向田真優:憧れの存在を超え、向田真優が世界の舞台で輝くために

向田真優選手

世界大会16連覇、個人戦206連勝を記録、「霊長類最強女子」の異名を持つ吉田沙保里。女子レスリングに興味がなかったとしても、彼女の名前を知らない人はいないだろう。そんな偉大な先輩の背中を追いかけ、「ポスト吉田沙保里」として期待されるのが、レスリング53kg級の向田真優だ。小学校時代からレスリングの才能を開花させ、JOCエリートアカデミーに所属、そして、名門の至学館大学に進学。2016年には、55kg級で世界ジュニア選手権と世界選手権を制覇。2017年の世界選手権は53kg級で準優勝、2018年世界選手権で優勝するなど、その勢いはとどまるところを知らない。

壮絶を極める東京五輪出場レース

2018年12月20~23日に行われた「全日本レスリング選手権」。東京五輪の予選第1ラウンドと設定されているこの大会では、熾烈な闘いが繰り広げられた。特に女子57kg級決勝は伊調馨VS川井梨紗子という金メダリスト同士の対決が実現、伊調が残り10秒で川井に逆転勝利した様子は、テレビ、新聞、インターネットなどのマスコミで何度も報じられ、目にした人も多いに違いない。

女子レスリング53kg級の向田も、この代表争いに身を置く選手のひとりだ。全日本選手権では、世界選手権で優勝をした55kg級から階級を下げて、見事に優勝を果たした。この階級では絶対女王の吉田沙保里、そして世界チャンピオンの奥野春菜らが欠場したものの、2020年東京五輪に向けて「ポスト吉田」が、出場選手候補の一番手に名乗りをあげたことは間違いないだろう。

2018年世界選手権で金4、銀1、銅2と計7個のメダルを獲得した女子レスリング。世界屈指の強豪国としての存在感を示し、五輪出場枠をめぐる国内戦は、国際大会以上に厳しい戦いが繰り広げられている。

その女子レスリング界に激震が走ったのは、2018年4月のことだった。長らく女子強化本部長を務めていた栄和人氏による「パワハラ問題」により、強化本部長を辞任したのは記憶に新しい。そして、東京五輪に向け、新たな体制でスタートを切った矢先、8月のアジア競技大会で惨敗する。世界最強軍団に不安要素が生まれた大会ではあったものの、同10月にハンガリーで開催された世界選手権に、向田は女子55kg級で出場。ザリナ・シダコワ(ベラルーシ)をテクニカルフォール勝ちで下し、2年ぶりの世界女王へと返り咲いた。いまだ日本女子レスリング界は健在だと世界にアピールした瞬間でもあった。

吉田の系譜を受け継ぐ才能

母と姉の影響で空手を習い始め、ブラジリアン柔術をしていた父の影響から、5歳でレスリングに転向。小学校時代からレスリングの才能を示し、小学2年生で三重県大会を制し、初めての金メダルを手にすると、小学校3年生から6年生まで出場した全国少年少女選手権大会で4連覇を達成。無類のレスリングセンスを持つ選手として大いに注目を集めた。向田は当時、吉田沙保里に声をかけられており、「体幹が強く、バランスもよい」とほめられている。

その実績から、中学校進学と同時に将来のメダリストを育成するJOCエリートアカデミーに入校。親元を離れて東京で生活を始めている。日本代表選手が使用するトレーニング施設で、専門的な指導を受けた彼女は、2011年全国中学校選抜選手権での優勝を機に大きく成長を遂げた。それ以降、国内外の数々の大会で、好成績を積み上げ、2016年の全日本選手権で初優勝を飾った。

そして、向田は2017年8月の世界選手権で、またひとつ強くなるきっかけを得る。決勝で向田はバネサ・カラジンスカヤ(ベラルーシ)と対戦。序盤に6-0と大きくリードしながら、その後、次々とポイントを返され、終了間際で逆転負けを喫する。2位という結果から、詰めの甘さ、精神的な未熟さが露呈した。向田は甘さを取り除くために、何かを変えなければならないと考え、オフを返上し、仲間と出掛ける前であっても、トレーニング室などで体を動かすことをルーティンにした。スタミナを強化しようと練習量を増やし、スピードをつけるために走り込んだ。その積み重ねは、間違いなく向田をレベルアップさせただろう。

また、JOCエリートアカデミーの後輩で、日本男子史上最年少金メダリストになった乙黒拓斗の活躍も、向田の励みになったようだ。中学生のころは、乙黒とも、しばしばスパーリングをしており、タックルを返されても、それでもタックルにいく。最後まで攻め切って勝ちに行く姿勢に、すごく刺激を受けたという。

低い姿勢からのタックルを得意とし、攻撃的なプレースタイルを特徴とする向田。タックルは日本レスリングの強さの象徴でもある。今後の彼女が目指すべき課題は、タックルの決定力と、失点を減らすディフェンス力の向上と言われている。

憧れの存在、吉田沙保里を超えられるか

向田真優が金メダルを狙う53kg級は、2020年東京五輪への挑戦について、まだ明言していないものの、吉田沙保里や2歳年下の世界チャンピオン奥野春菜選手など、強豪選手がひしめき合う激戦区だ。東京五輪出場をかけて、今後、さらに厳しい戦いが待っているわけだ。彼女たちを制することができなければ、東京五輪出場の夢は絶対に叶わない。

特に「霊長類最強女子」と謳われる吉田は、向田にとって大学の先輩であり、日本代表では教えを請うコーチ。そして、東京五輪出場の切符競争に参戦してきたら、圧倒的な存在感で立ちふさがる障壁になるだろう。

「2019年の世界選手権、そしてオリンピックで金メダルを取りたい」と意気込みをみせる向田。より高みへ昇りたいという強力の意志とともに、ハイレベルな国内で切磋琢磨することが、彼女の実力をさらに底上げして行くことは間違いない。偉大な先輩に迫り、果たして乗り越えることはできるのか。「ポスト吉田」と呼ばれ続けてきた21歳の若きホープは、2018年12月現在、世界ランキングは5位と実績も十分だ。東京五輪女子レスリング53kg級決勝の舞台で、向田が勝利のブザーを聞いたとき、「ポスト吉田」という向田の形容詞はなくなり、新しい女王として君臨することになるだろう。その優勝は、女子レスリング界にとって、新たな黄金時代の幕開けとなるような気がしてならない。

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