屋内自転車競技場に設けられた楕円形のトラックの上で争われるトラック種目。2020年の東京オリンピックから新種目の「マディソン」が加わり、男女それぞれ、「スプリント」「チームスプリント」「ケイリン」「チームパシュート」「オムニアム」「マディソン」の6種目でメダルが争われる。
自転車トラック競技の概要
自転車競技の基本はトラックにあり、自転車競技の粋もトラックにすべて集結するといわれる。
エリートアスリートと最新鋭機材の見事なまでの融合。板張りトラックの上で繰り広げられる、秒コンマ単位、ミリ単位の熾烈な争い。じりじりするような駆け引きから、時速70km/hを超えるスピードレースまで、あらゆる興奮が味わえるのもまた、トラック種目の醍醐味だ。
第1回近代オリンピックの1896年大会では、一般道を走るロードレース種目と並んで、5つのトラック種目が執り行われた。当時の種目で、2020年大会でも争われるのは「スプリント」だけ。100キロメートル走や10キロメートル走、12時間耐久……と、むしろ限界に挑戦するような種目が多かった。
これまで通算25もの異なるトラック種目がオリンピックで争われてきた。マイル走や、ヤード走など、たった1大会しか行われなかった珍種目も。2000年大会には、おなじみ日本生まれの競輪が、「KEIRIN」(ケイリン)としてオリンピックデビューを果たした。
1988年大会から女子もオリンピックに参戦し、2012年に男女5種目で統一された。2020年の東京オリンピックでは、新たに「マディソン」が仲間入り。男女それぞれ「スプリント」「チームスプリント」「ケイリン」「チームパシュート」「オムニアム」「マディソン」の6種目でメダルが争われる。
トラック競技のルール
屋内自転車競技場に設けられた楕円形のトラックの上で、トラック種目は争われる。傾斜がついていることから、この周回路は「バンク」とも呼ばれる。日本各地に点在する競輪場は一周333~500メートルだが、オリンピック用競技場は「1周250メートルの板張り」と厳密に定められている。
使用される自転車は、いわゆるトラックレーサーと呼ばれる特殊なもの。フリーホイール禁止(ペダルを回し続けずとも惰性で前進するシステム)、変速機禁止、ブレーキも禁止。もちろんブレーキのない自転車(ピスト)で日本の公道を走ることはできない。純粋にスポーツのためだけに存在する自転車だ。
東京オリンピックでは6種目が執り行われる。いわゆる「短距離」と言われるスプリント、チームスプリント、ケイリン、「中・短距離」に区分されるチームパシュートとマディソン、さらには4つの異なる種目が組み合わされたオムニアムだ。
<スプリント>
1対1のタイマン勝負。豪快なスプリント合戦が見ものだが、全3周回のうち序盤の約2周は、壮大なる駆け引きが繰り広げられる。ゆっくりと走り出した選手は、フェイントを入れたり、バンク上方によじのぼって相手にプレッシャーを与えたり。ほとんど停止状態になることさえある。
じりじりとスピードは上がり、そしてラスト200メートルほどで、突如として爆発的な加速へと転じるのだ。東京オリンピックでは1回戦から1対1勝負。ただ1~3回戦後の敗者復活戦だけは、ラスト200メートルの走行タイムで勝ち抜けを争う。準々決勝以降は3本勝負で、2本先取した選手が勝ち。
<チームスプリント>
一騎打ち形式ながら、2チームがひじを突き合わせたスプリントするわけではない。勝敗を分けるのは走行タイムだ。トラックの対角線上に引かれた2本のスタートラインから、2チームが同時にスタートを切る。1チームあたりの人数は男子3名、女子2名で、レース距離は男子3周、女子2周。
例えば男子は1周目を3人で走った後、先頭選手は脇にそれる。つまり2周目は2人、そして最終周回は1人でフィニッシュラインへ向けてスプリント。1回戦は8カ国が4グループに分かれて争う。勝ち抜いた4カ国のうち、タイム上位2カ国が決勝戦へ、下位2カ国が3位決定戦へと回る。
<ケイリン>
複数選手による、ラスト3周回のスプリント勝負。電動自転車の先導により、レースは静かに走り出す。ペースメーカー役は時速30キロメートルで走り始め、およそ3周回かけて時速50キロメートルまで上げる。その背後では、選手たちの熾烈な心理戦が繰り広げられる。そして、ついに前方へと解き放たれた選手たちは、3周回の高速勝負へと突っ込む。
東京オリンピックでは1回戦・準々決勝~決勝まで、1グループ6人で勝敗を競う(1回戦後の敗者復活戦のみ5人制)。1回戦(全5グループ)と敗者復活戦(全4グループ)はグループ上位2名が、準々決勝は上位4名が次戦へ進出。準決勝は2グループに分かれて行われ、各グループの上位3名が決勝へ。下位3名は順位決定戦を行う。
<チームパシュート>
「団体追い抜き」と呼ばれる通り、トラックの対角線上から同時に走り出すライバルチームに追いついたら勝ち。ただし実際に追いつくのは極めて稀で、大抵はフィニッシュタイムにより勝敗が決する。男女ともに1チーム4名制、レース距離は全長4キロメートル。空気抵抗による疲労を少しでも軽減するため、4選手は縦1列で先頭交代を繰り返す。
チーム記録として採用されるのは、前から3人目の、前輪先端がラインを越えた時点のタイム。だから1人だけ早い段階で全力を尽くし、レース半ばで離脱する作戦が多用される(この1人は相手チームに追い抜かれてもよい)。2020年大会は予選タイム順に8チームの組み合わせが決定。本戦1回戦はタイム6位vs7位、5位vs8位、2位vs3位、1位vs4位で行われ、後半2戦の勝者2チームが決勝へ。残り6チームの中でタイム上位2チームが、3位決定戦を争う。
<マディソン>
19世紀末にマディソン・スクエア・ガーデンで生まれた人気種目が、3大会ぶりに復活。2人1組でポイント収集を行うレースの魅力は、やはり「タッグ」と呼ばれる選手交代シーンだろう。チームの1人が全力疾走中、相棒はトラック外側で軽く流す。2人は好きな時に、何度でも交代可。リレー方法は軽いタッチから、お尻の後押し、さらには手をがっちりつないで前方へと放り投げる「ハンド・スリング」まで。
男子は200周50キロメートル、女子は120周30キロメートルで争われる。10周毎にポイントがつき(男子20回、女子12回)、ライン通過1位5pt、2位3pt、3位2pt、4位1ptが与えられる。フィニッシュはポイント倍増。またメイン集団に1周回差をつけたチームには20pt加算。2人で最もポイントを多く収集したチームが、金メダルに輝く。もしも同点の場合は、フィニッシュ通過順が結果を左右する。
<オムニアム>
ラテン語で「全部」という意味を持ち、複数種目の総合成績で勝敗を争う。種目数や種類は時代と共に変化してきたが、現在はスクラッチ、テンポレース、エリミネーション、ポイントレースというスプリンター向け4種目を1日で行う方式が採用されている。最初の3種目はレース順位に従ってポイント配分(1位40pt、2位38pt、3位36pt……21位以下は1pt)。この順位ポイントに、4つ目のポイントレースで実際に収集したポイントを加算することで、最終的な順位が決定される。
1)スクラッチ
男子10キロメートル、女子7.5キロメートル。フィニッシュ順位で争われる。周回遅れになった選手は、トラックから離れなければならない。
2)テンポレース
男子10キロメートル、女子7.5キロメートル。4度目のライン通過時から、毎周回スプリントが争われる。各周回の首位通過者には1ptが、メイン集団に1周回差をつけた選手には20ptが与えられる。
3)エリミネーション
レース距離は出走数・途中棄権者数に従う。2周毎にスプリントが争われ、最下位の選手は即時レース終了。最後まで残った2選手は、一騎打ちスプリントで順位を争う。
4)ポイントレース
男子25キロメートル、女子20キロメートル。10周毎にスプリントが争われ、上位4人にポイントが与えられる(1位5pt、2位3pt、3位2pt、4位1pt)。フィニッシュ時のみポイント倍増。メイン集団に1周回差をつけた選手には20ptが与えられる。
競技のみどころ:競輪とケイリンの違い
オリンピック種目に採用された日本発の「ケイリン」。先行、追い込み、まくり、差し……と様々なタイプの走りが絡み合い、最後の瞬間まで誰が勝つのか分からない。そんなスリリングさこそが競輪/ケイリンの魅力だ。
第2次世界大戦後に日本で生まれた競輪は、1980年世界選手権で、初めてトラック種目として採用された。そして2000年のシドニー大会以降は、花形種目としてオリンピック会場をにぎわせてきた。ただし日本で開催されている「競輪」と、オリンピック種目の「ケイリン」は、実は似て非なるもの。
第1に使用されるトラックそのものが異なる。オリンピック用トラックは1周回250メートルと定められているが、競輪場は333~500メートルと、1周回の距離が長い。なによりバンクの傾斜も違う。競輪場の中で最も急と言われる前橋競輪場でさえ36度なのに対して、東京オリンピック開催地の伊豆ベロドロームは45度。まさに壁である。
つまり、競輪よりも回転周期が短いケイリンでは、よりいっそうめまぐるしい戦いが展開される。しかもホームストレートで伸びる「スプリント力」に、集団内で好ポジションにつける「戦術力」だけでなく、きつい傾斜を利用したコーナリングでの「技術力」も重要になってくる。
また、競輪では「ライン」と呼ばれる共同戦線が張られることも多い。一方のケイリンは、全選手が「単騎」。最終ラップのわずか10秒ほどの間に、たった1人で勝利への道筋を見つけ出さねばならないのだ。
過去のメダル獲得成績、過去記録やレジェンド選手の紹介
自転車トラック種目のレジェンドと言えば、世界選手権プロ・スクラッチ(スプリント)で1977年から10連覇を達成した、中野浩一の名が真っ先に上げられる。ただ、残念ながら当時のオリンピックはアマチュア限定で、1975年に競輪選手としてプロデビューした中野は、五輪タイトルに挑戦することさえ許されなかった。
むしろオリンピックの伝説の男は、英国のクリス・ホイだろう。ケイリン2、チームスプリント2、個人スプリント1、1キロメートルレース1の6つの金メダルは、自転車選手として、さらには英国人スポーツマンとして、史上最多タイ記録を誇る。
2008年大会で金3つを手に入れた直後には、英国王室からナイトの称号が与えられた。2012年ロンドン大会では、英国代表団の旗手を務め、数日後には母国のファンの目の前で、見事にチームスプリントとケイリンで最も美しい色のメダルを手に入れた。
2008年、2012年にホイと共にチームスプリント優勝を祝ったジェイソン・ケニーは、2016年に3つの金メダルを持ち帰った。生涯メダル獲得数はホイと全く同数の金6、銀1。リオデジャネイロオリンピック直後には、同じ英国チームのラウラ・トロットと結婚。
つまりラウラのオリンピックタイトルも合わせると……夫婦でなんと金メダル10! しばらくは子育てに専念していたケニーとトロットだが、2020年東京オリンピックに向けて、すでにレース転戦を再開している。
東京五輪に向け、注目の選手紹介
トラック種目の楽しみは、おなじみのあの選手の、いつもとは少し違う姿を目撃すること。例えば日本の競輪界からは、2018年世界選ケイリン銀メダリストの河端朋之や、2019年世界選ケイリン銀の新田祐大が、世界を相手にスプリントを切る。
ワールドカップでメダル獲得経験のある小林優香や太田りゆも、ガールズケイリンのピンクの可愛いジャージを着替え、赤と白のナショナルカラーに身を包む。
外国から競輪にスポット参戦している強豪たち……つまり、世界選手権5冠テオ・ボスや2018年スプリント世界王者マシュー・グレーツァー、2019年世界選手権ケイリン&チームスプリント金のマティエス・ブフリ等々の、競輪とケイリンの走りもしっかり見比べたいものだ。
なにも競輪選手だけではない。ロードレース界で大活躍の選手たちも、オリンピックではトラックレーサーに飛び乗って大暴れする。例えば、2016年大会のオムニアムは、金メダルがエリア・ヴィヴィアーニ(2018年ジロ・デ・イタリアポイント賞)、銀がマーク・カヴェンディッシュ(ツール・ド・フランス区間30勝)という、まるで夢のような表彰台が実現された。
しかも東京大会から加わるマディソンは、ロジャー・クルゲ(2016年ジロ・デ・イタリア17区区間優勝)が世界選手権2連覇中だ。そもそも東京オリンピックのロードレースは極端なクライマー向けだから、強豪スプリンターたちは、喜んでトラック参戦を選ぶに違いない。