オリンピックの象徴であるエンブレム。2020年東京五輪は江戸の伝統「市松模様」がモチーフ

オリンピックのエンブレムは開催都市の文化や象徴を表す

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2020年東京五輪のエンブレム。5つの輪のマークのオリンピックシンボルが含まれたものが「エンブレム」、含まないものが「ロゴ」と呼ばれる

オリンピックがアスリートにとっての大舞台なら、エンブレムの選定はデザイナーにとっての夢舞台だ。1964年東京五輪のエンブレムのように、優れたデザインの作品は大会の記憶とともに後世まで語り継がれる。2020年東京五輪の「組市松紋(くみいちまつもん)」は江戸時代に広まった柄を継承。日本らしさを世界に伝えつつ、オリンピックの歴史に刻まれるだけの緻密さが特徴となっている。

意外と知らない「エンブレム」と「ロゴ」の違い

オリンピックを象徴するマークとして使用される「エンブレム」あるいは「ロゴ」。呼称については厳密な違いがある。5つの輪のマークのオリンピックシンボルが含まれたものが「エンブレム」、含まれていないものが「ロゴ」と呼ばれる。

夏季オリンピックでロゴ(エンブレム)が初めて採用されたのは、1924年パリ五輪だった。デザインのなかにオリンピックシンボルが含まれていないため、この大会のものは「ロゴ」と表現するべきだろう。盾のなかに帆船が描かれているモノクロのデザインで、一見すると何のロゴか伝わりにくいものだった。

1928年アムステルダム五輪ではロゴ(エンブレム)は使われなかったが、1932年ロサンゼルス五輪以降は毎回、開催都市や国の象徴的な存在をモチーフにしたエンブレムが使用されている。

たとえば1948年ロンドン五輪では、ロンドンの象徴的建造物である時計塔の「ビッグ・ベン」をデザインに取り入れたエンブレムが採用された。1960年ローマ大会のエンブレムは、ローマの建国神話に登場する狼と双子の兄弟ロムルスとレムスを題材としており、ラテン語で「1960」を表す「MCMLX」の文字が記されている。1968年メキシコ五輪のエンブレムは、3本の線で「MEXICO68」の文字を幾何学的に描き、「68」の部分にオリンピックシンボルを組み込んだデザイン性の高いものになっている。

近年のロゴのなかで評価が高いのは、2008年北京五輪のエンブレムだ。中国の伝統である印章や書道、象形文字をデザインに取り込んでおり、印章のなかには前進しながら勝利を迎えるアスリートの姿が描かれている。その姿は北京の「京」のようにも見え、また北京の別名である「jing」の文字も取り込まれている。

2016年リオデジャネイロ五輪のエンブレムも好評だった。ブラジルの国旗に描かれている黄色、緑、青の人間が手を取り合って楽しげに踊る様子がモチーフとなっており、「情熱」と「変化」を表現している。史上初めて3Dの形で発表されたことも話題となった。

シンプルだがインパクト大の1964年東京五輪エンブレム

1964年東京五輪のエンブレムは、日の丸や昇る太陽をイメージする大きな朱色の円の下に、オリンピックシンボルと「TOKYO 1964」の文字が金色で描かれたもの。シンプルなデザインだが評価は高い。「I Love New York(Loveはハート)」のデザインで知られるアメリカ人グラフィックデザイナーのミルトン・グレイザー氏がアメリカのグラフィック団体が運営するサイトで歴代の五輪エンブレムを100点満点で採点した際には、全エンブレムのなかで最高得点となる92点をつけた。

エンブレムを制作するにあたっては、亀倉雄策氏、河野鷹思氏、永井一正氏、田中一光氏、杉浦康平氏、稲垣行一郎という、当時、日本で活躍していた6人のグラフィックデザイナーを指名してのコンペが行われた。そして満場一致で選出されたのが、亀倉氏のデザインだった。

当時、亀倉氏はデザインの提出期限を失念しており、事務局からの督促を受けて短時間でこのデザインを書き上げて提出したという逸話が残っている。亀倉氏の頭のなかに構想はあったと思われるが、あまり時間を掛けずに仕上げたからこそ、シンプルでありながらインパクトが強く、デザイン性に優れたエンブレムが完成したと言えるのかもしれない。

日本では冬季五輪のエンブレムも高評価

日本では夏季五輪以外にも、1972年札幌、1998年長野と、2度の冬季五輪が開催されている。

札幌五輪のエンブレムを制定する際も8名のデザイナーによる指名コンペが行われ、1964年東京五輪のエンブレムコンペにも参加した永井一正氏のデザインが採用された。永井氏は1964年東京五輪のエンブレムに描かれた日の丸のデザインを踏襲しつつ、日本に古くから伝わる「初雪」の紋章を取り入れて冬を表現。その下にオリンピックシンボルと「SAPPORO’72」の文字を配した。日の丸、初雪の紋章、オリンピックシンボルと「SAPPORO’72」の文字をそれぞれ同じ大きさの正方形のなかに収めたことで、縦方向に並べた本来のデザイン以外にも、横に並べたり、大きな正方形のなかに収めたりといった変化もできるエンブレムになった。

長野五輪のエンブレム選定に際してはデザイン会社や広告代理店を対象にしたコンペが行われ、アメリカを本拠とするブランディング・デザイン会社「ランドーアソシエイツ」への依頼が決定。世界中の社員が応募した1000点以上の候補作のなかから、篠塚正典氏のデザインが選ばれた。「スノーフラワー」と呼ばれ、雪上の高山植物を表す6枚の花弁は六角形の雪の結晶のモチーフを内在し、またその花弁の一枚一枚は、競技者が躍動する姿を現している。花弁の6色は、五輪のカラーから黒を外し、日本で高貴な色とされる紫、そして長野県の県旗で使われているオレンジを取り入れたという。上述したミルトン・グレイザー氏の採点では、札幌五輪、長野五輪のエンブレムはいずれも80点という高得点がつけられており、優れたデザインとして評価されている。

日本の伝統を巧みに取り入れた「組市松紋」

2020年東京五輪のエンブレムは2015年11月24日から12月7日にかけて公募され、合計1万4599件の応募があった。1次審査で311作品、2次審査で64作品に絞り込まれ、ここから本格審査を実施。最終的に4作品を候補とし、2016年4月25日に東京都内に住むデザイナー、野老朝雄(ところ・あさお)氏のデザインが選出された。

エンブレムのタイトルは「組市松紋(くみいちまつもん)」。江戸時代に「市松模様」として広まったチェック柄を、日本の伝統的なカラーである藍色で表現することで「日本らしさ」が表現されている。チェック柄に使われているのは形の異なる3種類の四角形が45枚。これらを組み合わせることで、国や文化、思想の違いなどを表し、それらが円を描くようにつながるデザインには「多様性と調和」のメッセージが込められているという。

当初、日本国内では単色のデザインゆえに「色合いが地味」という声もあった。しかし、オリンピックとパラリンピックのエンブレムの四角形の数が同じだったり、両方のエンブレムの白い円状部分の面積が同じだったりと、緻密な計算のうえにデザインされたものであることが解読されるにつれて評価が高まりつつある。野老氏は選出が決まった際に「我が子のような作品。これからいろいろなつながりが生まれるといい」と話した。事実、すでに広く露出されており、「2020年東京五輪エンブレム」として定着している。

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