乙黒圭祐:レスリング一色の家庭で培った諦めない力と、弟の拓斗と磨き上げた技術【アスリートの原点】

「兄弟で東京五輪出場」の夢を実現

1 執筆者 オリンピックチャンネル編集部
乙黒圭祐(右)は中学生のころに大学生と一緒にトレーニングに励み、実力をつけた

2020年3月、男子レスリングフリースタイル74キロ級の東京五輪代表決定プレーオフで奥井眞生(まお)に勝利。乙黒圭祐が、東京五輪出場内定を決めた。同65キロ代表の弟、拓斗とともに見据えるのはオリンピックの金メダルだ。父の熱血指導で芽生えた競技への情熱、弟との強固な信頼関係に焦点を当てる。

常にレスリングシューズを履いていた小学校時代

乙黒圭祐は、1996年11月16日に山梨県笛吹市で生を受けた。圭祐が2歳下の弟、拓斗とともに競技を始めるキッカケをつくったのは、レスリング経験者の父、正也さんだった。正也さんは高校時代にレスリング部に所属し、社会人になってからも選手として活躍していたこともあり、息子たちを指導したいという気持ちが強まっていた。

しかし圭祐も拓斗も、すんなりと競技を始めたわけではない。正也さんは圭祐が4歳の頃、初めて声を掛けてみたものの、首を縦に振らせることはできなかったと振り返る。圭祐はサッカーに打ち込むことになるが、父は諦めきれず、しつこく誘った。「レスリングをやれば足腰が強くなるし、サッカーで当たり負けしなくなる」。父の熱心な勧誘が功を奏し、圭祐はレスリングを始めるようになった。

圭祐は地元の山梨ジュニアレスリングクラブに入団。同クラブの練習は土日だけだったが、それだけでは足りないと判断した父は、自宅での熱血指導が始めた。和室をレスリング専用ルームに改造し、風呂場と布団以外では常にレスリングシューズを履いて過ごす日々。その日のメニューをこなすまで練習は終わらない。そして気が緩んでいる場面が少しでもあれば、最初からやり直し。恒例だった家族旅行もいつしか全て大会の遠征へと変わり、レスリングでつながる一家となっていった。

圭祐が中学校に上がると、対戦相手を求め、小学校5年生の拓斗とともに山梨学院大学レスリング部の練習に参加。すると同部の高田裕司監督からJOC(日本オリンピック委員会)エリートアカデミーへの入学を勧められ、圭祐は中学2年から一人上京することとなった。

常に刺激を与えてくれる2歳下の弟、拓斗の存在

父との猛練習の日々は「正直やらされている感じだった」と振り返る圭祐。だが、父との猛特訓は圭祐の原動力となり、諦めない力を育んでいた。「あの頃のきつい練習と比べたら大したことはない」と思うことで、何度も立ち上がれた。

中学時代は親元を離れた寂しさも振り払い、トレーニングに打ち込んだ。2009年から全日本中学生選手権で3年連続の準優勝。帝京高校進学後は1年次の2012年にインターハイ(全国高等学校総合体育大会)の50キロ級で頂点に立つと、2013年にはジュニアオリンピックカデットの部54キロ級で優勝、世界カデット選手権で5位入賞を果たすなど、国際舞台でも経験を積んでいく。

帝京高卒業後は地元に戻って山梨学院大学に進む。兄を追い、JOCエリートアカデミー、帝京高、そして山梨学院大に進んだ拓斗と、再び故郷の山梨で汗を流すようになる。圭祐にとって拓斗は、一番身近で刺激を与えてくれる存在だ。弟の拓斗も「目標であり、先輩であり、そしていい兄でもある」と信頼を寄せる。2018年の世界選手権には兄弟そろって出場。東京五輪を目指す過程でも、先に内定を決めていた弟の存在が大きなパワーを与えてくれた。

70キロ級から74キロ級への階級変更に適応できず苦しんだ時期もあったが、2019年から所属する自衛隊体育学校で3人のメダリスト、ロンドン五輪の男子フリースタイル66キロ級で金メダルを獲得した米満達弘コーチ、銅55キロ級で銅メダルの湯元進一コーチ、そしてアテネ五輪同60キロ級で銅メダルの井上謙二監督から指導を受け、得意の組手のうまさやスピードに磨きをかけて東京五輪出場内定を勝ち取った。自身のインスタグラムには、幼い圭祐が腹ばいになっている拓斗に技をかけている写真が投稿されている。レスリングの魅力にひかれた兄弟が見つめる先は、表彰台の頂点だ。

選手プロフィール

  • 乙黒圭祐(おとぐろ・けいすけ)
  • 男子レスリング フリースタイル 74キロ級選手
  • 生年月日:1996年11月16日
  • 出身地:山梨県笛吹市
  • 身長/体重:176センチ/74キロ
  • 出身:石和南小(山梨)→石和中(山梨)→稲付中(東京)→帝京高(東京)→山梨学院大(山梨)
  • 所属:自衛隊
  • オリンピックの経験:なし
  • インスタグラム(Instagram):KeisukeOtoguro(@otosuke_16)

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