【アスリートの原点】大坂なおみ:ウィリアムズ姉妹に憧れ熱血な父の指導を受け、テニスプレーヤーとしてアジア人初の快挙へ

姉のまりさんも2人そろってプロテニス選手に

1 執筆者 オリンピックチャンネル編集部
2019年の全豪オープンで優勝を果たした。決勝ではリオ五輪銅メダリストのペトラ・クビトバを下している

2019年1月、大坂なおみはアジア人として初めてテニスの世界ランク1位に到達する快挙を成し遂げた。日本で生まれ、アメリカで育った彼女が若くして成功を収めた過程には、スポーツ万能な父親の指導と、早くから彼女の才能を見いだした日本テニス協会の熱心なサポートがあった。

9歳の時、テニスのためにフロリダに移り住む

2018年から2019年にかけて、大坂なおみは日本中を熱狂に巻き込む勢いで偉業を成し遂げている。180センチという恵まれた体格を生かし、快進撃を続けている。

全米オープンの女子シングルスを制覇し、「グランドスラム」というテニスの四大大会における日本人史上初優勝という金字塔を打ち立てたのは2018年8月のこと。それから約5カ月後に行われた全豪オープンでも頂点に立ち、21歳にして男女通じてアジア人初の世界ランク1位にまで上り詰めた。大坂の台頭により、テニスは2020年東京五輪でのメダル獲得が大きく期待される競技の一つとなっている。

1997年10月16日生まれ。母親の環(たまき)さんは北海道根室市出身の日本人で、父親のレオナルドさんはハイチ共和国出身のアメリカ人だ。一家が北海道から大阪に移り住んだころ、テレビで見たセリーナ・ウィリアムズとビーナス・ウィリアムズ姉妹の試合がきっかけでテニスを始めた。

3歳のころ、アメリカのニューヨーク移住すると、本格的なトレーニングに取り組み始めた。父はテニス経験こそなかったものの、若いころにバスケットボールを経験しており、スポーツは万能で、熱心に指導にあたった。そして大坂が9歳の時に、テニスにより集中するためフロリダに移り住んだ。

大坂は国際テニス連盟が主催する世界ジュニアツアーには1試合も出なかった。なぜなら、「ウィリアムズ姉妹がそうしていたから」だと父親は言う。代わりにアメリカ国内の一般大会に出場して着々と力をつけていき、ウィリアムズ姉妹のように、大坂と姉のまりさんも2人そろってプロテニス選手になった。

無名時代から支援し続けた日本テニス協会

大坂は日本とアメリカの二重国籍を保有している。彼女が長い時間を過ごしてきたアメリカではなく、日本のテニス協会に所属し、日本代表としてプレーすることを選んだ理由は、彼女がまだ無名だったころにある。

大坂は全米テニス協会が主催するシニア大会で目立った成績を残すことができていなかった。しかし、日本テニス協会の女子代表コーチである吉川真司氏は、いち早く彼女の才能を見いだした。吉川氏は2013年、「東レ パン パシフィック オープンテニストーナメント」の予選に出場した大坂のプレーを見るなり、すぐに女子代表監督や強化本部長に報告した。以来、彼女が来日した際にはナショナルトレーニングセンターを利用できるようにするなど、支援を続けてきた。

大坂が2016年の全豪オープンで3回戦進出を果たすと、全米テニス協会も彼女に「アメリカ代表」になるよう猛アプローチを掛けてくるようになった。しかし、大坂自身や両親は、無名時代から支えてくれた日本テニス協会への恩を返すために、日本代表として登録することを選んだ。

日本語はまだ勉強中だという。だが、日本食や日本のアニメと漫画をこよなく愛する大坂が、東京五輪で日の丸をつけて躍動する姿を見ることを、日本中のスポーツファンが待ちわびている。

もっと見る