カルロス・アルカラスという10代のテニスプレーヤーが、米カリフォルニア州インディアンウェルズで行われたATP1000の大会のアウトサイドコートで注目を浴びていたのは、わずか1年ほど前のことである。
2022年3月のインディアンウェルズで、まだ知名度の低かったアルカラスが初戦を戦ったのは、スタジアム3という2,000席ほどの仮設席が設けれたコートだった。そこは選手が観客をかき分けてコートに入るといった具合に、プレーヤーとファンの距離が近く、選手を間近に見られるコートとしてファンの間では知られていた。
そのコートで当時18歳だったスペイン出身の彼は観客を魅了した。特に、ウィンブルドン準優勝進出経験のあるロベルト・バウティスタ・アグート(スペイン)と対戦した2回戦では、当時世界ランキング15位だった彼を6-2、6-0で撃破。「すごい、彼は本物だ」という声が会場に響き渡った。
それ以来、彼の戦いの舞台は大きな会場へと移行した。
その数日後、アルカラスはインディアンウェルズの準決勝でスペイン人のラファエル・ナダルと対戦した。試合では激しいラリーの応酬が繰り広げられ、3時間12分に及んだ3セットマッチの末に1-2でナダルが生き残ったのである。
その月の下旬には、アルカラスはマイアミ・マスターズで優勝し、その後、世界のトップ10入りを果たすことになる。
マイアミでノルウェー出身のキャスパー・ルードに勝利したアルカラスは、試合後、「苦労が報われた。僕の夢、ハードワーク、トレーニング、トラブル、すべてがその瞬間に僕の脳裏に浮かんだ」と興奮気味に取材陣に語った。
アルカラスが次に手にしたのは、さらなる夢だった。
2022年にはこのほかに3大会で優勝し、全米オープンではグランドスラム初優勝を飾った。そして驚くべきことに、世界ランキング1位へと上り詰め、ATP史上最年少かつ史上初めて10代で1位に輝くという偉業を成し遂げたのである。
そんなアルカラスは、これからどこへ向かっていくのだろうか。そして、彼を最高のテニスプレーヤーへと成長させるものは一体何なのだろうか。
アルカラスはナダルの後継者なのか?
この質問は、アルカラスが10代のスーパースターとして人気を高めるにつれて多くの人が投げかけてきたものだが、その答えはシンプルに「ノー」だ。
アルカラスのプレースタイルは、男子テニスの「ビッグ3」を組み合わせたような恐るべきものだ。それは、ナダルの闘争心と粘り強さ(そしてクレイコートでのパワー)、ノバク・ジョコビッチのスピードと安定感、そしてロジャー・フェデラーの激しい攻防力を組み合わせたものである。
数年後にアルカラスの最大のライバルに成長するとみられているイタリアの新鋭ヤニック・シナーは、「現在、彼は世界最高の選手だ。(2022年のマドリッド・オープンで)ラファとノバクを破ったんだからね。誰もが自分の道を歩んでいるけど、彼はとても速く(ランキングを)駆け上がっている」と語る。
身長183cmでがっしりとしたアルカラスは、抜群のテニス体格を持っているといえるだろう。長身かつ強靭でありながら、動きは軽快で、瞬発力もある。
元世界ランキング1位のアンディ・ロディックは昨年末、「彼はテニス界にもたらされた素晴らしい才能だ」とテニスチャンネルでアルカラスを褒め称えると、同じく元世界ランキング1位で、グランドスラム優勝経験のあるジム・クーリエは、「彼がこれほど早く、これほどの選手になるとは思ってもみなかった」と付け加えた。
クーリエは、アルカラスが四大大会で初優勝を果たしたことに関して、「全米オープンではすべてがうまくいった。アルカラスの戦いぶりは大舞台でも対応できるものだ。10年後、15年後、彼のキャリアを振り返ったときに、どんなことが語られているか楽しみでならないよ」と若きスターを評した。
フアン・カルロス・フェレーロの存在
しかし、アルカラスの未来に目を向けるには、彼がこの場所にたどり着くのをサポートした人物に注目する必要があるだろう。それは、元世界ランキング1位で、四大大会で優勝したフアン・カルロス・フェレーロだ。
2012年の引退にコーチとして活躍するフェレーロは、2017年から2018年の数ヶ月間、後にオリンピック金メダリストとなるアレクサンダー・ズベレフについた後、彼はまったく別のプロジェクトに着手した。当時15歳だった新進気鋭のプレーヤー、アルカラスだ。
王者からコーチに転身したフェレーロの目に、何が映ったのだろうか。それは重要な局面へのこだわりだ。
フェレーロはニューヨーク・タイムズ紙のインタビューで「カルロスを特別な存在にしているのは、この点だ。多くのプレーヤーは競争することが好きだが、試合の重要な局面を楽しんでいるプレーヤーはそれほど多くない。カルロスがそうであることは、将来にとって非常に良い兆候だと思う」と語った。
アルカラスにとって特別なことは、フェレーロという良き師を得たことである。彼はテニスコーチというだけでなく、友人、親友、助言者のような存在でもある。
アルカラスは昨年、「フアン・カルロスは、僕にとってとても重要な存在だ。プロフェッショナルな面でも、個人的な面でも......。彼は色々な面で僕を助けてくれた。一緒にいるときは、人生のこと、テニスのこと、サッカーのことも、あらゆることについて話すんだ。フアン・カルロスはコーチであり、友人。だから、彼とは私生活のことでも何でも話しているんだ」と語った。
あらゆるコートに対応するアルカラス
スペインの選手たちが得意とするコートといえば、彼らが育った赤土を思い浮かべる人も多いだろう。ナダルやフェレーロのほか、全仏オープンでの優勝経験を持つカルロス・モヤ、そして今回のアルカラスがクレーコートで活躍してきた。
2020年2月、当時16歳だったアルカラスはATPツアーレベルの試合で初勝利を飾った。それはリオデジャネイロのクレーコートでの出来事で、その16ヶ月後、クロアチアのウマグでも優勝。同じくクレーコートだった。
しかし、彼が世界のトップに躍り出たのは、冒頭で触れたインディアンウェルズでの準決勝とマイアミでの優勝で、これらはハードコートでのことだ。そしてその半年後には、同じくハードコートで行われる全米オープンで優勝し、テニス界全体を驚かせた。
クレーコートとハードコートについて、アルカラス自身は「どちらのサーフェスでも快適にプレーできる」と語っている。
テニスの大会の中で最も知名度の高いウィンブルドンは、芝という別のサーフェスで開催される。滑りやすく、バウンドが低くなりがちな芝でのアルカラスの経験は浅く、昨年、彼の周りでは疑問の声が渦巻いた。
しかし彼は4回戦へと駒を進め、シナーを相手に力強いプレーを見せた。4セットの末に敗退を喫したが、それは彼にとって「敗北」ではなく「経験」と言えるだろう。
シナーに敗れた後、アルカラスは「ウィンブルドンでプレーして多くを経験したから、自分は芝で素晴らしい選手になれると思う」と語った。
どのようなコートであれ、彼が活躍を続けることは間違いないだろう。テニス界は今、彼が偉大なプレーヤーであることを認識している。カルロス・アルカラスは今後、その言葉をどう定義していくのだろうか。