レオン・マルシャン「オリンピックに気後れすることはない。僕が限界を超えるための手助けになってくれる」パリ2024オリンピック

執筆者 Andrew Binner
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Leon Marchand in action for Team France at the World Championships
写真: 2023 Getty Images

パリ2024オリンピック競泳では、レオン・マルシャンの活躍が大きく期待されているが、彼は果たしてそのプレッシャーに耐えることができるだろうか。

表面的には、耐えることができるように見える。世界選手権で5個の金メダルを獲得したほどのマルシャンは、母国パリでのオリンピック出場に向けて、まれに出演するメディアでも冷静で落ち着いている印象を与えていた。

そんな22歳の彼も、今、目の前で起ころうとしているの特別なイベントが、いかにスケールの大きいものなのかについては驚きを隠せないようだ。

400m個人メドレーの世界記録保持者のマルシャンは、フランスに12年ぶりとなるオリンピック金メダルをもたらし、またフランス競泳選手として初めて複数の個人種目で金メダルを獲得する可能性がある。

「フランスに戻った時、オリンピックまであと1か月もないことに気づいて少し緊張しました」と、マルシャンはフランスのヴィシーで行われたフランス代表トレーニングキャンプ先でOlympics.comに明かした。

「しかし、トレーニングキャンプにいる間は落ち着いていて穏やかでした。オリンピックに気後れすることはありません。むしろ、それは僕が限界を超えるための手助けになってくれます。ボブ(ボウマンコーチ)と僕は1年半いっしょに取り組んできましたが、今は慌てている場合ではありません。僕たちは考えすぎないようにしています」

「僕にとって、オリンピックは原動力です。歴史を作ることは、自分自身を知る手助けになり、自分自身をもっと多くの人に知ってもらうことを意味します。例えば、多くのフランス競泳選手は、ロンドン2012男子50m自由形金メダリスト、フローラン・マナドゥ選手に影響を受けています。僕は彼のようになることを目指しているわけではありませんが、歴史は、僕自身が取り組んできた練習と、水の中で示す努力の結果として作られるものだと思っています」

レオン・マルシャンとボブ・ボウマンコーチ

マルシャンが、ボブ・ボウマン氏の指導の下、自己管理をうまく行っているのは明らかだ。

コロナ禍によるロックダウンのさなか、2人はSNSを通じて接点をもち、東京2020で初めて対面した。当時、ボウマン氏はアメリカ合衆国チームのアシスタントコーチを務めており、19歳のマルシャンは初出場となるオリンピックの400m個人メドレーで6位に入賞を果たした。

アリゾナを拠点とするボウマン氏は、マイケル・フェルプスを史上最高のアスリートのひとりに育て上げたコーチとして知られ、マルシャンがプール内外で成功するために必要なことを全て知っていた。

しかし、ボウマン氏がフェルプスの指導に直接的に関与していたのに対し、最近では独立して取り組む選手を育成する方針で指導を進めていた。

今年4月、ボウマン氏がフランスのオリンピック競泳チームのヘッドコーチに就任すると発表された。マルシャンのようなトップ選手が、予期せぬ事態にすばやく対応できるようサポートするためだ。

「トップレベルのスイマーに対して最後にすべきことは、彼らをコーチに頼らせることです」と、ボウマン氏は競泳関連サイトSwimSwamに話している。

「レオンは自分が何をすべきか、どうすべきかをよく理解しています。また、オリンピックに向けてパターン化して行う基本的なルーチンを構築しています。彼が知る必要のあることは、競技開始の時間だけです。ウォームアップ開始の時間、スイムスーツを着る時間や待機室に移動する時間、その後に何をすべきかなど、全てこちらから彼に伝えます。多くの判断を選手自らで下す必要はありません。ひとつだけ付け加えるなら、オリンピックでかなえたい目標を明確にすることが必要です。そして、その時点でそれは彼のDNAの一部になっていなければなりません」

写真: Adam Pretty/Getty Images

ボウマンコーチに加え、マルシャンはメンタルコーチのトーマス・サムット氏をチームに迎え入れた。

母国開催のオリンピックを目の前にして、多くのメディアの注目と急増する人気に直面する一方で、マルシャンは身体的にも精神的にも最高の状態を維持したかった。

「僕はトーマスと2年間いっしょに取り組んできました。彼は以前、フローラン・マナドゥ選手のコーチもしていました」とマルシャンは話した。

「今年の最大の焦点はパリ2024であり、プレッシャー、メディア、周りの人々からの期待にうまく対応しなければなりませんでした。それらはかなりインパクトが強いものばかりです。しかし、僕はそれら全てに対処する方法を学び、日々その効果を実感しています。準備は万端です」

選手の中には自分自身の過大評価に惑わされることがあるが、マルシャンはそうではなかった。

2023年の世界選手権では、彼は3個の金メダルを獲得し、400m個人メドレーでフェルプスのもっていた世界記録を15年ぶりに破った。レース後の記者会見で、フランス南西部トゥールーズ出身のマルシャンはさらなるタイム更新について語った。

彼の言葉は真実味があり、彼のライバルたちにまだ自分には余裕があることを知らしめた。

「僕の世界選手権でのレースは完璧ではありませんでした」と彼は言った。「改善できると思ったことがいくつかあり、実際に改善することができました。僕はこの2か月間、クロールに重点を置いてきました。もっと多く水をつかんで泳げるようになりました。スタートもよくなり、ターンもよくなっています」

レオン・マルシャンのパリ2024オリンピック

マルシャンはパリ2024で、200m個人メドレー、400m個人メドレー、200mバタフライ、そして200m平泳ぎの4種目に出場する予定だ。

彼にとって個人メドレーで最大のライバルになる選手は、アメリカ合衆国代表のカーソン・フォスターと、東京2020の400mメドレーで金メダルを獲得したチェイス・カリシュ、そして日本の瀬戸大也だ。

テキサス大学のフォスターは、2022年および2023年世界選手権の400m個人メドレーでマルシャンに続いて銀メダルを獲得し、同種目で今季最速タイムを記録している。

マルシャンはまた、1度のオリンピックでバタフライと平泳ぎ両方のメダルを獲得する初めての選手になる可能性がある。しかし、両種目の決勝は同じ日の夜に行われるため、スケジュール的に厳しい戦いになるかもしれない。

「僕はいつもバタフライと平泳ぎのどちらを選ぶかで悩んできました。どちらも得意なのです。オリンピックでのスケジュールはそれほど悪くありません。両種目の決勝の間には1時間半の間隔がありますから。きついですが、大きなチャレンジです。きっとできると思いますよ。スタートに立てば、その場所が僕の限界を超える手助けになってくれるはずです」とマルシャンは意気込む。

レースに勝ちたいです。オリンピック金メダルは僕の夢ですから、もちろんチャレンジします。もし勝てずに失敗に終わっても、それは僕の競技キャリアの一部に過ぎず、僕の人生を決めるものではありません。大したことではありません。しかし、オリンピックでの成功は金メダルを意味します。それは素晴らしいことです。 - レオン・マルシャン

競技会場となるパリ・ラ・デファンス・アリーナは、競技が開始されるやいなや間違いなくトリコロールのフランス国旗で埋め尽くされるだろう。

マルシャンの成長の証として、彼は自分に集中するために公の場から完全に隠れるのではなく、むしろその利点を受け入れる必要があることを知った。

「観客が与えてくれるエネルギーが僕の力になります。母国で開催されるオリンピックで、フランス国民みんなの前で競技できることは素晴らしいことです。それに感謝しないわけにはいきません。僕は普段あまり公の場に出ることが多くないので、今回はとてもすごいことになると思いますよ。もちろん、もともと僕はそういったタイプではないので慣れる必要はありました。僕は公の場に出るのがあまり得意ではありませんでした。実はこの1年半、それに取り組んできて、ようやくうまく対処できるようになりました」

「以前は、自分自身を人前であまり見せたくありませんでした。しかし、今はそれが好きになりました。これもチャレンジです。自分の道を切り開き、それが可能であることを見せたいと思っています。これは僕にとって新しいことです。オリンピックで優勝候補選手のひとりとして会場に入るのは初めてです。どんな結果になるのか、本当にワクワクしています」

母国開催のオリンピックに、しかも本命視されたアスリートとして臨むことほど、精神的に大きなプレッシャーを感じることはないだろう。 マルシャンが、母国フランスで競泳界の不朽の名声を手にするまであと数日のことかもしれない。母国からの大きな期待が重くのしかかる中、天才スイマーからのメッセージは極めて明確だ。

「チャレンジを受けて立つ!」