者 オリンピックチャンネル編集部
高校卒業後はアメリカのジョージ・ワシントン大学へ。最終学年にはキャプテンも務めた

2018年10月、日本人2人目の「NBA」デビューを果たしたのがバスケットボール男子日本代表の渡邊雄太だ。彼がバスケの本場アメリカで活躍できている要因には、身長206センチの恵まれた体格だけに頼らず、幼少期から元バスケ選手の両親のもとで積み重ねてきた確かな技術がある。

母は日本代表のキャプテンを務め世界も体験

海を渡り、バスケットボールの本場アメリカで挑戦を続けている男がいる。男子プロバスケットボールリーグ「NBA」において史上2人目の日本人プレーヤーとなった渡邊雄太だ。

1994年10月13日に生まれた渡邊の家族は、バスケ一家。父の英幸さんは実業団の熊谷組、日本代表のキャプテンにまで上り詰めた母の久美さん(旧姓は久保田)はシャンソン化粧品、姉の夕貴さんもバスケットボール女子日本リーグWリーグのアイシン・エィ・ダブリュに所属した経歴を持っている。

渡邊は乳児期から、父母が所属するクラブチームが活動する体育館に連れられ、1歳を過ぎたころにはボールを転がして遊んでいた。そして小学1年生になると、母がコーチをしていた地元のスポーツ少年団で本格的にバスケを始めた。

小学2年生の時、渡邊は「NBAの選手になりたい」と口にした。すると、この一言がきっかけで父との特訓の日々が始まった。朝5時に起き、小学校の校庭でランニングやドリブル、あるいは電柱などに向かってシュートの練習を繰り返す日々。体力や基本技術を徹底的に身につけた。

高校卒業後にバスケの本場アメリカへ

香川県の尽誠学園高等学校に進学後、高校2年次の2011年4月に16歳ながら日本代表候補に選出され、同年8月にはウィリアム・ジョーンズカップに出場する。これらの経験が渡邊の海外志向をさらに強め、アメリカ留学を決意した。

高校卒業後の2013年9月からアメリカ・コネチカット州のセント・トーマス・モア・スクールに通い始めると、身長203センチと外国人選手にも引けを取らない体格を持った渡邊は、存分に力を発揮する。ここでの活躍がスカウトの目にとまり、NCAA1部のジョージ・ワシントン大学への進学が決まった。ジョージ・ワシントン大学では、実力が認められるとともに、最終学年にはキャプテンも任されるなど、チーム内での信頼をつかんだ。

大学卒業時、ドラフト指名を受けることはなかったものの、ブルックリン・ネッツの一員として出場したNBAサマーリーグでの活躍により、メンフィス・グリズリーズとの「2ウェイ契約」、つまり主に下部チームでプレーするが、45日間までの上限ありでNBA登録ができる契約を勝ち取る。そして2018年10月27日、フェニックス・サンズ戦の第4クォーター途中から、念願だったNBAのコートに立った。

自慢の長身は、現在206センチ。渡米前、細身だった体は、アメリカで過ごす5年間でたくましく鍛え上げられた。目前に迫った東京五輪では、バスケ最強国のアメリカで培った経験とリーダーシップを生かして、日本代表チームをけん引することが期待される。

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