男子100メートルの背泳ぎは過去に表彰台を独占した歴史を持つ。1988年ソウル五輪では鈴木大地が金メダルに輝いた。ベテランの入江陵介は東京五輪で彼らに続けるか。女子は中村礼子や寺川綾、萩原智子らの時代から酒井夏海、小西杏奈、赤瀬紗也香ら若手の時代へ。一時の低迷期から脱却しつつある。
過去には表彰台独占。鈴木大地から入江陵介へ
日本はかつて、男子100メートル背泳ぎで大快挙を成し遂げたことがある。1932年ロサンゼルス五輪で、清川正二が金メダル、入江稔夫が銀メダル、河津憲太郎が銅メダルと、表彰台を独占した。当時、清川は19歳、入江は20歳、河津は17歳。この若い3人で、オリンピック史上初となる日本人のメダル独占が達成された。
1936年ベルリン五輪で清川が銅メダルを獲得して以来、日本は男子100メートル背泳ぎではメダルから遠ざかっていたが、その流れを断ち切ったのが1988年ソウル五輪の鈴木大地だ。決勝で見せたのは「秘策」のバサロスタート。潜水したまま水面の抵抗を避ける泳法による距離延長が功を奏し、予選で世界記録を更新していたライバルのデビッド・バーコフ(アメリカ)を制して金メダルを獲得した。表彰式で鈴木に金メダルを贈呈したのは、当時、国際オリンピック委員会(IOC)で委員を務めていた清川だった。
清川、鈴木と2人の金メダリストが誕生した日本の男子背泳ぎ。東京五輪で史上3人目の快挙が期待されるのは入江陵介だろう。
入江は2008年北京五輪でオリンピック初出場を果たし、男子200メートル背泳ぎで5位に食い込んだ。続く2012年ロンドン五輪では男子100メートル背泳ぎで銅メダル、男子200メートル背泳ぎで銀メダルを獲得した。
だが、2016年リオデジャネイロ五輪ではいずれの種目もメダルを逃してしまう。レース後には「自分は賞味期限が切れた人間なのかなと思ったりもした」と弱気な一面を見せ、引退の可能性も報じられた。それでも、2017年に単身アメリカのノースカロライナ州に練習拠点を移してからは復活の兆しを見せている。2018年8月に行われたパンパシフィック水泳選手権大会では100メートルと200メートルの背泳ぎで銀メダルを獲得しており、東京五輪出場が有力視されている。
2020年の東京五輪が開会する時、入江は30歳になっている。北島康介は30歳まで約1カ月の時にロンドン五輪の4×100メートルメドレーリレーで銀メダルを首にかけ、松田丈志は32歳でリオデジャネイロ五輪男子4×200メートルリレーの銅メダル獲得に貢献した。入江が30歳でメダルを手にしても、何の不思議もない。
酒井夏海、小西杏奈、赤瀬紗也香が新たに牽引
女子は1960年ローマ五輪の100メートル背泳ぎにおいて、田中聡子が銅メダルを獲得。その後、40年にわたって表彰台から遠ざかっていたが、2000年シドニー五輪の100メートル背泳ぎで中村真衣が銀メダル、200メートル背泳ぎで中尾美樹が銅メダルを獲得と、2人のメダリストが誕生した。
2004年アテネ五輪と2008年北京五輪では中村礼子が200メートル背泳ぎで2大会連続銅メダルを獲得し、2012年ロンドン五輪では寺川綾が100メートル背泳ぎで銅メダルを手にしている。彼女たちに近い世代には稲田法子や萩原智子、伊藤華英といった有力選手が多く、激しいライバル争いを演じてきた。日本の女子背泳ぎは世界レベルの実力と選手層を備える種目といえる。
2013年に寺川が引退したあと、わずかの間、低迷期が続いたのは確かだ。ただし、ライバル争いは現在、酒井夏海、小西杏奈、赤瀬紗也香の3人に受け継がれ、再び全体のレベルが上がりつつある。
酒井はわずか15歳、中学3年生でリオデジャネイロ五輪に出場した有望株だ。この時は100メートル、200メートルとも予選敗退となったが、その後は成長を見せ、世界と互角に渡り合える実力を身につけつつある。小西は身長159センチと小柄だがパワフルな泳ぎが特徴的な選手で、背中を伸ばして構える独特の姿勢でスタートを切るため、レースの時はすぐに見分けがつく。赤瀬はしばらく伸び悩んでいたものの、今年5月のジャパンオープン2018の100メートルで4年ぶりに自己ベストを更新するなど、復調しつつある。
酒井は19歳、小西は24歳、赤瀬は25歳で東京五輪を迎える。この若い3人で切磋琢磨し合い、いい流れで東京五輪に臨めれば、メダル獲得も見えてくる。
女子ではキャスリーン・ベイカーらがライバルに
競泳は連覇が難しい種目だと言われている。一方、女子の200メートルではクリスティーナ・エゲルセギ(ハンガリー)が1988年ソウル五輪、1992年バルセロナ五輪、1996年アトランタ五輪と3連覇を達成した。ソウル五輪出場時はわずか14歳で、この時は100メートル背泳ぎでも銀メダルを獲得。バルセロナ五輪では100メートル、400メートル個人メドレーも制し、3冠に輝いている。
2004年アテネ五輪と2008年北京五輪では、100メートルでナタリー・コーグリン(アメリカ)が、200メートルではカースティ・コベントリー(ジンバブエ)が連覇を達成している。コーグリンは女子100メートルで史上初めて1分を切ったスイマーであり、北京五輪では個人、団体合わせて6つものメダルを獲得している。コベントリーは100メートルでも2大会連続で銀メダルを獲得しており、北京五輪の200メートル決勝では当時の世界記録となる2分5秒24で泳いで連覇に花を添えた。コベントリーは2018年2月に国際オリンピック委員会の理事に選出されている。
200メートルは2012年ロンドン五輪でも世界記録が更新されている。当時17歳だったメリッサ・フランクリン(アメリカ)が決勝で2分04秒06の記録をたたき出し、金メダルを獲得。リオデジャネイロ五輪でもこの記録は破られていない。また、100メートルは2018年7月、キャスリーン・ベイカー(アメリカ)が58秒00の世界記録を打ち立てた。彼女はクローン病という難病と戦いながら競技を続けており、リオデジャネイロ五輪でも同種目で銀メダルを獲得。フランクリン、ベイカーともに東京五輪出場をめざしており、日本勢の強力なライバルになり得る選手だ。
その他、前世界記録保持者であるカイリー・マス(カナダ)や、2018年2月に16歳になったばかりの新鋭レーガン・スミス(アメリカ)もメダル候補に名前が挙がる。日本国内のみならず、世界を見ても非常にハイレベルな戦いが繰り広げられている。
東京アクアティクスセンターでの熱戦に期待
2020年東京五輪における競泳は、東京都江東区の辰巳の森海浜公園に新設される「東京アクアティクスセンター(オリンピックアクアティクスセンター)」にて、7月25日(土)から8月2日(日)の日程で実施される。
背泳ぎに関しては7月26日(日)に男女100メートル予選、27日(月)に準決勝、28日(火)に決勝が行われる。翌29日(水)には男子200メートル予選が始まり、30日(木)には男子200メートル準決勝と女子200メートル予選、31日(金)には男子200メートル決勝と女子200メートル準決勝、8月1日(土)に女子200メートル決勝が行われる。
男女合計4種目で、日本勢はいくつのメダルを獲得できるだろうか。東京アクアティクスセンターでの熱戦が大きな盛り上がりを生み出すのは間違いない。