混成競技は、ヒトの基本動作となる「走」「投」「跳」の総合力を競う種目。古代オリンピックで行われ、勝者にオールラウンドな能力を持つ者として最大の称賛が寄せられた五種競技(短距離走、走幅跳、円盤投、やり投、レスリング)が起源で。近代オリンピックでも、その流れを汲んだ混成競技が実施されるなかで種目数や採点法が整備されていき、男子は十種競技、女子は七種競技という現行種目で実施されるようになった。
混成競技は「筋書きのない壮大なスケールのドラマ」
男子の十種競技、女子の七種競技とも連続する2日間で行われる。
【十種競技】
・1日目:100m、走幅跳、砲丸投、走高跳、400m
・2日目:110mハードル、円盤投、棒高跳、やり投、1500m
【七種競技】
・1日目:100mハードル、走高跳、砲丸投、200m
・2日目:走幅跳、やり投、800m
各種目の記録を得点化して、その総合得点で順位を決めていく。競技特性の異なる複数種目で、常に全力を出し続けて好結果を得るためには、高い運動能力と強靱なメンタルが必要となることから、勝者は「キング・オブ・アスリート」「クイーン・オブ・アスリート」と称えられる。
それぞれの競技者に得意種目と不得意種目があるなか、2日間にわたる長丁場で競技が進んでいくために、1種目ごとでレベルの高いパフォーマンスが飛び出すこともあれば、思いもよらない展開となることも。
大きくうねりを見せながら最終種目の1500m(男子)、800m(女子)に向かっていくさまは、「筋書きのない壮大なスケールのドラマ」といえるだろう。参加選手個々の特徴を知れば知るほど面白さが深まることも混成競技の魅力で、陸上競技の盛んなヨーロッパでは非常に人気の高い種目である。
最強男子は史上初の9100点超えを達成した世界記録保持者
男子はなんといっても2018年に、9126点の世界記録を樹立したケヴィン・マイヤー(フランス)だろう。1992年2月10日生まれのマイヤーは、17歳のときに2009年世界ユース選手権(八種競技)で優勝。翌2010年には世界ジュニア選手権(現U20世界選手権)を制すると、シニアの十種競技に取り組んで2年目の2012年に8415点をマークして、ロンドン五輪に出場(15位)、2013年世界選手権では4位に食い込んだ。
2016年リオ五輪では、当時の世界記録保持者(9045点)で圧倒的な強さを誇ったアシュトン・イートン(アメリカ)に59点差まで迫る、8834点の自己新記録で銀メダルを獲得。五輪2連覇を達成して2016年シーズンで引退したイートンの後を引き継ぐように、2017年ロンドン世界選手権で初の金メダルを獲得すると、翌2018年には史上初の9100点超えを達成し、26歳にして世界記録保持者の肩書きを手に入れてしまったのだ。
マイヤーが打ち立てた9126点の各種目の記録は、100m:10秒55(+0.3)、走幅跳:7m80(+1.2)、砲丸投:16m00、走高跳:2m05、400m:48秒42、110mH:13秒75(-1.1)、円盤投:50m54、棒高跳:5m45、やり投:71m90、1500m:4分36秒11というもの(カッコ内は風速、+が追い風、-が向かい風、単位はm/s)。
デカスリート(十種競技選手)が比較的得点を獲得するのが難しいとされる投てき種目に強く、また、跳躍種目を得意としている選手。これまで弱点としていたハードルを含むスプリント種目が向上したことにより、さらに高い水準の記録を出せるようになってきた。
どちらかというと2日目に得意種目が多いため、後半で大きくポイントを重ねていくタイプ。自身が「苦手」と認める1500mも、ここ2年ほどは4分36秒台に乗ってしまっているが、ベスト記録は4分18秒04(2012年)で、2016年リオ五輪では4分25秒49で走っている。
ここでの記録の上乗せや世界記録樹立時に向かい風1.1mという悪条件下で行われた110mHでの記録更新を考えるだけでも、まだまだたくさんの伸びしろがあるといえるだろう。2020年東京五輪、そして自国開催となる2024年パリ五輪での連覇に向けて、ライバルとなってくるのは彼自身の記録といえるかもしれない。
右代啓祐と中村明彦が日本の2枚看板
日本の男子では、2011年に日本人初の8000点突破者となり、8308点(2014年)の日本記録を持つ右代啓祐と、その後を追って2014年に8000点を超え、日本歴代2位と8180点の自己記録を持つ中村明彦の2人が、十種競技の水準を大きく引き上げるとともに、十種競技を日本における注目へと変貌させてきた。
右代は2012年・2016年と2大会連続で五輪に出場。中村は2012年は400mHで、2016年は十種競技で五輪に出場している。2014年・2018年アジア大会では、右代が2連覇、中村は2大会連続3位と、ともにメダル獲得を果たしているが、オリンピックや世界選手権で入賞を目指すには、最低でも8300点前後の記録を出す必要があり、今少しのステップアップが求められる状況だ。
この2人は、1日目の5種目と最終種目の1500mに強い中村に対して、2日目に得意種目が多い右代と、対照的なタイプであることが特徴で、これまでの2人の対決では、1日目でリードした中村を、2日目で右代が逆転し、最終種目で中村が再逆転に挑むというシーソーゲームが繰り広げられてきた。
また、十種競技における右代のやり投の最高記録(73m82、2009年)や中村の1500m(2009年)は、世界大会でもトップ水準の好記録。東京五輪でも彼らの高いパフォーマンスをぜひ目にしたい。
リオ五輪を制した若き女王が東京で連覇に挑む
女子は1988年ソウル五輪でアメリカのジャッキー・ジョイナー・カーシーがマークした7291点の世界記録が今も残っている。この記録の内訳は、100mH:12秒69(+0.8)、走高跳:1m86、砲丸投:15m80、200m:22秒56(+1.6)、走幅跳:7m27(+0.7)、やり投:45m66、800m:2分08秒51。ジョイナー・カーシーは、パフォーマンスで世界歴代上位6傑を占めており、100mHや走幅跳の単独種目でも活躍した。以降、この水準に迫る選手はまだ登場していない。
そんな中、トップランカーとして牽引してきたジェシカ・エニス・ヒル(イギリス)とブリアン・テイセン・イートン(カナダ、十種競技のアシュトン・イートンは彼女の夫である)が2016年で引退。現在は、2016年リオ五輪でこの2人を制し、21歳でオリンピックチャンピオンとなったナフィサットゥ・ティアム(ベルギー)の時代へと移っている。
ティアムは、2017年には世界歴代8位(個人では3位)となる7013点へと記録を伸ばし、ロンドン世界選手権も危なげなく優勝を果たしている。2018年にはセカンドベストの6816点にとどまったが、ティアムを脅かす存在は現れていない。184cm・69kgと体格に恵まれ、単独でも世界で戦える2m01の記録を持つ走高跳を最大の武器として跳躍・投てきに強く、大崩れしないことが強み。東京五輪では、オリンピック記録(=世界記録)に迫るパフォーマンスが見られるかもしれない。
若手選手の伸長著しい日本女子、五輪の舞台を目指す
日本の女子は、中田有紀が2004年に樹立した5962点の日本記録がまだ更新されていない状況だが、ヘンプヒル恵が2017年に日本歴代2位の5907点の学生新記録を樹立。さらに2018年には、宇都宮絵莉が4月にその時点で日本歴代3位となる5821点を、8月には山﨑有紀が5873点をマークして宇都宮を抜いて日本歴代2位に収まるなど、若手選手の活況が著しい。
五輪参加標準記録の6420点は、非常に高い壁と言わざるを得ないが、激しいトップ争いを繰り広げるなかで水準を一気に引き上げていってほしいところ。まずは日本新記録、そして日本人初の6000点突破が、そのスタート地点となることだろう。