1964年東京五輪で金メダルを獲得し、「東洋の魔女」として世界を驚かせた全日本女子バレーボールチーム。欧米人に体格差で劣りながら、独特の技術を生み出し、豊富な練習量を武器に、世界の強豪相手に強さを見せつけて、バレーボールを国内の人気競技に押し上げた。
1984年ロサンゼルス五輪での銅メダルを最後に、オリンピックで勝てない時代が続いたが、2012年ロンドン五輪では28年ぶりに銅メダルを獲得するなど、「火の鳥NIPPON」が飛び立つ舞台は整いつつあるようだ。現役時代、15歳で日本代表入りした天才セッター中田久美監督指揮の下、2020年東京五輪での「魔女」完全復活に大きな期待がかかる。
東洋の魔女は死なず
日本女子がこれまで獲得したメダルは金2、銀2、銅2。
バレーボールは、1964年に東京五輪を開催するにあたり、当時のオリンピック憲章の規定で、開催国が新しい競技を2つまで選ぶことができる中、東京オリンピック組織委員会が選んだ競技。女子バレーボールに関しては、オリンピック競技として初めて採用された女子団体競技となった。
「鬼の大松」こと、大松博文監督が率いる日本女子は、回転レシーブや時間差攻撃など、日本独特の戦術や技術を用いて、圧倒的な強さで、いきなり金メダルを獲得した。50年以上経った今でも、「東洋の魔女」というフレーズは多くの人たちの脳裏に残っているはずだ。1968年メキシコシティ五輪、1972年ミュンヘン五輪と、決勝でソ連に敗れて、銀メダルとなったが、翌1976年モントリオール五輪では、ソ連にリベンジを果たし、金メダルに輝いた。まさに日本女子バレーの黄金時代だった。このころは「バレーボールは日本のお家芸」と呼ばれるほどに。国内でマンガやテレビドラマ、テレビアニメでバレーボールが盛んに取り上げられ、ママさんバレーが全国でムーブメントになった。ちなみに、大松監督の著書、『おれについてこい!-私の勝負根性』は同タイトルで映画化もされている。
しかし、バレーボールが正式競技として定着すると、諸外国も強化を図り、旧ソ連や東ドイツ、ポーランド、ブルガリアなど旧来の強豪国に加え、アメリカ、キューバ、ブラジル、イタリアなどが台頭。日本は1984年ロサンゼルス大会で銅メダルを獲得したのを最後にメダル争奪戦から退き、2000年シドニー五輪では出場権すら逃してしまった。
その後、2003年2月から元全日本男子バレーボールチームでセッター経験もある柳本晶一が日本女子チームの監督に就任し、混迷していたチームの立て直しに着手。日本女子バレー復活の立役者として、2004年アテネ五輪、2008年北京五輪と2大会連続出場に導いた。そして、そのバトンは柳本の後輩で同じく全日本のセッターだった眞鍋政義に受け継がれる。眞鍋監督は、情報端末を使い、リアルタイムで戦況を分析・活用するIDバレーをいち早く導入。素早い意思決定で、プレーごとのインターバルやセット間に、選手たちに細かく指示を出し、試合を有利に進めるなど、日本バレーに新しい価値観をもたらした。そうした改革が実を結び、2012年ロンドン五輪で再び銅メダルを獲得。2016年リオデジャネイロ五輪5位という成績を残した。
時代を彩った中田久美、メグ・カナ、サオリン
全日本女子にはどのような選手がいたのだろうか。現在、監督を務めている中田久美は、15歳で代表に入り、1992年バルセロナ五輪など3大会出場を果たした。「伝説の名セッター」という名にふさわしく、スピード感あふれる中田のトス回しは、日本女子バレーの攻撃力を高め、レベル向上の原動力になった。
また、2004年アテネ五輪に出場した栗原恵と大山加奈は、2003年ワールドカップで、『19歳コンビ』として大活躍。“メグ・カナ”と呼ばれ、多くのバレーボールファンから人気を集めた。大山の高校の同級生で、ともに全日本女子のメンバーとして戦ってきた荒木絵里香は、結婚・出産を経て、2012年ロンドン五輪で代表に復帰。現在も全日本女子の精神的支柱として、世界を相手に活躍している。
2017年に惜しまれながら現役を引退、現在はテレビなどさまざまな分野で活動している木村沙織氏は、下北沢成徳高校在学中の17歳で代表に招集され、2004年アテネ五輪に出場した「スーパー女子高生」として一躍有名に。“サオリン”のニックネームで親しまれ、女子バレーでは最多となる4大会連続の五輪出場、ロンドン五輪では銅メダル獲得の原動力になった。2016年リオデジャネイロ五輪ではキャプテンとしてチームをけん引。「ポスト木村」となるエースの登場が、現在の「火の鳥NIPPON」には望まれている。
海外のライバル国
最新の世界ランキング(2018年10月21日)は1位セルビア、2位中国、3位アメリカ、4位ブラジル、5位ロシア。そして、6位にランクインしているのが日本だ。まず、東京五輪でメダルを取るためには、この5カ国の攻略が欠かせない。日本以降は、7位オランダ、8位イタリア、9位韓国、10位ドミニカ共和国と続く。
海外の注目選手としては、「イタリアの若き怪物」と呼ばれ、最高到達点344センチと女子世界ナンバーワンのジャンプ力を誇るウイングスパイカーのパオラ・エゴヌ。リオ五輪ベスト4の立役者で豪快なスパイクを打つことで知られるオランダのロンネケ・スローティエスのほか、中国の絶対的エース、朱婷(シュ・テイ)、ミドルブロッカーとしては世界最高到達点331センチを誇るアメリカのフォルケ・アキンラデウォらがいる。ロシアのナタリア・ゴンチャロワやドミニカ共和国のブレンダ・カスティージョは美人選手としても注目を集める存在だ。
粒ぞろいのメンバーをさらに鍛え上げろ
最後に「火の鳥NIPPON」の注目選手について少し触れておこう。攻守の要となるアウトサイドヒッター、また、セッター対角のオポジットとしても活躍する新鍋理沙。2012年ロンドン五輪を経験しており、安定したサーブレシーブの技術は世界でもトップクラスとされる。新鍋は2014年世界選手権後に代表を辞退。リオデジャネイロ五輪にも出場していなかったが、新鍋が所属する久光製薬スプリングスの監督だった中田が全日本の監督に就任すると、呼びかけに応じて代表復帰を果たした。師弟の信頼関係も厚く、大事な場面で中田監督が最も頼りにする選手のひとりだろう。
同じくアウトサイドヒッターで久光製薬スプリングスの長岡望悠は、2017年に左ひざ前十字靱帯断裂の大怪我を負い、約1年2カ月コートを離れたが、2018年春の公式戦で復帰。また、秋の世界選手権で2年ぶりに全日本に選出され、大事な場面で登場し、視野の広い彼女らしいプレーで試合の流れを変えて、日本に勝利をもたらすなど、活躍する長岡の姿に安心したファンも多かったはずだ。その彼女は世界選手権後にイタリア・セリエAの名門チームに移籍を発表。試合などで活躍するニュースも伝えられていたが、12月17日、試合中に前回と同じ場所を負傷し、全治8カ月の大怪我を負ってしまった。果たして長岡は東京五輪に間に合うのか、中田監督しては、かなり頭の痛い事態が発生している。
また、久光製薬スプリングスの石井優希も忘れてはならない存在だ。木村沙織に代わるエースが出てくることが、急務だが、ウイングスパイカー石井の活躍もあり、2018年12月23日に、全日本選手権(皇后杯)で優勝を果たした。高い打点からのパワフルなスパイクが武器で、昨シーズンのV・プレミアリーグMVPに輝いている。
チーム最年少の黒後愛も注目だろう。何度もあきらめずに攻撃に入り、迷わず勝負するひたむきな姿が持ち味だ。同じポジションを受け継いだことから「木村沙織2世」との呼び声も高い。ただ、連戦が続いたときの体力面での不安があるため、長丁場でもクオリティーの高いプレーが続けられるだけの基礎体力を身につける必要がありそうだ。
そして、急成長著しいNECレッドロケッツの古賀紗理那には大きな期待が寄せられている。2018年秋に日本で開催された世界選手権で、中田監督は古賀を試合で使い続けた。それはエースとして成長してほしい。計算できる選手になってほしいという願いからだろう。その期待に応えるように古賀は思い切りの良いプレーを見せた。「日の丸を背負う自覚が芽生えてきたようだ」と中田監督も古賀の成長に手応えを感じたようだ。
そして、何と言っても、精神的支柱となるのが、ママとなって全日本に戻ってきた荒木絵里香だろう。世界選手権では、ピンチの場面で登場し、相手の攻撃を読みきり、ひとりでブロックを決めるなど、悪い流れを断ち切ったり、相手の陣形をサーブで崩して、簡単に攻撃をさせなかったりと、ベテランならではのプレーを随所に見せた。彼女がいることで、チーム全体が落ち着きを取り戻す様子が見て取れた。2020年、地元開催の東京五輪で、再び「東洋の魔女」となれるかどうかは、彼女たちのプレーにかかっているのだ。