栄光の舞台裏:カナダ代表ショートトラック技術者のブレード愛

選手として、コーチとして、技術者としてオリンピックに参加すること7回。ローラン・ダイノーさんのオリンピックの旅は現在も継続中だ。

文: Marina Dmukhovskaya

オリンピックでの栄光の裏側には、たゆまぬ努力と汗、そして大きな夢がある。しかし、それは選手だけが抱くものではない。選手らが最高の状態でオリンピックに臨めるよう、休みなく働くスタッフが数多く存在する。彼らは日々アスリートの心と体の状態に気を配り、用具を整え、栄養を管理し、選手らが疲れを溜めないよう細心の注意を払う。

このシリーズ「栄光の舞台裏」では、決して表彰台に姿を表すことのないスタッフたちの奮闘に迫ってみたい。Olympics.comが最初に話を伺ったのは、ショートトラック・カナダ代表の技術者、ローラン・ダイノーさん。自身初のオリンピックには選手として出場し、後にコーチ、技術者として参加するなど、オリンピックを7度経験した人物だ。

ショートトラック技術者の役割とは?

オンラインでのインタビュー中、画面越しのダイノーさんの背後に目を向ければ、彼の仕事のことがよくわかる。壁に掲げられた元カナダ代表ショートトラックのトリコット。選手の名前が書かれていないブレードの数々。彼はブレードのカーブを見るだけで、それがどの選手のものかがわかるという。

周知の通りショートトラックは、小さなアイスリンクを高速で滑る競技だ。その速さは時速50kmにも到達する。選手の身体的なコンディション以外において、用具は非常に重要な役割を果たす。スケート靴はすべてオーダーメイドで、選手の足に合わせて正確に作られる。ブレードには2つのカーブがあり、カーブの半径の組み合わせで選手の滑りをサポートする。リンク上でのブレードの滑らかな動きが決勝レースで決定的な違いを生むーーそのことをダイノーさんは誰よりも知っている。

言うなれば、オリンピック前に技術者にブレードを託すことは、心臓を外科医に委ねるようなものだ。ダイノーさんは、アスリートとブレードの深いつながりについて語る。

「選手の中には、自分のブレードに特別な名前をつける人もいます。ここでの目標は、完璧なセットアップとフィットするブレードを持つことです。私はブレードのひとつに『ワンダーウーマン』と名付けました。自分のブレードにペットや好きな人の名前をつける選手もいます。サミュエル・ジラール(カナダ)は、彼の祖父の名前をつけました。そうすることで、用具との特別なつながりが生まれ、装着したときにポジティブな気持ちになれるのです」

オリンピックの旅、モントリオールで始まる

1976年8月1日。モントリオール冬季オリンピックの閉会式。当時7歳だったダイノーさんと彼の兄弟たちは、閉会式を祝って街中を走り回っていた。「ワクワクしていたのを覚えています。オリンピック・スピリットが好きで、いつか自分もその一員になりたいと思ったことを覚えています」。後に兄弟3人ともスポーツ界で素晴らしいキャリアを積むことになるが、彼らがそのことを知るのはまだ先のことだ。

ショートトラック競技がオリンピックの正式競技となったアルベールビル1992でダイノーさんはオリンピック出場を果たすが、それは彼が思い描いていたものとは違った。カナダ代表のコーチはチームのための「犠牲」として21歳のダイノーさんを準決勝に出場させることを決定。決勝進出に貢献したダイノーさんだったが、決勝戦は観客として観戦することとなった。カナダ代表は見事、銀メダルを獲得。しかし、ダイノーさんは決勝に出場しなかったことを理由に、大会当日にメダルを手にすることはできなかった。

「さまざまな感情が入り混じっていました。チームのことを思うととても嬉しかった。チームメイトから一緒に表彰台に上がろうと誘われたのですが、誰かに止められました。彼らは私がテレビに映ることを望んではいませんでした。精神的にとてもつらい瞬間でした」。しばらく後になって、準決勝に出場した選手にもメダルが与えられるようにルールが変更され、ダイノーさんはようやくメダルを首にかけたのだった。

アスリートからコーチへの転向

競技から引退した後、ダイノーさんはスポーツへの情熱と機械工学の勉強を合わせた道へと進む。ショートトラック技術者の仕事で最も大切なことは一体何だろうか。答えは、創造力。「さまざまなタイプの問題が発生します。問題を見つけて解決するためには、オープンマインドでなければなりません。解決方法を教えてくれる本はありません」。

アスリートからコーチに転向したダイノーさんにとって、メンタル面ではプレッシャーという違いが際立っている。「選手の競技を見るとき、自分でコントロールできることが限られてくる。コーチとして難しい点です」。

ブレードを曲げたり、ブーツを調整したり、コンサルティングをしたりといった要素が仕事の大半を占めるが、選手の滑りを見ることも重要。「リンク上での選手の滑りを注意深く見ています。問題が大きくなる前に、それを明確にしたほうがいい。『調整はうまくいっているか、見えないところで用具に問題が生じてはいないか?』と」。

ショートトラック男子1000mのサミュエル・ジラール(右端)=平昌2018
写真: 2018 Getty Images

平昌の夢

ショートトラックはスリリングな展開が期待できる競技であることは間違いない。常にブレードとブレードが接触する。実際、平昌2018の500メートル予選で、サミュエル・ジラールがスタートラインでハンガリー代表選手とブレードをぶつけてしまう。その瞬間、ダイノーさんに緊張が走る。オリンピック用に特別に用意した貴重なブレードが駄目になってしまうのを目の当たりにしたからだ。オリンピックという、とてつもないプレッシャーの中、彼は迅速にブレードを交換した。

「ブレード交換はそれほど簡単なことではありません。そして(選手が)完全に同じ感覚でいられる保証はありません。私の役割は、選手に違和感を感じさせないことです。ブレードを交換してジラールがファイナルラウンドに進出したとき、彼はまるで同じブレードで滑り、何事もなかったかのように感じられました。とても満足した瞬間です」

細部にわたるこだわり

ダイノーさんやカナダのコーチ陣は、北京2022オリンピックに向けて世界最強のチームを構築しているが、そのためには細部にまで気を配る必要がある。

「選手たちにとって良い環境を作るために、日々の些細なことが大切です。それが助けになります。選手が高いレベルのパフォーマンスを発揮することが、私たちの仕事のやりがいにつながっているのだと思います。私たちは選手と常に同じ目線に立っています。彼らが競技するとき、私たちはとても嬉しく、興奮するのです」

強豪国の技術者同士で、交流することもある。しかしその一方で、ダイノーさんは秘密にしていることもあると認め、「選手に合わせたセットアップなどは、自分と選手、スタッフだけの秘密です」と笑顔を見せる。

オリンピックで3度優勝しているシャルル・アメラン、オランダで開催された2021年ISU世界スピードスケート選手権で銀メダル2個と銅メダル1個を獲得した若き才能、コートニー・サロール、そしてオリンピックで3個のメダルを獲得しているキム・ブタンなど、有力選手を擁するカナダ勢。北京での栄光に向けトレーニングを重ねるスケーターらの負担はひとつ少ないと言えるだろう。彼らのブレードは最高の状態であることが保証されているのだから。