古来より狩猟のために発達した弓矢が、16世紀にスポーツとして確立されたアーチェリー。日本に入ったのは戦後しばらくたってからだ。スポーツの中では歴史の浅い競技ということになるだろう。矢が飛ぶ速度は、時速200kmを超え、その衝撃力は厚さ5ミリの鉄板を打ち抜くほどだ。70m先にある音楽CD盤ほどの大きさしかない的の中心を、正確に射抜く選手たちの技術に、観戦者は圧倒される。2020年東京五輪では、男女それぞれ3つの開催国枠が用意されたので、日本人選手たちが活躍する姿を多く見られそうだ。
70M先の小さな的を狙うデリケートな競技
アーチェリーは、70m先にある直径122cmの円形の標的を狙って弓で矢を放ち、的に刺さった矢の点数を競う競技だ。的の中心になるほど点数が高いので、選手たちは、矢を遠くまで飛ばすだけの強靱な肉体と、正確に一点を狙うだけの技術が求められるのはもちろんのこと、ゴルフや射撃のように、わずかな雑念が手元の狂いを生じさせる非常にデリケートな競技だけに、集中力とメンタルの強さが大切になる。
日本では、屋外の平坦な射場で行うターゲットアーチェリー、森や山などで行われるフィールドアーチェリー、室内で行われるインドアアーチェリーの3種類が行われている。オリンピック競技は、このうちのターゲットアーチェリーだ。
オリンピックにアーチェリーが採用されたのは1900年パリ五輪。競技が行われたのは、1920年のアントワープ五輪まで。1924年のパリ五輪で除外され、約50年後の1972年ミュンヘン五輪で再び正式競技になった。そして、1988年ソウル五輪から団体戦も追加された。
みなぎる緊張感と広がる爽快感
所定の位置に立ち、矢をつがえ、弦を引き、狙いを定めて矢を放つ。選手はこの一連の動作に、平常心で臨み、集中力を最大に高め、微妙な風向きを読むことが求められる。針が落ちる音すら聞こえてきそうなほどに張り詰めた空気が、競技場を包むのは、選手たちの心身の緊張のせいだろう。そんな空気を切り裂き、矢が吸い込まれるように的に刺さった瞬間、見ている側にも大きな爽快感がこみ上げてくる。これがアーチェリーの最大の魅力であり、見どころといえるだろう。
標的の中心に当たれば10点で、中心から外側に向かって10の同心円が等間隔で引かれており、外に向かって1点ずつ点数は小さくなる。70m先に矢を飛ばすだけでなく、針の穴を通すような高度な技に、誰もが圧倒されるだろう。
五輪アーチェリーのルール
出場選手数は男女それぞれ64人。予選はランキングラウンドとも呼ばれ、トーナメントのランキングを決めるために行われる。1人が72射を放ち、720点満点での合計得点でトーナメントでの対戦相手が決まる。男子、女子それぞれの個人戦、団体戦と、男女がペアで戦うミックス戦がある。
個人戦
ランキングラウンドで決まった順位によりトーナメントを行う。1セットは3射で、20秒の制限時間内に交互に射って、それを最大5セット行う。各セットで得点の高い選手が2セットポイント、同点の場合はともに1セットポイントを獲得し、先に6セットポイントを取った選手が勝ちとなる。5セットを終了時点で5対5の同点の場合は「シュートオフ」となり、1射を放ち、より中心に近い選手の勝利となる。
団体戦
ランキングラウンドでのチーム3名の個人得点の合計が団体の得点となり、その順位で1対1のトーナメント戦を行う。1セットは6射(各選手2射×3名)で行い、チーム単位で交互に射つ。1セットの制限時間は120秒で最大4セット行う。勝敗の決め方は個人戦と同様だ。団体戦のシュートオフは3名がそれぞれ放った合計得点で競う。合計得点が同じ場合は、より中心に近い(10点が多い)チームの勝ちとなる。
混合戦(ミックス)
男女各1名ずつのペアによる団体戦になる。ランキングラウンドでの、同国の男女の最上位選手1名ずつの個人得点を合計したものが、チームの得点となり、上位16チームが試合に出場する。1セットは4射(各選手2射×2名)一方のチームが2射(各選手1射)した後に、相手チームが2射し、これを繰り返して4射する。1セットの制限時間は80秒。これを最大4セット行う。各セットで得点の高いチームが2セットポイント、同点の場合は、ともに1セットポイントを獲得し、先に5セットポイントを獲得したチームが勝ちとなる。4セットを終えた時点で4対4の同点の場合は、「シュートオフ」になる。2名がそれぞれ1射し、合計得点の高いチームがポイントを獲得する。
「中年の星」山本博選手は現役続行中
これまで日本代表が獲得したメダルは銀3、銅2の計5個だ。最も有名な選手は、5大会に出場し、初出場の1984年ロサンゼルス五輪で銅メダルを獲得した後、20年の低迷期間を経て、2004年アテネ五輪で銀メダルを獲得した山本博選手だろう。当時41歳でのメダル獲得という快挙に、メディアは「中年の星」と取り上げた。低迷期間は、日本代表に選ばれず、引退のふた文字も頭をよぎったそうだが、「結果至上主義」に陥っていた自分に気がつき、真剣にやり抜くことを心に決めてから、状況が好転し始めたという。
そうやって2度のメダリストになっただけでなく、日本記録や世界記録も残している。1990年には全日本社会人選手権で344点をマーク、当時の世界新記録を更新し、現在もなお日本記録のままだ。また、2006年のワールドカップトルコ大会では、男子団体戦で優勝後、世界アーチェリー連盟が発表する世界ランキングで、日本人史上初の1位に輝いた。 また、世界選手権の出場回数14回、連続出場回数13回は世界記録だ。「20年かけて銀を取った。次は20年かけて金を」と56歳(2018年12月時点)にして、いまだに現役を続行していることも、山本のすごみといえるだろう。
古川高晴選手にかかる期待
2012年ロンドン五輪で銀メダルを獲得した古川高晴選手が、2020年東京五輪でも活躍しそうだ。2016年リオデジャネイロ五輪では、残念ながら8位に終わった。現在34歳(2018年12月時点)で、一見、年齢が高めだが、アーチェリーは技術や経験が大切なため、年齢の積み重ねは、むしろプラスに働く。東京五輪に出場し、メダルを射止めるためには「再現性の高いフォーム」、すなわち、いつも同じ動作で、同じ場所に矢を射ることが最重要と考え、週6日、1日に400~450本を射っているという。
韓国がダントツ、アメリカも強い。そして日本は
アーチェリーの強豪国といえばダントツで韓国だ。リオデジャネイロ五輪では、男女個人、団体の4種目の金メダルを独占するなど圧倒的な強さを誇る。韓国の選手は、男女ともに国際大会で優勝することよりも、国内競争で勝利して五輪代表に選ばれることのほうが大変だと言われている。
また、男子ではアメリカも強い。リオデジャネイロ五輪で個人銅メダリストのブレイディ・エリソン選手とジェイク・カミンスキー選手は団体でロンドン、リオデジャネイロと連続銀メダルのメンバーだ。イタリア、オーストラリア、フランスなども侮れない。日本も十分にメダル争いに加わる力を持っているが、トーナメントの組み合わせがメダル獲得のカギを握りそうだ。
2018年4月のワールドカップ上海大会、5月のワールドカップアンタルヤ大会(トルコ)で、日本代表男子は、古川高晴(近代職)、武藤弘樹(慶大)、倉矢知明(近大)で団体戦を戦い、連続で銀メダルという成績を残している。また、日本の若手も有望選手が育っている。2017年アルゼンチンのロザリオで行われた世界ユース選手権カデット部門の男子団体戦で銅メダルを獲得した。将来有望な若手も出てきている。東京五輪では、組み合わせしだいで、メダルの可能性も十分にあるだろう。地元開催という地の利をどれだけ利用できるかが、鍵となりそうだ。