勝てば一緒に勝つし、負ければ一緒に負けるーー。
オリンピックのバイアスロン競技を観戦したことがあれば、レースのクライマックスが射撃場であることをご存知だろう。選手が射撃に入るとき、射撃場の脇にいるコーチにカメラが向けられることは多い。緊張した面持ちの彼らの姿は、バイアスロンのドラマそのものと言える。ある者は力強く拳を上げ、ある者は顔を手で覆う。このシーンでよく知られている人物といえば、アスリートとして成功を収めた後にコーチに転身したリッコ・グロスさん(51)だ。
裏方スタッフたちの奮闘を迫うシリーズ「栄光の舞台裏」では、前回のローラン・ダイノーさん(カナダ代表ショートトラック技術者)に続き、オーストリア国民にバイアスロンの魅力を伝えるべく北京オリンピックに向けて準備を進めるグロスさんの活躍を負った。
すべてはこうして始まった
東ドイツで生まれたグロスさんは40年以上もバイアスロンに携わってきた人物だが、最初に取り組んだスポーツはクロスカントリースキーだった。転機となったのは、ある日、バイアスロンのコーチであるヨルグ=ペーター・デッカートさんがチームを訪れたことにある。射撃をやってみたい人はいないかというデッカートさんの誘いに乗った彼は、射撃に挑戦。当時を振り返り「射撃は素晴らしい経験で、とても興奮しました」と語る。これを機に、バイアスロンに転向。本人曰く、「それまでの競技人生は『悪い大会ばかり』で、メダル獲得のチャンスはリレーだけだった」が、18歳で参加したバイアスロンの第1回ジュニア世界選手権でメダルを獲得し、勝利の味を知ることとなる。
ジュニア時代に師事したのは名監督クラウス・ジーヴェルトさんで、アスリートそして将来のコーチ、さらには人間として大きな影響を受けた。「彼はコーチ以上の存在でした。若い頃は、スポーツ以外のこともしたかった。例えばディスコに行ったりね。もし誰かが『練習所に遅れてきた選手がいる』と彼に報告すれば、彼はそれが私だとわかっていました。私にとって父親のような存在で、このような行動をする私でも常に見守ってくれました」。
ふたりのコーチとの出会いにより、グロスさんの才能は開花。ノルウェーの**オーレ・アイナル・ビョルンダーレンやフランスのラファエル・ポワレ**といった伝説的な選手と競い合い、オリンピックのリレー種目で4度の優勝を成し遂げ、バイアスロンの歴史に名を刻んだ。
Ricco GROSS
キャリアチェンジ
スポーツ選手としてのキャリアに終止符を打ったグロスさんは、コーチングにおける理論的知識の重要性を感じ、ケルンのコーチ教育のアカデミックプログラムに参加した。ここで得た知識と、アスリートとしての類を見ない経験が、コーチとしての彼を形作っている。「大事な大会で最後の5ショットを打つときの選手の気持ちや、レースの最初のスプリットタイムでトップから15秒遅れていると聞いたときの選手の気持ちが私にはわかります」。
平昌オリンピックを前に、グロスさんは自らの成功法則を海外に展開することを決意する。まずROC代表のヘッドコーチを務め、次に男子オーストリア代表のコーチに就任。国際的なコーチングの仕事を学びの場として捉え、「新しいことについて深く考えず、とにかくやってみること。もし他の国で働くチャンスがあるなら、学ぶことです。言語ではなく、その国の慣習や動きを学ぶこと」と語る。
一方、「(コーチとして)私の目標は、アスリートの成長を支えることです。サイモン・エーダーのシューティングタイムを見てください。以前の彼は本当に速かった。今は少し遅くなりましたが、より安定しています」と、その使命を語る。では、コーチとしての成功の秘訣はどんなものだろうか。
「最も重要なことは、信頼です。1年分のトレーニングプランを、月ごとに、週ごとに責任を持って作成します。アスリートがどのように感じているのか、疲れているかどうかを考えなければなりません。トレーニングでは難しい状況になることもあります。もし私が、ハードなトレーニングが重要だと言えば、彼らがその言葉に身を任せられるような関係性が重要です」
北京のトラックを念頭に
日々のコーチングのほか、選手の精神面での準備も怠ることはない。「選手と共にさまざまなシナリオを検討し、最適な対策を考えます。例えば、速く走るか、もう少し安全な策をとるか、最後の200mではなく2km前に勝負をかけるかといったことです」。
このプロセスはこれまで以上に重要なものとなっている。というのも、北京のトラックについて不確かな点が多いのだという。「昨年、北京でのワールドカップが行われなかったので、みんなまっさらの状況です。誰もトラックや射撃場のことを熟知していません。映像で少しは確認しましたが、実際はわかりません」。
バイアスロンのメダルがもたらすもの
北京オリンピックに向け、バイアスロン・オーストリア代表にはメダルへの期待が寄せられている。その理由は、グロスさんが代表チームに加わって以来、彼らは毎シーズン、世界選手権でメダルを獲得してきたからだ。中でも、オリンピックにおけるバイアスロンの中で比較的新しい種目の混合リレーは、最も注目される。
「バイアスロンには、男女が一緒に戦う混合リレーという面白い種目があります。昨シーズンはポクルジュカ(スロベニア)で、この種目においてメダルを獲得し、大きな成功を収めました。誰もが大きなチャンスを見出していますし、私たちはメダルを狙っています」
一方、個人種目のメダルについては、こう語る。
「私たちには、ワールドカップで最も速いスキーヤーのひとりであるユリアン・エーバーハルトがいます。彼が目標を達成すれば、大きなチャンスがあります。昨シーズン、初めて表彰台に立った若いバイアスリート、フェリックス・ライトナーもいます。ベテランのサイモン・エーダーは、クリーンショットを決めれば、すべての種目で表彰台の可能性があります。昨シーズンのリレーでは、4人目の選手としてデビッド・コマッツが選ばれました。彼は非常に集中力のある選手で、多くの可能性を秘めています」
元アスリートして、「競うのではなく、人が競うのを見る」立場でオリンピックに臨む気持ちはどんなものか。その気持ちを尋ねてみると、「競技をしていたときは、自分が勝つか負けるかだけでした。でも今は、勝てば一緒に勝つし、負ければ一緒に負ける」と答えてくれた。この言葉に、彼のコーチング哲学を知ることができる。
アルペンスキーに力を入れているオーストリアにおいて、バイアスロンでのメダル獲得は、この競技が注目を集めるために重要なこと。かつて観客を魅了したグロスさんが育成するオーストリア代表選手の北京オリンピックでの活躍により、バイアスロンはオーストリア国民のハートを撃ち抜くことだろう。