小関也朱篤:無名の高校時代から這い上がった“ポスト北島康介”。最大のライバルは国内にあり

1 執筆者 渡辺文重
北島康介を破ってリオデジャネイロ五輪代表となったことで、“ポスト北島”として平泳ぎエースとして活躍

水泳の世界一を決める大会「世界水泳」が、韓国の光州で7月12日から開催される。金メダルを獲得すれば、その時点で東京五輪の出場が内定。世界のスーパースターが集う大会で、果たして誰が出場権を獲得できるのか、競泳ファンの注目は高まるばかりだ。日本のお家芸とも言える平泳ぎでは、“ポスト北島康介”と呼ばれるスイマーたちが登場する。そのひとりが小関也朱篤だ。

高校までは無名の存在が平泳ぎへの転向で“ポスト北島康介”に

小関也朱篤(こせき・やすひろ)は1992年3月14日に、山形県鶴岡市で生まれた。水泳を始めたのは4歳のときだ。両親の薦めで、あくまでも習い事のひとつという認識だったそうだ。日本を代表する選手の多くは、10代から頭角を現している。バルセロナ五輪200m平泳ぎで金メダルを獲得した岩崎恭子は、当時14歳だった。北島康介も17歳でシドニー五輪に出場した。

しかし、小関は高校3年生まで、まったく無名の存在。通っていた鶴岡スイミングクラブ(SC)では、中学校から上級クラスに進んだが、全国で通用するレベルではなかった。

転機が訪れるのは高校2年生のときだ。指導を受けていた木村憲コーチが鶴岡SCを去ると、小関もクラブを辞め、市営プールで木村コーチからマンツーマンの指導を受けるようになる。当時の小関は自由形をメインとしていたが、高校3年生のときに出場した全国高等学校総合体育大会(インターハイ)では、木村コーチの薦めもあり、平泳ぎでもエントリー。すると100m平泳ぎで3位という成績を残す。

2010年、羽黒高校を卒業した小関は日本体育大学に進学し、藤森善弘コーチに師事する。大学2年生までは自由形をメインに取り組んでいたが、3年生のときに平泳ぎに転向。自由形で鍛えられた心肺機能と、188センチという恵まれた体格がかみ合い、平泳ぎのタイムを飛躍的に伸ばす。

そして、ジャパンオープン2013の100m平泳ぎで、北島康介と接戦を演じる。結果は2位に終わったが、「ポスト北島」として、小関は一躍、注目を集めるようになる。同年夏のユニバーシアード(ロシア・カザン)では、同種目で金メダル、4×100mメドレーリレーで銀メダルを獲得。さらに10月の東アジア競技大会(中国・天津)に出場すると、100m平泳ぎと4×100mメドレーリレーで金メダル、200m平泳ぎで銅メダルに輝く。2014年2月の日本選手権(短水路)では、平泳ぎ3種目(50m、100m、200m)で優勝。いずれも日本記録を更新するタイムだった。

五輪初出場に結婚、そして長女の誕生。成長する日本のエースに思わぬ落とし穴

小関は日体大を卒業すると、ミキハウスに所属する。2014年4月の日本選手権にエントリーすると、100m平泳ぎで立石諒や北島らを抑えて、初優勝を果たす。6月のジャパンオープンでも100mと200mで2冠を達成した。

続く8月、オーストラリアのゴールドコーストで開かれたパンパシフィック水泳でも2冠。9月に韓国の仁川で開催されたアジア大会では、金メダルを獲得することはできなかったが、50mと100mで銀メダル、200mで銅メダルとなった。

また4×100mメドレーリレーの日本代表としては、“パンパシ”とアジア大会での銀メダル獲得に貢献。日本のエースとして成長した姿を見せた。また、11月に一般女性と結婚。公私ともに充実した日々を過ごすことになる。

翌2016年4月に、小関はリオデジャネイロ五輪の代表選手選考会を兼ねた日本選手権に出場する。100m平泳ぎでは、オリンピック出場経験のある北島と立石を抑えて優勝。200m平泳ぎでも、北島と立石、そして若手の渡辺一平を抑えて優勝。日本水泳界のレジェンドである北島が出場を逃し、現役引退を発表する中、小関はリオデジャネイロ行きの切符を手にする。

ポスト北島の期待を一身に背負い、臨んだ初めてのオリンピック。結果は、100mで6位、200mで5位、4×100mメドレーリレーで5位という結果だった。そのリオ五輪翌年7月の世界水泳2017(ハンガリー・ブダペスト)では200m平泳ぎで銀メダルを獲得。8月には長女が誕生している。

プライベートも充実し、“遅咲き”ながら東京五輪の注目選手に挙げられてきた小関だが、思わぬところに落とし穴が待っていた。同年11月から12月にかけてスペインで行われた日本代表の高地合宿で、若手選手に対する行き過ぎた指導、暴行があったとして、翌年3月末までの出場禁止処分が下された。

“ポスト北島”にとって最大のライバルは世界記録保持者の渡辺一平

2018年4月、出場禁止が解けた小関は、アジア大会およびパンパシ代表選考会を兼ねた日本選手権に出場する。結果は、50m、100m、200m平泳ぎで3冠を達成。8月のパンパシでは、100m平泳ぎで金メダル、男女混合と男子の4×100mメドレーリレーで銀メダルを獲得する。インドネシアのジャカルタで開かれたアジア大会に出場すると、平泳ぎで3冠を達成。男子4×100mメドレーリレーで銀メダル獲得に貢献した。

ポスト北島と言われる小関だが、国内にもライバルは存在する。それは200m平泳ぎを得意とする渡辺一平(トヨタ自動車)だ。現在の日本記録は、50mと100mで小関が所持しているが、200mは渡辺が世界記録保持者となっている。2019年4月の日本選手権でも、50mと100mは小関、200mは渡辺が優勝した。この2人のライバル関係は、東京五輪まで続くことになるだろう。

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