フランスの首都で開かれたパリ2024オリンピックの大会期間中となる7月31日、日本の陸上界ではひとりの高校生が打ち立てた新記録に衝撃が走った。
高校3年生の落合晃(おちあい・こう)は、福岡県で開かれた通称インターハイ、第77回全国高等学校陸上競技対校選手権大会の男子800m決勝において、1分44秒80という日本新記録を樹立し、高校2年時の優勝に続いて同種目での連覇を果たした。
「今日の日本記録に満足することなく、世界の強い選手と競って更にタイムを更新したい(あすリートチャンネル Instagramより)」
落合が見つめるのは、日本記録の先に待っている世界のライバルたちだ。奇しくも、来年の2025年9月には、東京で世界陸上競技選手権大会が開かれる。そして、その先には次のオリンピックとなるロサンゼルス2028も控えている。
「東京の世界陸上と、4年後のロサンゼルスオリンピックが目標かなって思います(あすリートチャンネル YouTubeより)」
選外となったパリ2024の悔しさをバネにして、急成長を遂げる陸上・中距離種目の新星が駆け抜けた足跡を辿ってみた。
閉ざされたパリ2024の道
落合は、2006年8月16日生まれの滋賀県高島市出身。小学生の頃から水泳やトライアスロン、スキーなど夏冬問わず様々なスポーツに取り組んでいた落合が陸上に専念するようになったのは、中学生になってからのことだ。
高校に進学した落合は、徐々にその頭角を現し、高校2年生の時に出場したインターハイ2023の男子800m決勝で優勝すると、1500m決勝でも6位入賞を果たし、中距離種目のニュースターとして一躍注目を浴びるようになる。
そして、高校最終学年となる2024年のオリンピックイヤーは、落合にとって飛躍の1年となった。
4月下旬、UAE・ドバイで行われた第21回U20アジア陸上競技選手権大会の日本代表として出場した落合は、800m決勝で大学生などの年上ランナーを抑えて堂々の金メダルを獲得する。さらに帰国直後の5月上旬には、陸上競技の日本グランプリシリーズの最上位グレードに認定されている第39回静岡国際陸上競技大会に出場し、落合は日本高校とU20日本の新記録タイム(1分46秒54)を打ち立てて優勝する。
その勢いのまま落合は、6月末に行われたパリ2024代表選考のラストチャンスとなる日本陸上競技選手権大会2024に出場する。予選1組から出走した落合は、大会記録となる1分45秒82をマークして全体トップで決勝に進出。そして、大雨の中行われた決勝では、落合は自身の持ち味である最初の400mからハイスピードで攻めて先頭に立ち、レースを引っ張る。高校生ランナーと同様にオリンピック出場を目指すシニア選手など後続を振り切って、最後までトップを守り抜いた落合がタイム1分46秒56で堂々の日本一に輝いた。
しかし、フィニッシュした落合は、降りしきる雨の中その場に崩れ、悔しそうな表情でグラウンドを叩きながら頭を抱えた。なぜなら、狙っていたオリンピック参加標準記録(1分44秒70)を突破することができなかったからだ。
「日本選手権という場で、シニアの選手に自分から引っ張っていって、ラストまで勝ちきれたことを素直に嬉しく思う。ただ、今年は絶対にパリ(オリンピック)に行くというのをひとつの目標にして頑張っていた。44秒70を『決勝で絶対に切る!』という思いでやっていたので、そこが叶わなかったことはずごく悔しい」
「44秒70というところは、未だに日本人で誰も行ったことのないタイム。僕が絶対に行ってやるという気持ちで、自信を持って、このスタートラインに立った。そこがうまく行けなかったところが悔しく思う」
しかし、落合はすでに、次の目標を定めていた。
「800mももちろんだが、1500m、5000mや駅伝も視野に入れて、次の目標を定めて、それに向かって頑張っていきたい」
- 日本陸上競技連盟より
日本新記録と世界3位
パリ2024代表選外となった落合の快進撃は、そのわずか1ヶ月後に始まる。
世界中がパリ2024オリンピックに熱狂していた真っ只中の裏で、7月31日に博多の森陸上競技場(福岡県福岡市)で行われたインターハイ2024で、落合は弱冠17歳(当時)にして日本記録を塗り替え、高校選手権2連覇という快挙を成し遂げた。
そして、パリ2024が閉幕した8月末、一息つく間もなく落合はペルーの首都・リマに渡り、第20回U20世界陸上競技選手権大会の日本代表として初出場を果たす。落合は予選と準決勝で次ラウンドへ進出できる通過ラインのギリギリに食い込み、日本人としてはU20カテゴリーで初となる男子800m決勝へと駒を進めた。
ファイナリスト8名による決勝では、ゴール直前までデッドヒートとなる展開。後半400mで順位を落とした落合だったが、ラストの直線で粘りの走りを見せ上位に浮上し、最初にフィニッシュしたエチオピア代表選手(General Berhanu Ayansa)とタイム差0.17秒の記録1分47秒03で3位となり、この大会でTEAM JAPAN初となる銅メダルを獲得した。
落合は、日本の弱点とされた中距離種目で世界と戦えることを証明した。
「今回はすごく良い経験ができた。3位という結果は悔しいが今回のレースは楽しんで走ることが目標だったので、すごく楽しんで走れたかなと思う」
「来年は世界陸上が東京であるのでその世界陸上(日本代表選手)に選出されるように、また東京世界陸上で結果が残せるように、努力をしていきたいと思う」
- 日本陸上競技連盟より
東京2025、そしてLA28
世界と大きな差があったミドルディスタンス種目で、その壁をぶち破り、グローバルなライジングスターとなった落合。
日本陸上競技連盟が発表したアスレティックス・アワード2024では、高校生でありながら男子800mの日本記録を樹立した才能とその将来性が評価され、落合は新人賞のひとりに選ばれた。また、大学に進学することが決まっている落合は、駅伝の参加にも意欲を示しており、中距離だけでなく長距離種目での可能性も私たちに見せてくれるかもしれない。
パリ2024の代表切符を逃した悔しさを糧にして急成長する落合は今、18年ぶりに日本開催となる東京2025世界陸上に焦点を当てている。奇しくも、東京2025世界陸上は、東京2020オリンピックの陸上競技でも使用された国立競技場が舞台となる。
あの時は、パンデミックにより無観客で行われた。あの鬱憤を晴らす時が来た。
来秋の国立競技場には、世界中から多くの人が訪れ、東京オリンピックでは実現することのできなかったフルハウスのスタジアムに、たくさんの拍手と声援が響き渡ることだろう。そして、ホームアドバンテージを活かし、日本代表が活躍する姿を期待せずにはいられない。その中にはきっと、落合が日の丸を胸に世界のライバルと肩を並べているはずだ。
そして、陸上競技のアスリートたちにとっては、東京2025から北京2027の世界陸上へと続き、次のオリンピックとなるロサンゼルス2028までのロードマップが用意されている。
落合が疾走する冒険物語は、まだ序章の「助走」なのかもしれない。