ジャマイカの中でも特に貧しい地域であるマンチェスター・パリッシュのバナナ・グラウンド出身のエレイン・トンプソン=ヘラーは、生後7ヵ月から祖母のグロリアに育てられた。家族から「走るために生まれてきた」と言われていたものの、彼女は学校で最も優れたスプリンターでなかった。2009年のジャマイカ少年少女選手権では100mで4位にとどまり、その2年後には学校の陸上競技部からも外されてしまった。しかし、MVPトラッククラブの創始者であり、シェリー=アン・フレーザー=プライスの成功の陰の立役者でもあるスティーブン・フランシスに才能を見出された。キングストンにある工科大学の奨学金を得て、トンプソン=ヘラーは家族が信じていたスプリンターとしての道を歩み始めた。
フランシスのおかげで、トンプソン=ヘラーは正しい道を歩むことができたと語っている。「陸上競技の大会に出てもあまり良い成績を残せなかったのですが、彼がやる気を起こさせてくれる言葉をかけてくれて、私の人生を変えてくれました。具体的に何を言われたかは言えませんが、『もう高校生ではないのだから、もっと真剣に物事に取り組まなければならない』、『今は大きな女の子たちと一緒に走っているのだということを自覚しなければならない』というようなことを言われました。それが私の背中を押してくれたのです」。身長1.67m、体重57kgのトンプソン=ヘラーは、2013年から徐々にタイムを縮めていき、2年後には100mで11秒台、200mで22秒台を記録している。
世界選手権準優勝
ジャマイカの4×100mリレーチームのメンバーとして、2013年の中米カリブ選手権(モレリア)と2014年の英連邦競技大会(グラスゴー)で金メダルを獲得したトンプソン=ヘラーは、2015年IAAF世界選手権(北京)のジャマイカ代表選考会で、200mで見事な優勝を果たした。そのパフォーマンスを裏付けるように、鳥の巣で史上5番目に速いタイムである21.66秒を記録。残念ながら、ダフネ・シッパーズ(オランダ)が4番目に速い21.63秒を記録し、金メダルを取れなかった。しかし、北京では4×100mリレーで初の世界タイトルを獲得。その後、2016年3月にポートランド(アメリカ)で開催された世界インドア選手権で、トンプソン=ヘラーは7.06秒を叩き出して60mの銅メダルを獲得した。
ブラジルへの道
ジャマイカのスプリント界新星は、その勢いのまま、同年7月にキングストンで行われたリオ2016代表選考会で100mを10.70秒で走り、同年の最速タイム、歴代4位の速さを記録した。トンプソン=ヘラーは、太ももを痛めて200m決勝を棄権したが、すでにオリンピック予選のタイムを達成しており、リオに出場する代表に選ばれた。
新たなスプリントスターの誕生
リオのオリンピックスタジアムで行われた100mの予選と準決勝を順調に通過したトンプソン=ヘラーは、決勝では4番レーンに並んだ。アメリカのトリ・ボウイが0.112秒のリアクションタイムでスタートしたものの、60m過ぎから先頭に立ち、後続を引き離して10.71秒のタイムでボウイとディフェンディングチャンピオンのフレーザー=プライスを抑えて金メダルを獲得した。リオの観衆の喝采を浴びた後、才能豊かなトンプソン=ヘラーはこう語った。「ラインを越えて、ちらりと横を見て、自分が先頭にいると確認したとき、どうやって喜べばいいのかわかりませんでした。もちろん、若い頃はシェリー=アン・フレーザー=プライスをよく見ていましたし、ロンドン2012での彼女も覚えています。私はジャマイカでも特に知られていない場所の出身ですが、そのことを誇りに思っています」。この金メダルは、トンプソン=ヘラーにとってほんの始まりにしか過ぎなかった。
伝説のダブル
トンプソン=ヘラーは、数日後に行われた200m準決勝第1レースで、シッパーズとのライバル関係を改めて認識する。決勝は6番レーンで行われ、トンプソン=ヘラーは見事なスタートを切ってトップでカーブを抜けていった。ライバルのオランダ人選手が懸命に差を縮めようとするも、100m新チャンピオンは21.78秒を記録し、コンマ1秒差で勝利を収めた。この結果を信じられなかった彼女は、トラックに仰向けになって、結果が大画面に映し出されるのを待った。結果が出ると、彼女は飛び上がって喜びの声を上げた。
28年ぶりにオリンピックのスプリント競技で2冠を達成したトンプソン=ヘラーは、レース後にこう語った。「今回のオリンピックでは、できるだけスムーズに走りたいと思っていました。代表選考会ではハムストリングを痛めてしまいましたが、ケガに負けませんでした。できる限りの治療を受け、それほど状態が悪くなかったことも影響しています。辛いトレーニングの日々もありましたが、私は戦士です。私は内面が強く、ハードなトレーニングをこなしてきました。最高の気分です。すべてが報われました」。その後、彼女は4×100mリレーで大会3つ目のメダルを獲得。チームメートのクリスティアナ・ウィリアムズ、ヴェロニカ・キャンベル・ブラウン、フレーザー=プライスとともに、アメリカが優勝したレースで銀メダルを獲得した。これまでの努力が報われたトンプソン=ヘラーには、輝かしいキャリアが待っている。
東京の夢
東京2020前、ケガをしていたトンプソン=ヘラーはあまり期待されていなかった。その分、東京での彼女の活躍は注目に値するものとなった。トンプソン=ヘラーは、シェリー=アン-フレーザー=プライスとシェリカ・ジャクソンがそれぞれ2位と3位になったオール・ジャマイカの表彰台で100mのタイトルを守ることに成功。彼女の10.61秒というタイムは、ジャマイカのナショナルレコードと33年前のオリンピックレコードの両方を更新するほどの記録だ。続く200mでは、大会2個目の金メダルを獲得し、ブリアンナ・ウィリアムズ、フレーザー=プライス、ジャクソンとのチームで4×100mのオリンピックタイトルを獲得した。