人類最古の格闘技。古代オリンピックの競技のひとつであり、近代オリンピックでもほとんどの大会で行われてきたレスリング。鍛えあげた選手の肉体がぶつかり合い、力こぶができた上腕で相手を抱え上げるリフトからの投げ技が、最大の見どころとなるグレコローマンは、男子選手にのみ採用されている競技だ。スピード感あふれるフリースタイルと比べて、グレコローマンは力比べの趣が強く、ロシアなど屈強なヨーロッパ勢の高い壁に、日本は阻まれている。東京五輪に向けて、一層の飛躍が求められている種目だ。
豪快な投げ技がグレコローマンスタイルの醍醐味
レスリングは「フリースタイル」と「グレコローマン」の2種目に分かれる。ちなみに女子はフリースタイルのみだ。フリースタイルが全身を使った攻防戦であるのに対し、グレコローマンはそれが上半身に限られ、腰から下を攻防に用いることは禁止されている。このため、フリースタイルの試合では、全身を駆使した素早い技や攻防が繰り広げられる。タックルで相手を転ばせ、ねじ伏せることを目指すスピーディーな展開になるのに対して、グレコローマンでは、タックルは胴体に、上半身で組み合ってからの投げ技で攻撃する。大技が多くて、スピードよりもダイナミックな展開が魅力だ。
試合は1ピリオドが3分で2ピリオド行う。ピリオドの間のインターバルは30秒だ。相手の両肩を1秒間マットにつけるフォール、ポイント差が10点になるテクニカルフォール、警告3回などで失格したときに、勝敗が決まる。ポイントになるプレイは、1)相手を場外に追い出す、2)相手の背後に回って両手・両ひざの4点のうち3点をマットにつける、3)相手に尻もちをつかせ、背中をマットに向けさせるテークダウン、4)グラウンドの攻防で相手をデンジャーポジションに追い込む、5)グラウンドで相手の胴を絞めて1回転するローリング)、6)相手を投げて、一瞬でもデンジャーポジションの体勢に追い込むなどだ。
なお、殴る、蹴る、首を絞める、噛みつく、頭突き、髪の毛をつかむ、皮膚をつねる、手の指をひねる、腕を90度以上に極めるなどの関節攻撃は反則行為と見なされる。重大なものは即座に失格させられる場合もある。
最大10階級が6階級へ
世界レスリング連合(UWW)は2017年8月24日、パリで理事会を開催し、2020年東京五輪で実施する新階級区分を決めた。男子グレコローマンは60kg級、67kg級、77kg級、87kg級、97kg級、130kg級の6階級で行われる。フリースタイルよりも対応階級の重量が重くなっている。
1896年アテネ五輪は無差別級の1種類のみだった。1908年ロンドン五輪から4階級で再開され、その後は5~7階級で行われていたが、戦後8階級に増えた。一時期はライトフライ級、フライ級、バンダム級、フェザー級、ライト級、ウェルター級、ミドル級、ライトヘビー級、ヘビー級、スーパーヘビー級と最大の10階級に分かれて、実施されていたこともあった。2000年代に入り、階級が減った。現行の6階級は、体重の数値表記によるもの。軽い順に、かつてのバンダム級、ライト級、ウェルター級、ミドル級、ヘビー級、スーパーヘビー級に相当する。
金メダルは世界12位
これまで日本がグレコローマンで獲得したメダル数は、金4、銀6、銅3の計13個。金メダル数では12位だ。フリースタイルは金メダル数で4位なので、グレコローマンは少し後れを取っているという言い方ができるかもしれない。1位はソ連・ロシアの91個(金49個)でダントツ。次いでスウェーデン、フィンランド、ハンガリー、トルコ、ブルガリア、キューバと続く。男子フリースタイルで無敵の強さを誇るアメリカが、グレコローマンでは14位と振るわないのは、グレコローマンという競技の特徴のひとつと言えそうだ。
4連覇を狙うキューバのロペス選手
2018年世界選手権でのグレコローマンにおける国別対抗得点のランキングを見ると、ロシア は178点。2位のハンガリーは83点なので、ダブルスコア以上の差がある。以下、トルコ、アゼルバイジャン、セルビア、アルメニア、ドイツ、中国と続き、日本は23位だ。日本はこうした強豪国の選手を相手にメダル争いに挑む。しかも、2020年東京五輪の出場枠は各階級16選手の計96選手で、各階級19選手で競われた2016年リオデジャネイロ五輪から階級ごとに3選手が減ることになるので、初戦からハイレベルな試合が予想されている。
なお、グレコローマンでは130キロ級が注目だ。「霊長類最強の男」と呼ばれたロシアのアレクサンダー・カレリン氏に並び、オリンピックで3連覇を成し遂げたミハイン・ロペス(キューバ)選手がいるからだ。世界選手権も5勝というロペス選手は38歳で東京五輪を迎えることになるため、キューバのスポーツ幹部と出場について協議しているという。本人は「カレリンと比較して勝ちたいという気持ちはない。自分のために4度目の金メダルを取れれば、それは幸せなことだと思う」と意欲的なコメントを残している。世界記録が達成されるかどうかに世界中のレスリングファンの期待がかかる。
前回の東京五輪では金メダル2個
歴史の浅かった日本のグレコローマンスタイルだったが、1964年東京五輪では二人の選手が金メダルを獲得した。ただ、二人とも柔道からの転向組だった。まず、バンダム級の市口政光。1960年ローマ五輪は7位。1962年世界選手権で優勝し、自信を深めると、続く東京五輪では、足の捻挫に苦しみながらも、圧倒的な強さを発揮して勝ち上がる。しかし、予選突破選手が、持ち点がゼロになると失格になるという、当時のルールで失格した結果、決勝リーグを実施することなく優勝が決定し、金メダルに輝いた。
2人目がフライ級の花原勉。花原は日本体育大学に進学後にレスリングに取り組む。「体の小さな自分でも柔道の大男と対等の試合ができた。体重、体格に差がないレスリングで、負けるはずがない」と自信を持ち、同じ柔道からの転向組の市口政光とともに、東京五輪で金メダルを獲得した。その後、1968年メキシコシティ五輪のライト級で宗村宗二が金メダルを獲得している。
リオデジャネイロ銀の太田がリベンジなるか
2018年の世界選手権では、55キロ級の田野倉翔太の8位が最高順位で、次いで60キロ級の太田忍と67キロ級の下山田培が9位。他の選手は12~24位と不振に終わった。
東京五輪の日本代表に選ばれるためには、2019年の世界選手権でメダルを獲得するか、世界選手権でオリンピック出場枠を取得した選手は、2019年の天皇杯で優勝するなどの要件を満たす必要がなる。
2016年リオデジャネイロ五輪で銀メダルを獲得している太田選手は、その素早い身のこなしから、海外では「ニンジャレスラー」と呼ばれている。2018年アジア選手権、アジア大会と連覇したが、世界選手権では9位に終わった。世界選手権後に、東京五輪の選手選考が本格化する今後の大会において「負けたら階級を上げようと思っている」と表明。
そして、12月23日に行われた全日本選手権の決勝で、日体大の後輩であり、ライバルでもある文田健一郎に敗れた。今後、太田の動向に注目が集まるのは必至だ。また、下山田と田野倉は2018年の世界ランキングでそれぞれ3位につけているが、全日本選手権では、下山田が同門同期の警視庁の高橋昭五に決勝で敗れ、田野倉は不出場、ともに2019年世界選手権の切符を逃している。とりわけグレコローマンの選手選考は混迷するだろうと言われており、今後も注視が必要だ。